mission5 銀狼の群れへ
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mission5 銀狼の群れへ
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クラウナーによると、エヴァは疲れて眠ってしまい、二人の処遇は本当に銀狼騎士団に一任されたとのことだった。父は「まあそうだろうな」と頷く。
「あのお方は長くは起きていられないらしいし、首長同士で調整して上手いことやれっていうのが大会合だ。話はちゃんとつけてきた。面倒押し付けられる前にさっさと帰るぞ」
父に従い、ノワーレたちは早々に大聖軸を後にした。クラウナーはすでに厩にいる自身の金馬に荷物を積んでいたし、ニーナは元々身一つだったので、ノワーレの狼に同乗させて北部の銀狼領へ戻る。
「銀狼城砦ってどんなとこ?」
一緒に銀狼に跨ったニーナが、ノワーレを見上げて聞いた。隣を金馬で進むクラウナーが、興味深げに視線を寄越す。
「広い城砦だよ。海から人類を守るために、大勢の騎士が暮らしてる」
「みんな優しい?」
「優しいよ。騎士も使用人も、良い人ばかり」
「みんな仲良し?」
「仲良しだよ。心配しなくていい」
ノワーレがニーナに答えると、隣のクラウナーが少し安心したような顔を見せた。ニーナは嬉しそうだ。
帰りの隊列は気楽なもので、エヴァより触れがあったらしく、町々の小聖軸に留まる吟遊歌人たちがめいめいの金猫を貸してくれた。金猫は人を案内する聖獣で、猫の気さえ向けば、人や聖獣を連れて建物の隙間から別の隙間へ自由に移動できる。金猫たちの案内のおかげで、大聖軸から銀狼城砦まで本来なら一日程度かかるところを、二時間もかからずに着いてしまった。
獣舎に銀狼を休ませに行くと、ノワーレの兄が自身の狼の手入れをしているところだった。
「あれ? もう帰ってきたのか? おかえり。来客もあるのか?」
獣舎では銀狼たちがめいめい自由に休んでおり、大会合に随行した騎士達もそれぞれの狼を休ませに行った。ニーナがノワーレの前で、銀狼の多さにびっくりして辺りを見渡す。
「来客じゃなくて、見習いです」
ノワーレは自身の銀狼から降り、「ほら、おいで」とニーナが降りるのに手を貸してやった。その後ろでクラウナーも馬を降り、遠慮がちにノワーレの斜め後ろに歩み寄る。ノワーレはきょろきょろしているニーナの肩を掴んでまっすぐ立たせ、クラウナーの手を引いて自分の隣に立たせた。
「これはニーナ。ニーナ、私のお兄さまのユーリだよ。挨拶して」
「こんにちわ、ユーリ。ニーナだよ」
「はい、こんにちわ。俺はユーリ。ノワーレのお兄ちゃん一号です」
ユーリは狼を離れ、ニーナの前に屈み込んで微笑んだ。ニーナは首を傾げる。
「一号? 二号とか三号もいるの?」
「二号はいるぞ。ミゲルとはまだ会ってないか?」
「会った」
「あれが二号。よろしくな」
「うん、よろしく」
ノワーレはニーナの素直すぎる上に無礼な態度に呆れたが、すぐに諦め、今度は隣のクラウナーを兄へ示した。
「こっちはクラウナー」
「クラウナー・ハイプリエスタです。大聖軸で歌唱大隊見習いをしてました。今日からお世話になります」
「うん、よろしくクラウナー。君はしっかりしてるな」
ユーリはニーナの頭をひと撫でしてから立ち上がり、クラウナーに右手を差し出した。二人が握手を交わしたのを見て、ニーナが「わたしもそれやりたい」と目を輝かせる。ユーリはニーナを見下ろして微笑み、「はい、じゃあ君も握手だ」とニーナが勢いよく差し出した手を握った。ノワーレはなんだか気が抜けて、「まあ、こんな感じのが増えます」と呟く。ユーリはノワーレの疲れた様子を見て、気楽に笑んだ。
「フェリーチェとピエールが来た時と変わんないな。第三小隊でいいのか? 部屋は?」
「私の隣の空いてる二部屋でいいでしょう。フェリーチェ、ピエールとは逆側の」
「じゃあ掃除と暖炉の火入れしないとな。言っておくよ。ニーナ、君の狼はどこにいるんだ?」
「いないよ」
「ん? 騎士じゃないのか?」
「救世主なんだって。ノワーレが導いてくれるんだってエヴァが言ってたよ」
ニーナが話し、ユーリはノワーレを見て「何言ってんだこの子?」と実に率直に聞いた。
「言葉通りです。ついでに言えば、クラウナーは女神様の写し身らしいですし、私は銀狼の純血じゃなくて、流氷の上で拾われた謎の赤子だったらしいです」
「あ、お前やっぱり血繋がってなかったのか」
「やっぱりって」
「いやだって、母君が亡くなってんのに急に妹が生まれるわけないだろ。今更なんでもいいけど。え? 今のは大会合の情報か?」
「はい。詳しくはお父様がみんなに話すでしょう。私はもう何もわかりません……」
「かわいそうに……疲れた顔してるぞ。とりあえず入って着替えて茶でも飲めよ。お菓子もあるぞ」
「はあい……ニーナ、クラウナー、おいで」
ノワーレを自分の銀狼をひと撫でし、「お疲れ、ありがとうね」と声をかけてから、ニーナとクラウナーを連れて獣舎を出た。雪が硬く踏み締められた前庭を抜け、海を臨む銀狼城砦の主塔へ向かう。
銀狼城砦は主塔を中心として、海岸から陸を守るため両翼に広く城壁を巡らせている。ノワーレが寝起きするのは右翼の第三小隊の宿舎だ。主塔の二階、ルーアルジャン一家の館とされる階とは渡り廊下で繋がっており、暮らし自体はルーアルジャンの館で賄うことが多い。
ノワーレはまず、二人を第三小隊宿舎へ案内した。
「ここがこれから二人が暮らす宿舎。私の隣がニーナで、その隣がクラウナー。とりあえずクラウナーは気楽な格好に着替えなよ。私もニーナも着替えるから。終わったら呼びに来る」
ノワーレはクラウナーを部屋に押し込み、またきょろきょろしているニーナの手を引いて「お前はこっち」と自室に連れ込んだ。騎士団の外套を脱ぎながらクローゼットを開ける。
「着替えるの?」
「そう。裾を踏まない服にね」
ノワーレはクローゼット内を捜索し、自身が数年前に着ていた上下一揃いと毛織のカーディガンを取り出した。突っ立っているニーナに当てて、「ま、いいだろ」と頷く。
「着てごらん。自分でできる?」
「たぶん……」
ニーナは自信なさげに頷いた。今ニーナが着ている歌唱大隊の正装は、女神のオーロラを模した長丈衣だ。淡い色の薄絹が幾重にも重ねられており、ノワーレから見ればフリフリヒラヒラのぐるぐる巻きだ。
「……だめそうだったら手伝うから」
「……うん」
ニーナがごそごそと脱ぎ始めるのを見ながら、ノワーレも騎士の正装から気楽な室内着に装いを変えた。ニーナはやはり脱ぐのに手こずったので、ノワーレもあちこちの飾り紐を解くのに手を貸してやる。やっとのことで着替えさせ、丈が余っている裾や袖を折り返して、ニーナもなんとか楽な格好になった。
「これで動ける?」
「うん! ありがとう!」
ニーナは子供の素直さで笑い、「クラウナー迎えに行こ!」とノワーレを急かした。ニーナに背中を押されながら、ノワーレは「はいはい」と部屋を出る。隣のニーナの部屋になるべき空き部屋は、早速使用人達が掃除をしてくれていた。床の埃が払われ、暖房用や灯り用の残響石が天井や壁に取り付けられている。
「あの石なに?」
「残響石知らない? 災厄獣倒したら嘆石の欠片が採れるだろ。それを聖軸で加工したら残響石、使命を持つ者の意思で染めたら礎石。残響石は生活用具になるし、礎石は武器になる。ほら」
ノワーレは右の薬指に嵌めた指輪をニーナに見せた。
「これは礎石指輪。私が染めたやつ」
「元は災厄獣なのに、怖くないの?」
「石自体は怖くないだろ。壊した時点で災厄獣としての意思とかは抜けてるから、ただのエネルギー源だよ。何をさせるか決めちゃえば、石自体の意識もそれに染まる。クラウナーの聖杖も元は礎石だよ」
「私にもできる?」
「それは……女神様の意思によるんじゃない? 使命がない人間は石に言うこと聞かせる意味もないし……氷出せるのに、武器いる?」
「……いらないかも」
お喋りしながらクラウナーの部屋をノックすると、すぐに着替えたクラウナーが顔を出した。白くて裾の長い、聖歌唱大隊の平服を着て、長い髪は緩く編んで背中に流している。
「裾、邪魔じゃない?」
ニーナが聞くと、「慣れてるから」とクラウナーは笑んだ。
「よし、じゃあ、ひとまず茶室。その間に部屋を綺麗にしてもらって、騎士団の規律と風呂とか食堂とかの説明。いいね?」
ノワーレが言うと、ニーナが嬉しそうに「わかった!」と笑んだ。
「了解です、隊長」
クラウナーがニーナと一緒に微笑む。なんだか気の抜ける二人だ。
まあ、とにかく茶だ。一旦落ち着いて、全てはそれからだ。
ノワーレは大会合で聞いた諸々のことは一度考えないことにして、二人を連れて主塔へ向かった。
その日は夕刻の茶会で二人の紹介と大会合の報告をし、ついでに年嵩の者たちは知っていたらしいノワーレの正体の話と、今後の第三小隊の編成について等々を話し合った。
夜は父が城砦の主人としての腕を振るい、羊と焼き飯と酒が振る舞われ、見習い二人は大いに歓迎された。ニーナはおいしいおいしいと肉も飯もたくさん食べ、クラウナーもよく見ればかなりの量を平らげていた。食事に遠慮がないのを見て、ノワーレは安堵する。この分ならやっていけるだろう。明日からは自分が二人を鍛え上げることになる。
いや、導く、だろうか。
夜席はほどほどの時刻に解散となり、ノワーレたちもそれぞれ部屋へ引き上げた。ニーナの部屋もクラウナーの部屋も灯りや暖房が整えられ、石壁にはきちんと織掛布が掛けられて、暖かく設えられていた。
「じゃあ、おやすみ」
二人を部屋に送り、ノワーレは自室の寝台の上に腰を下ろす。なんだか長い一日だった。大会合前に女の子を助けたと思ったら、その子が救世主で、共闘した少年も女神の写し身とやらで、自分が導く役目だなんて。
銀狼の純血でもない自分に、何故そんな大層な役目が与えられたのか。
ぼんやり考えていると、部屋のドアを控えめにノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
声をかけると、枕を抱えたニーナが不安げな顔で立っていた。
「どうした? 何か足りないものとかあった?」
「あの部屋……寒くて……」
ニーナはドアの辺りでしばらくもじもじとし、消え入りそうな声で「いっしょに寝てもいい……?」と呟いた。怯える子犬のようで、なんだか可笑しくなってしまう。
ノワーレは微笑んで手招きした。
「おいで」
ノワーレが言うと、ニーナはぱっと笑って部屋に入ってきた。ノワーレは布団を捲り、ニーナを入れてやる。
「しばらく使ってない部屋だからね。まだ壁が暖まってないんだ、仕方ないよ」
「ノワーレももう寝る?」
「寝るよ。ちょっとそっち寄って」
ノワーレはニーナをぐいぐい押して同じ布団に潜り込み、灯り石を暗くしてやる。
「明日は早起きするよ。いいね」
「わかった……」
ノワーレが背中を軽く叩いてやると、ニーナはすぐに寝息を立て始めた。
幼く元気なだけの少女だと思っていたが、おそらく、ニーナも初めての場所で疲れたのだろう。何歳かは知らないが、見たところまだ十五歳を数えているようには見えないし、記憶だってないのだ。
こんなに小さな少女が救世主とは。
ニーナの白く柔らかな頬を見て、ノワーレは思う。
エヴァは「お友達になって欲しい」と言った。しかしこれは、友達というより妹だ。
クラウナーの部屋は寒くないだろうか。ニーナと同じくずっと空いていた部屋を与えたから、もしかしたら寒くて震えているかもしれない。暖房石の使い方はわかるだろうか。明日、布団が足りてるか聞いてみよう……。
そんなことを考えながら、ノワーレも眠りについた。
…………
mission5 完了
称号獲得
ノワーレ「見習い教育中の隊長」
クラウナー「しっかりした見習い」
ニーナ「妹のような見習い」
mission6へ




