mission30 女神の祝詞
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mission30 女神の祝詞
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操作キャラクター「ノワーレ」を選択しました。
未確認敵影を確認し、危機を回避してください。
※※※※
ニーナが頭を抱えて絶叫した。
「ニーナ! しっかりしろ!」
ノワーレが駆け寄ると、ニーナは頭を抱えたまま激しく首を振った。歯の根が合わずにがちがちと鳴っている。覗き込んだ顔は真っ青で、心からの恐怖に怯え切り、黒銀の目にみるみるうちに涙が溢れた。震える唇が、小声で何かを呟いている。
「だめだ……あの人だけはだめ……逃げなきゃ……みんな殺される……」
ニーナが怯えながら目を上げて、涙を溢しながら右手を掲げた。空に氷の槍が大量に生み出され、軋みながら沖へ向かって振り落とされていく。
錆びついた独奏が響いた。明らかに音楽を奏でている。錆びつき、軋み、調子の外れた旋律が、ニーナが生み出した槍にひびを入れ、無惨にも空の上で砕いた。ニーナが泣きながら吠えて更に巨大な槍を生み出すが、ひび割れた旋律が容赦無く砕いていく。
「ニーナ、落ち着け!」
ノワーレが揺さぶると、ニーナは泣きながら首を振った。
「だめだ……あの人にだけは勝てないよ! だって、わたしも殺された! 人には……生きてる命には耐えられない!」
ノワーレの耳に、優しい笑い声が聞こえた。
――生きていたところで、女神の手の上で踊らされるだけだろうに。
少年は笑う。ニーナが必死に首を振る。
「違う……ちがうちがう! 女神様は……女神様はおまえとは違う!」
ニーナが生み出す槍は次々と破壊され、氷の破片が降り注いだ。遠くから騎士たちの悲鳴が聞こえる。聖獣たちが唸りを上げる中、黄金の波がなにもかもを飲み込もうと押し寄せてくる。
「歌唱隊! 斉唱!」
シャンティの声。強いフォルテシモが響き渡り、波をいっとき押し返すが、錆びついた独奏がなおも歌唱隊の声を掻き消した。波が再び立ち上がる。皆に怯えが広がっていく。
クラウナーの独唱が響いた。
海岸線に流氷がいくつも立ち上がった。黄金の波が堰き止められ、弾けた波から災厄獣がこぼれ落ちて来る。後陣に災厄獣が押し寄せるのを、鼠たちが壁となり防いだ。鼠の隙間から溢れた波が襲いかかり、ノワーレは吠える。
「チュテレール、ニーナを逃がせ!」
ニーナが喚いた。
「だめだノワーレ! あれと戦っちゃだめ、殺される!」
ニーナの叫びは四弦楽器の音にかき消された。チュテレールがニーナを乗せて後陣の最後列へ走り去る。そこここから悲鳴が聞こえる。「第五小隊、撤退!」「被害甚大! 防衛線維持できません!」「戦闘不能! 誰か、誰かいないか!」
フェリーチェの悲鳴が聞こえた。ピエールが叱咤する声が震えている。ミゲルが二人の襟首を引っ掴んで後退してくる。そのミゲルの顔も血の気をなくし、恐れに染まっている。イライヤの隣でフランツが膝をついた。細剣に縋っているが、立ち上がることは出来そうにない。
錆びついた旋律が、騎士たちの士気を根こそぎ奪ってゆく。
――さあ、歌っておくれ。
優しい少年の声とともに、錆びついた四弦楽器が絶叫した。その背後におぞましい合唱が、絶望と嘆きの声が響く。
歌唱者がひとり、またひとりと声を失った。まともに歌えるものがどんどんいなくなり、ローランとシャンティが歌う声だけが聞こえる。その声も、震え、掠れ、途切れてゆく。
戦線が、崩壊してゆく。
「ノワーレ、無事だね」
イライヤが、ノワーレの隣で冷めた声を出した。
もはや、戦場で平然と立っているのは、ノワーレとイライヤだけのようだった。
「行こう。このままじゃ埒があかない。私たちしかもう動けないみたいだし、二人でこの声の主を探して倒すよ」
「……わかった」
ノワーレは、手の中の武器を短槍へ変えた。イライヤが鼠椅子から立ち上がり、弩弓を細剣に変える。後陣の前に立ち上がった流氷がひび割れて、隙間から、血が漏れるように海が漏れ出してくる。
「……白鼠の女王を舐めるなよ」
イライヤが細剣を指揮棒の如く振るうと、鼠の群れが湧き出した。甲高く鳴き交わしながら流氷の隙間を塞くが、一匹、また一匹と海水に押されて落下する。だが、その度に新たな鼠が湧いて穴を塞いだ。無尽蔵の白鼠の群れが、イライヤの指揮で巨大な盾となり海の前に立ちはだかる。
「フランツ、立たなくていい。せめて流氷の隙間を埋めてここを守れ」
フランツが荒い息を吐きながら頷き、イライヤはノワーレを振り返る。
「その狼、私も乗せてこの壁を越えられる?」
「それくらい訳もない」
「じゃあ、沖に行くよ」
イライヤは、黄金の目を細めて言った。
「たぶん、私とノワーレなら、海を被っても生きて戻れる。体がどうなるかはわかんないけどね」
※※※※
戦線が崩壊している。
混乱するクラウナーの前に、ニーナを乗せたチュテレールが飛び込んできた。ニーナはチュテレールの上でぼろぼろと涙を溢しながら、それでも空を見上げて歯を食いしばり、無数の氷の槍を生み出す。
「ニーナ、どうしてここに」
「みんなを……守らなきゃ」
心臓を握り潰すような四弦楽器の悲鳴。海底から轟く絶叫のような合唱。歌唱隊はもう歌えていない。シャンティと、前列へ駆けて行ったローランだけが、未だ必死に声を張り上げている。ここに残れ、とローランは言い捨てて行った。二人が倒れた時に歌える人間はもうクラウナーしかいないからだ。だから、クラウナーは最後列から動けない。誰が犠牲になっていようとも、最後の砦として立ち続けなくてはならない。
ニーナの氷が、先程クラウナーが立てた流氷を支えるように、柵の如く横並びに突き立てられた。鼠が氷の柵を這い上がり隙間を埋めてゆくが、押し寄せる波に何度も落とされ雪の上で潰れてゆく。災厄獣の絶叫が響き渡る。錆びついた旋律と合唱が、心を削ってゆく。
「ニーナ、前線で一体何が」
「あの人の声を聞いちゃだめ!」
ニーナが泣きながら叫んだ時、クラウナーの耳元で、優しい少年が笑った。
――あの時、ちゃんと殺してやれればよかった。すまなかった。
「うるさい!」
ニーナが喚いた。
「わたしは……守るんだ。あの子を……あの子が背負ったものも、全部守るって決めたんだ! おまえなんかに殺されるか!」
海岸で一際大きな津波が立ち上がる。クラウナーが突き立てた流氷など、何の役にも立たなかった。真っ黒な海水が、黄金のきらめきを伴いながら陸に襲いかかる。流氷が折れ、ニーナの槍が折れ、暗黒の海嘯が後陣まで押し寄せてくる。
「走れ!」
聖紋に満ちたローランの声が、その場にいた全員の耳に届いた。蒼熊が後列まで駆けてくる。クラウナーはアルタノッドに飛び乗り拍車をかけた。喚いているニーナの襟首を掴み、チュテレールがニーナの下に滑り込む。後陣の後ろはもう城壁だ。ここまで波が届いてしまったら逃げ場がない。そもそも後陣は他より数段高く組まれた砦の上にあるのに。ここまで波が襲って来ることなど、ほとんど無いはずなのに。
三人は間一髪で襲いかかる波から逃れた。獣に乗っていた者は助かった。徒歩の者は波に連れていかれ、あるいは潮に侵され倒れ伏した。そこここで声が上がる。「総員点呼!」「歌唱隊! 無事?!」「動けない騎士がこっちに!」「耳が、何も聞こえない」
ニーナがチュテレールにうずくまって泣いている。それでも右腕はまだ氷を生み出して、次の波に備えて巨大な壁を作ろうとしている。カジャカが蒼熊に乗ったままニーナの前に出た。巨大な鎌を握り締め、海を睨みつける。後ろに騎乗したローランは、カジャカを支えながら低く歌っている。
まだ、心は折れていない。
クラウナーは視界を上まで引き上げた。戦況を判断できるのは自分しかいない。騎士団はおそらく壊滅している。歌唱者たちだって連携が取れているとは到底言えない。何か、突破口になるもの。せめて、次の波は避けなくては。
空から見た升目上の視界に、光る点が二つ。
ガルディエーヌに乗ったノワーレとイライヤが、襲い来る波に向かって突っ込んで行った。
「ノワーレ!」
思わずクラウナーは叫んだ。叫んでも聞こえない。声を届けるには歌が必要だ。でも、なんの歌を? 今もまだ、クラウナーの耳には錆びついた四弦楽器の悲鳴と合唱が轟いているというのに。
独唱で、錆びついた合唱を押し返せるだろうか。
クラウナーの視界でノワーレとイライヤが奮闘する。波の中は黄金の血と災厄獣に塗れ、二人は片っ端からそれらを叩っ斬っていく。波の向こうには確かに巨大な槍があった。聖軸の如き巨大な絶望の槍は、脈動し、黄金の血を噴きながら災厄獣を産み続けている。
けれど、人間には、絶望の槍は壊せないのに。
ニーナが、クラウナーの横で子供のような嗚咽を漏らした。
「だめだ……わたしじゃ勝てないよ……だって……わたしは……」
クラウナーは思わずアルタノッドから飛び降りて、チュテレールに蹲るニーナを背中から抱いた。ニーナは泣きじゃくりながら喚く。
「あの人は……人類を許さない……!」
途端、クラウナーの脳裏に、見知らぬ声が響き渡った。
――危機警告 防衛陣損耗率75%
――推奨レベルを満たしていません。撤退しますか?
撤退?
いまここで全てを諦めて、どうなるというのだろう。
海は海岸を襲うだろう。城壁は保つだろうか。いや、きっと崩壊する。騎士団はもうまともに機能していない。急拵えの歌唱隊はバラバラだ。まともに動ける戦力はノワーレとイライヤのみ。シャンティとローランが歌っても、響き続ける錆びついた旋律は押し返せない。ノワーレとイライヤでも絶望の槍は壊せない。ニーナは泣きじゃくってもう立てない。
それでもまだ、皆を守ろうと一人で氷を生み出しているのに?
カジャカが、ニーナとクラウナーを守ろうと前に出て鎌を構える。十年前の蒼熊領南部海岸防衛戦の生き残り。声も聴覚も失って、それでもまだ戦場に立っている。
――危機警告 防衛陣損耗率85%
――推奨レベルを満たしていません。撤退しますか?
いま撤退すれば、銀狼領が海に飲み込まれる。
ここを耐え抜かなくては、また、大勢の人が死ぬ。
クラウナーは見ていた。十年前。まだ七歳だった。寝台に横になったまま、戦場の悲劇を捩じ込まれ続けた。泣いても喚いても何も届かない。街が津波に飲まれ、災厄獣が跋扈し、人々を喰らう。泣いても喚いても誰も助けてくれない。
女神でさえも、人類を直接救えはしないのだ。
「撤退しない!」
クラウナーは叫んだ。
喉が、聖紋に灼けた。
ここで撤退したら、十年前の繰り返しだ。あの時は何もできなかった。捩じ込まれ続ける預言を前に、クラウナーは伝えることすら出来なかった。けれど、いま自分はここにいるのだ。まだ抗える。女神の力を与えられた体は、まだ動き、クラウナーのものとして生きている。人類を助けるために生み出されたこの命は、まだ十分に使いものになるはずだ。
――撤退をキャンセルしました。
――推奨行動 サーバへの救援依頼
――サーバへ祈り、フレンドへ救援を願ってください。
脳裏に閃く見知らぬ声。
まるで、女神の祝詞。
ニーナが、クラウナーに抱かれたまま顔を上げた。
…………
mission30 完了
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