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mission4 銀狼の娘

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mission4 銀狼の娘

…………

 ノワーレがミゲルと共に銀狼の室に引っ込んでから小一時間、父は疲れた顔でやってきた。ピエールとフェリーチェは門番代わりに室の外へ待機させている。父直属の第一小隊たちは、まだ大会室で情報を集めているようだ。


「まあ、首長たちはなんとかうまく収めてはきたぞ。結果的にはどこも、銀狼(ウチ)で良かったってよ」


 父が長椅子に腰を下ろしながらぼやき、ミゲルが塩乳茶を差し出した。父は茶を一息に干し、卓へ茶碗を置く。


「蒼熊《そうゆう》は十年前の災厄の被害から、まだ騎士の数が戻り切ってない。白鼠《はくそ》も蒼熊ほどではないとはいえ、副長はまだ療養中だ。赤獅子は青熊への支援と自領の防衛で余裕がない。一番余力があるウチが、彼らを引き取るのが妥当だってことで落ち着いた。なにより、女神様の預言にケチはつけられん……ノワーレ」


 父の向かいで緊張したまま座っていたノワーレは、不安な気持ちのまま顔を上げた。父の青い目がノワーレをまっすぐに見る。


「びっくりしたな」


 眉を寄せ、微笑むように言われ、ノワーレは一気に肩の力が抜けて椅子にへたり込んだ。


「ほんとですよ……知ってたんですか」

「俺と、ミゲルと、いま城砦にいるユーリは知ってる。事前に大聖軸から触れがあった。まあ、触れって言っても、ノワーレを指名しての預言があるから連れてくるようにってだけだが……」

「それで、私が伴にされたんですね……いつもならお兄様の第二小隊なのに……」

「ま、悪いことじゃなくて良かっただろ」

「それどころじゃないです……導くってなんなんですか……」


 父が予想より遥かに気楽に帰ってきたので、ノワーレも完全に娘の顔にになってしまった。騎士の体面など保っていられない。


「そういやお前、大会合の前に二人に会ってたな?」

「会いました……ニーナの方は助けました。災厄獣に襲われてたので……クラウナーは支援してくれて……」

「なんで救世主が襲われてんだ」

「知りませんよ……でも確かに手から氷の槍は出してたし、なんか……妙な子でしたよ」

「写し身の方は?」

「よくわかりません……ただ、一人で歌唱大隊の筆頭歌唱士が複数人でやるようなことをやってのけました」

「まあ、今日から二人ともお前の小隊の部下だな」

「うぇっ! そうなんですか?」

「お前が導くならそうなるだろ」

「えー……急すぎる……」

「まあ、がんばれ。お前ならできる」


 ものすごく雑に言われ、ノワーレはもうどうしていいかわからなくなった。ミゲルが隣から「お茶、お代わりいる?」と聞いてくるので、黙って空の茶碗を渡す。ついでに卓の上の干しぶどうも二つ三つ口に放り込んだ。何かで心を落ち着けないとやっていられない。


「あー……、あとな、ノワーレ。気づいているかわからんが……お前、実はうちの子じゃねえんだ」


 干しぶどうを飲み込んだ瞬間に言われ、ノワーレは盛大に咽せた。隣でミゲルがノワーレの背中をさすってくれる。


「え……何? なんです急に」

「預言でお前、銀狼に養育された娘って言われただろ。銀狼の娘じゃなく」

「……はぁ」

「つまり、お前は銀狼……ルーアルジャンの生まれじゃない」

「……は?」

「俺が、海辺で拾った。狼二頭に守られて流氷の上にいたのを見つけて、連れ帰って、うちの子にしたんだ」


 父の話はこうだ。


 十八年前、銀狼騎士団の平常任務である海岸哨戒で、父は二頭の狼が流氷の上に蹲っているのを見た。狼は賢い。理由もなく流氷の上に留まることはない。二頭の銀狼は父が知らない個体で、銀狼騎士団の誰かについている聖獣ではなさそうだった。ということは、新たに生まれた聖獣だ。聖獣は女神が騎士を見初めたとき、騎士の供となるべき存在として海から遣わされる。父は流氷の上へ自身の銀狼と共に駆け、蹲る二頭の間に産まれて間もない赤子を見つけた。二頭の銀狼は赤子を自身の身で温めていた。赤子は父に抱き上げられると大声で泣いた。父は、まるで産声のようだと思ったという。父は赤子を銀狼城砦へ連れ帰り、自身の娘として育てることにした。その少し前、父は災厄獣に乗っ取られた妻の首を自ら落としたばかりで、赤子の存在が、女神からの赦しのように思えたそうだ。


「それがお前だ、ノワーレ」

「えぇー……、そんな、急に言われても……」

「だよなぁ。とりあえず、茶でも飲め」


 ノワーレは完全になにがなんだかわからなくなり、とりあえずミゲルに茶を貰って飲んだ。ミゲルがやけに落ち着いているので、「……これも知ってた?」と聞いてみる。この男はノワーレの兄の乳兄弟で、ノワーレが物心つく前から銀狼城砦に暮らしていたはずだ。


「知ってたっていうか……奥様亡くなったのに、急に妹って増えるんだなぁって」

「え、じゃあお母様が亡くなったのって私が生まれる前? 私を産んでからじゃなく?」

「ノワーレが来る一年くらい前かなぁ」

「それでなんにも思わなかったの?」

「いやぁ……僕も当時三歳とかだしね」


 ノワーレは茶を飲みながら、今日の情報を整理してみた。自分はどうやら救世主と女神の写し身を導く人間で、純血の銀狼騎士だと思っていたが、実は拾われた子だったらしい。


「え、なんで流氷の上に赤ん坊がいたの? 捨て子?」


 ノワーレが聞くと、父は「俺が知るか」と首を振った。


「育てられないなら親兄弟頼るか、それも無理なら近くの聖軸とか祈念院に預けるだろ」

「ですよね……わざわざ危ない流氷の上まで行かないですよね……、え、じゃあ私、何?」

「さあ?」

「さあって!」

「まあ元気に育ったんだからいいだろ」

「よくない!」

「俺がいいんだからいいんだよ。ウチの娘であることに変わりはねえんだ。お父様の言うこと聞け」

「それは狡くないですか」

「わかんねえもんガタガタ言ったって仕方ねえだろ。お前はウチの娘で銀狼騎士団の第三小隊隊長で、ついでに救世主と女神の写し身を導く者らしい。以上。他になんかあるか?」

「……ない」

「だろ?」

「えぇー……よくないですよ……」


 ノワーレがぐずっているところに、軽いノックの音が響いた。父が許すと、扉を細く開けてフェリーチェが覗き込んできた。


「あのー……お客様っていうかー……救世主さまと女神の写し身さまが……おいでですぅ……」


 扉の隙間から覗き込んできたフェリーチェの顔の下に、ぴょこ、とニーナの顔が覗いた。「ニーナ、覗くのは良くないよ」とクラウナーの声もする。


「入って来い」


 父が言うと、扉が開き、ニーナとクラウナーが入ってきた。

 と思ったらニーナが裾を踏み、「ぶえ」と長椅子に座っていたノワーレに倒れ込んできて、クラウナーが「あ」と間抜けな声を出し、ノワーレも「うわ」と言いながなんとか受け止めた。


「うぇぇぇ〜ごめんなさい……この服動きにくい……」

「わかったからどいて……びっくりした……」


 ニーナはぐずぐず言いながら姿勢を戻し、ノワーレはペースを崩されて脱力した。ミゲルが気を利かせてノワーレの隣から立ち上がり、ニーナはしょげた様子で腰を下ろす。


「服、帰ったら私のお下がりかなんか貸してあげるよ。裾踏むんでしょ」

「うん……ありがとう……帰るってどこに?」

「銀狼城砦」


 二人が話している間にミゲルはクラウナーも招いた。ニーナがノワーレににじり寄ってスペースを空け、クラウナーが少し遠慮気味に腰を下ろし、長椅子はぎゅうぎゅう詰めだ。


「……懐かれてるな」

「……ええ、まあ」


 父の言葉に、ノワーレは半ばやけくそで答えた。クラウナーが何か話したそうにしているので、視線を向けてやる。しかし、クラウナーが話そうとした途端、父が「じゃあ」と有無を言わさぬ口調で割り込んだ。


「クラウナー、ニーナ、聞け。俺は銀狼騎士団の団長、ジョルジオだ。俺のことは団長と呼べ。今日から二人は銀狼騎士団第三小隊見習いだ。隊長のノワーレの言うことをちゃんと聞くように。以上」

「以上じゃないですよ」


 父があっさり言ってノワーレは思わず口を挟んだ。父が面倒臭そうに眉を寄せる。


「以上は以上だよ。二人ともまだ子どもじゃねえか。救世主だろうが女神の写し身だろうが、ウチの養い子なんだから世話役が必要だろ。まずは帰って食って寝て、難しいことは後から考えりゃいい。クラウナー、それでいいな?」


 急に話を振られたクラウナーは、背筋を正して頷いた。


「エヴァ様からも、銀狼の作法に従えと言われています」


 父は満足げに頷き、ノワーレの肩にくっついているニーナを見た。


「ニーナは?」

「ノワーレの言うことを聞けばいいの?」


 ニーナは幼い子供のように首を傾げ、父も幼い子供相手のように笑ってやる。


「そうだ。できるか?」

「ノワーレと一緒ならなんでもいいよ」

「そうなの?!」


 ノワーレが驚いて聞くと、ニーナは今度はノワーレを見て首を傾げる。


「エヴァも、ノワーレの傍にいるといいよって言ってたもん。仲良くしなさいって」

「よし、決まりだな。ノワーレ、あとは任せる」

「えぇ〜……いや、いいですけど……ちょっと、今日色々ありすぎて頭まわんないです」

「ま、とりあえずはいいだろ。難しいことは明日からだ」


 ノワーレがぐずる横で、ニーナが全く空気を読まずに口を開く。


「団長もノワーレも一緒のところに暮らしてるの?」


 父はニーナの幼さがだんだん面白くなってきたようで、半ば笑いを堪えながら「そうだよ」と答えた。


「きっとお前が思うより大所帯だよ。賑やかだぞ」

「楽しそう」


 ニーナが子供のように笑い、クラウナーが困った顔で微笑んで、ノワーレは疲れた頭で考える。まずは、ニーナに礼儀作法を叩き込んだ方が良さそうだ。


 自分は救世主と女神の写し身の導き手で、本当は銀狼の血筋ではなくて、さらに言えば流氷の上で拾われたらしい。なんだか色々なことを考えた方がいい気がするが、今は混乱して頭が全く働かない。


 銀狼の血筋ではない自分が、第三小隊長として二人を任されて良いのだろうか。


 心の片隅に閃いた思いは、ニーナが「よろしくね」と本当に嬉しそうに見上げてきたことで、一旦忘れ去られた。

…………

mission4 完了


称号獲得

ノワーレ「流氷からの拾われ子」

クラウナー「銀狼騎士団の見習い」

ニーナ「銀狼騎士団の見習い」


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