mission7 女神様の目
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mission7 女神様の目
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ニーナは夜が深くなっても目覚めなかった。
ノワーレは取り急ぎニーナを使用人たちと、「僕が見るよ」と名乗り出たクラウナーに任せた。その間に絶望の槍の状況とニーナの行動を団長である父へ報告し、他の隊長格らと海岸の状況や哨戒のルートなどを整理する。合間にニーナを訪ねても目覚めた様子はなく、眠るニーナの横で、クラウナーが「たぶん明日の朝には起きるよ、放っておいても大丈夫」と微笑んだ。
夜半、諸々の対処を終えたノワーレが改めてニーナの部屋を訪ねると、灯りを絞った部屋で、クラウナーが小さく子守唄を歌っていた。
「……ニーナは?」
「まだ寝てる」
クラウナーは落ち着いていた。昼間に状況整理で走り回っていたノワーレは、なんだか気が抜けて、長椅子に座るクラウナーの隣に腰を下ろす。
「で、お前は何を知ってる?」
クラウナーは微笑んだまま、ノワーレに向き直った。
「ニーナはね、女神様の目で海岸を見てたんだよ」
クラウナーは眠るニーナを見た。ノワーレもまた、ニーナがただ眠っているだけのように見えることを確認する。クラウナーは微笑みを絶やさず、ニーナを見つめたまま続ける。
「僕も同じことができるけど……多分、僕と、ニーナと、エヴァ様しかできないと思う。自分の目じゃなくて、空の高く、女神様の視点から地上を見下ろせるんだ。女神様の視点だと、地上は升目状に区切られて、升目のどこを狙えばいいか一目でわかる。でも、すっごく疲れるんだよね」
クラウナーは、長椅子に張られた別珍の上、ノワーレと自分の間に指で升目を引いた。テーブルの上の盆に盛られた胡桃をいくつか手に取って、升目の上に置いていく。
「たとえばこれが銀狼城砦として、この辺りが海岸線。今日だと、ここに絶望の槍があった。だから……」
クラウナーは胡桃の周りを指でなぞる。
「この辺りの流氷を立てれば、フェリーチェとピエールを守りながら、二人の動線は塞がずに災厄獣の視界を潰せる。ニーナはその上から槍を降らせた」
クラウナーの明瞭すぎる説明を聞きながら、ノワーレは作戦陣地図を思い出していた。だが、地図はあくまで地図だ。この鳥瞰図を、その場に立った状態で、上から見られる人間がいるのだと?
「ニーナとお前は、ずっとこの状態で哨戒に出てたのか?」
「ニーナはわからない。僕は使い分けてたかな……。僕は十三歳まで自分の視界の方を知らなかったから慣れてはいるけど……ずっとやると疲れるし、下手すると頭痛くなって吐いて倒れるからね。多分、あんまり人間がやっちゃいけないんだよ」
「……それで毎日やけに疲れてたのか」
ノワーレが呟くと、クラウナーは少し驚いたような顔を見せた。
「わかるの?」
「見てればわかる。で、ニーナはやりすぎたのか」
クラウナーは胡桃を片付けながらニーナを見つめ、何故だか少しだけ口ごもり、「多分ね」と頷いた。
「ニーナは、僕よりずっと上から見ようとしたんだと思う。やろうと思えば島全域でも俯瞰できるけど……ものすごく頑張らないといけないし、頭も目も耐えられないから、しばらく体が使いものにならなくなるんだ」
ノワーレはため息をついた。何を言ってるのかは理解したが、実際に腹落ちするかは別の話だ。だが、クラウナーが嘘をついているとは思えないし、一旦は受け入れるしかないだろう。
「じゃあ、休ませれば起きるのか」
「うん。強い意志を持って見ようとしたわけじゃなさそうだから、遅くても明日には起きると思うよ」
「クラウナー」
ノワーレが呼ぶと、クラウナーは「はい」と姿勢を正した。
「女神様の目は、もう使うな」
「えっ」
「お前は一応私の小隊の部下だ。騎士団として、個人の資質に依存する行動は控えなくてはならない」
「……どうして?」
「お前の力に依存したら、お前が不調になった時に小隊全員が機能不全になる。お前は小隊のただの新人で、いてもいなくても哨戒任務くらいは回せる人員であるべきだ。今はね。わかった?」
「……はい。でも」
「でも?」
「僕、それだとあんまり役に立たないと思う……」
「新人なんだから役に立たなくていい。それに、あんだけ一人で歌えるやつが言う台詞じゃないよ」
クラウナーはしばらく戸惑った顔でノワーレを見つめ、ノワーレは、クラウナーが自分の言葉を飲み込むまで待った。クラウナーは黙っていたが、不意に、緊張がほぐれ切ったような笑みを見せた。
「わかった、ありがとう、ノワーレ」
春の雪の上に小さな芽が開いたような、柔らかい笑みだった。
「んぅぅ……」
ベッドの上で、ニーナが赤ん坊のような唸り声を上げた。
「あ、もう起きた」
クラウナーが意外そうに呟き、ノワーレは立ち上がってニーナを覗き込む。
「……え? ここどこ?」
「お前の部屋。急に倒れたんだよ、覚えてる?」
「……覚えてる。なんで?」
「なんでって……クラウナー、説明して」
「いいけど……ニーナ、まだ眠いんじゃない?」
「ねむい……し、喉乾いたし、お腹すいたし、トイレも行きたい……」
「忙しいな……まずトイレ行きな」
「はあい……」
ニーナはもそもそと立ち上がると、急に止まってクラウナーを見た。
「ねえ、何か歌ってくれてた?」
「うん。子守唄」
「きれいな歌だね。また歌って」
「いいよ。でもとりあえずトイレ行っておいで」
「はあい……」
ニーナが洗面室に消えるのを見て、ノワーレはまた長椅子に腰を下ろす。まあ、ひとまず目覚めたのならよかった。
「ノワーレ、疲れたでしょ」
「うん……少し」
「ニーナには説明しておくから、先に休んでいいよ」
「そうしようかな……」
そこへニーナが戻ってきて、「喉乾いたー」とぐずった。寝起きの髪は四方八方に跳ね散らかしているし、寝巻きもぐずぐずだ。
「……寝る」
ノワーレは真剣に心配していた自分が馬鹿馬鹿しくなって、長椅子から立ち上がった。
「うん、おやすみ、ノワーレ」
クラウナーが穏やかに微笑み、ニーナが「もう行っちゃうの?」と突っ立ったまま首を傾げる。
「また明日ね。クラウナー、任せた」
「うん、任せて」
クラウナーの声は何故だか嬉しそうで、ノワーレは急に体が重くなったように感じながら部屋を出た。
こんな規格外の二人を導けなんて、女神様も酷な事を言う。
思ったが、そもそもノワーレ自身が流氷からの拾われ子で、普通の騎士であるかもわかったものではないのだ。
考えることが多すぎる。しかし、考えたところですぐさまどうにかなるものでもない。
とりあえずは、二人の面倒を見続けるしかないだろう。
ぼんやりと考えながら、ノワーレは自室へと戻った。
…………
mission7 完了
クラウナー 固有スキル「女神の目」解放
ニーナ 固有スキル「女神の目」解放
mission8へ




