33.5
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海底は静かだ。
何度目かわからぬ目覚めを迎え、少年は横たわったまま頭上を見上げる。海の上は流氷に閉ざされ、空は見えない。
胸を貫いている黄金の槍を掴み、引き抜く。
痛みはない。そんなものはとうの昔に枯れ果てた。記憶は錆びつき、感情は擦り切れ、不快な残響となって体の中に響くだけだ。海に血が流れ出し、黒い海水に黄金が一筋漂った。
血が落ちる。水底に堆積した過去の残骸に黄金が滲む。王の血は赤くなどない。人ならざる者の血は、眠る魂を目覚めさせる。黄金に染まった魂は王の眷属として新たに目覚め、今を生きる人類を喰らうだろう。かつての栄華など最早取り戻したくもないが、それでも魂は生命を羨む。ならば、この王の手で使ってやるのがせめてもの情けだろう。女神の手によって掬い上げられてしまう前に。
黄金に染まった残骸を、槍が吸い上げ飲み込んでゆく。脈動する槍は、やがて叫びながら獣を産むだろう。命を生み出したがる者は胎として使ってやるのが情けというものだ。王は民のために存在する。民が望むのなら、望むままに。
歌が聞こえる。
少年は、少しだけ笑う。
かつて、この歌声に慰められたこともあった。あれはいつのことだったか。記憶は既に擦り切れ、過去の思いだけが残滓となり心の奥に堆積している。
歌が聞こえる。ひび割れたソプラノ。かつて少年を慰めようとした歌声は、今、一人の男を道連れにしたらしい。虚無を孕んだテノールが重なり、残酷を嘆く戦慄が水底を揺らした。
連れてくるがいい。ここに帰ってくるといい。かつてのように我が身に忠誠を誓うのなら、神々が望む残酷を与えられる前に、この血を与えてやろう。そのために一度陸へ帰してやったのだ。
少年の心の奥底に、微かに痛みが湧きおこる。痛み……いや、悲しみだろうか。
自分と同じ虹色の目。自分に似た面差しの少女。だが、あの子は致命的に幼かった。だから何度も殺されるのだ。同じ、民への献身を求められる生み出された者であっても、先に生まれた者に抗うには弱すぎた。
何度だって殺してやろう。有象無象の魂に求められるのは、自分だけで構わない。
黄金の眷属を手に、何度でも全てを根絶やしにしてやろう。お前が自身の胸を貫き抗うのなら、自分もまた何度でもやり直そう。いつまででも付き合ってやる。兄とはそういうものだから。
轟音を立て、かつての玉座が瓦礫と共に落ちてくる。いや、これは紛い物だ。王を求める有象無象が、機嫌を取るために生み出した偽りの玉座。何度紛い物を献じられたところで、動くべき心など既に枯れ果てている。
玉座の前に、女が男を抱いて跪く。
薄紅の髪の女。黄金の目はどこも見ていない。そのはずだ。まだ今を生きる者だ。もっと深く血を刻まねば、王の眷属として海の中で生きることは叶わない。
歌が聞こえる。知らない歌だ。抗う者の歌だ。
少年は笑う。
久々に良い気分で、自らの血から四弦楽器を生み出した。
玉座の後ろには小さな階段がある。階段の向こうに続く温かく小さな部屋で、よく彼女らと合奏をした。今は彼女らもなく、微かにしか思い出せないとしても、たまに昔に思いを馳せるのも悪くはない。
もうすぐ、もうひとりの黄金の眷属が帰ってくる。
彼の力となるために。




