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mission28 海底の呼び声

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mission28 海底の呼び声

…………

 配備可能な戦力を確認しました。

 敷設可能な防衛陣を選択してください。


 中規模防衛戦「銀狼領海岸防衛 Lv.2」を選択しました。


 防衛戦の準備を進めてください……


※※※※


 防衛陣の敷設が決まり、騎士団は準備に駆り出されている。住民たちを避難させ、雪壁で民家を覆い、城砦内に補給物資を搬入する。歌唱大隊の援護がないので大忙しだ。


 ノワーレは「胸の傷に響くから」とか適当な理由をつけられて、あらゆる雑務から遠ざけられていた。体が鈍る、と言っても取り合ってもらえず、客人たちをもてなせ、ついでにニーナのお守りもしろ、と、クラウナーと共に茶室に放り込まれている。


「みんなには悪いけど、いいんじゃない? だって、ノワーレ、あんまり眠れてないでしょう」


 と言うのはクラウナーだ。


「……眠れてないわけじゃない」


 咄嗟に嘘をついたが、隣で蒸しパンを食べていたニーナが「嘘だぁ」とぼやいた。


「ノワーレ真っ白な顔してるよ。やっぱり傷、痛いんでしょ」

「痛くはないよ。傷跡が他の皮膚より硬いから邪魔なだけで」

「ちくちくしない?」

「しないよ」


 ニーナは納得いかない、という顔でしばらくノワーレを見つめていたが、諦めて蒸しパンを頬張るのに戻った。ノワーレは、傷跡の位置が胸で良かった、と思う。ニーナも流石に人前でノワーレの服を剥いたりしないし、クラウナーは男だから遠慮してくれる。


 隣のクラウナーは黙ってノワーレとニーナのやりとりを見ていたが、ノワーレが茶碗を卓に置いた瞬間、急にノワーレの肩を掴んで自分の膝に引き倒した。


「えっ、何、クラウナー?」

「寝なよ。真っ白な顔してるのは事実だし、調子だって良くないんでしょ? 僕とニーナの近くにいれば、少しは傷の影響も弱くなるかもだし」


 クラウナーはノワーレの肩をがっちりと掴み、強制的に膝枕の姿勢を維持させる。


「え、お前、力つよ……」

「歌唱大隊の鍛錬で鍛えてるからね」

「そうじゃなくて!」

「ニーナ、乗っちゃえ」


 クラウナーのどこか投げやりな発言と共に、ニーナがノワーレの上に伸し掛かってきた。


「え、ちょっと、重たい」

「ローラン、猫貸して」


 ニーナばかりではなく今度は猫まで上に乗ってきて、ノワーレはもがくこともできず長椅子に横倒しにされる。


「クラウナー……、お前、怒ってる……?」

「ちょっとね。無理も無茶も良くないよ」


 クラウナーが力を全然緩めてくれないので、ノワーレは諦めて脱力した。ノワーレにのしかかったニーナがごそごそ動き、上に毛布がかけられる。


「僕がやらなくても、ユーリかミゲルが同じことすると思うよ。僕が同じことしたらノワーレだって死ぬほど怒るでしょ」

「……ごめん」

「いいよ。ニーナ、そのままノワーレの抱き枕になっちゃえ」

「はーい」


 ニーナの気の抜けた返事。毛布の向こうでローランが笑いを堪えている気配がする。ローランだけでなく、ここにはカジャカやイライヤ、フランツまでいるのに。


「いいなー」


 イライヤ、いいな、じゃない。


「あれくらいなら俺がいつでもやって差し上げます」

「フランツ硬いからやだ。カジャカーおいでー」

「枕にされるのは嫌だってさ。あきらめな」


 なんなんだお前ら。防衛戦前に呑気にしやがって。

 思ったが、客人相手に言えるわけもない。

 ノワーレはいつのまにか毛布ごと仰向けにされて、胸の上にはニーナと猫がのしかかり、クラウナーの手が目の上に乗せられた。


 目の奥の疼きが、少しだけ落ち着く気がした。


 ニーナはノワーレに抱きついたまま、クラウナーとひそひそ話している。


「やっぱ胸の辺り変な気がする」

「変て?」

「なんだろ……ここだけノワーレじゃないみたいな……」「確かに、聖紋の通りは悪いね」


 人の体を勝手に探っているようだが、不思議と不快感はなかった。ニーナがノワーレの胸元に耳を当てている。


「心臓……わかんない」


 怖いこと言わないでほしい。


「なんか……なんだろ、潮騒……? 波の音? ノワーレじゃない音がする……」


 それは、ノワーレ自身も感じていた。

 しかし、だからどうだというのだろう。貫かれたのは本当だし、傷跡を、その奥にある心臓を抉り出すわけにはいかないだろう。心臓が脈打つ度、ノワーレ自身の何かが書き換えられている気がする。何も変わってはいないはずなのに。


「心臓以外なら、少しは戻せる……」


 目の上に当てられた手が温かい。クラウナーの手が、脈打つ黄金の目を抑えてくれている気がする。


 ノワーレは、そのまま眠りに落ちる。

 ニーナの、辿々しい子守唄が聞こえる。


※※※※


 潮騒。


 海底で、黄金の槍の胎が脈動している。

 胎が裂け、黄金の血が溢れ、海底に堆積した無色の宝石を染めていく。


 槍が金切り声を上げる。黄金に染まった石が割れ、真っ黒い塊が生まれ出る。命に憧れる紛い物たちの産声。


 親を求める嘆きの呼び声。


 誰を呼んでいるのか。


 もしかして――


 優しい子守唄。

 クラウナーが歌っている。


※※※※


 目覚めると夕刻だった。

 ローランたちの気配はなく、ノワーレの腕の中で、ニーナがぐっすりと眠っている。ノワーレはクラウナーの膝に頭を預けたままで、ノワーレが目覚めたことに気づいたクラウナーは、雪が溶けるような笑みを見せた。


「疲れたでしょう。もう少し眠る?」


 穏やかな声。ノワーレは一瞬混乱したが、頬に当てられたクラウナーの手の温かさで正気を取り戻した。


「……見たか?」

「何を?」

「いや……いい」


 ノワーレの胸の上で、ニーナがむずがりながら起き上がった。


「ノワーレ、少しは治った?」


 寝惚けたニーナの声に、クラウナーが「少しは」と答える。


「ノワーレ、多分、海の後遺症が続いてるよ。目と胸は見た通りなんだけど、それ以外……手も足も、女神様の権能が届きにくくなってる。少し開いておいたけど、すぐ閉じちゃうかも」


 ノワーレは、頬を離れたクラウナーの手のひらが虹色に輝いているのを見た。蔦模様のように刻まれた輝きは、すぐに失せた。


「あんまり無理に開くと、ノワーレの心臓が保たなそうなんだ。槍はノワーレの胸を貫いたでしょう。多分、心臓が、槍に侵されてる。これで普通に生きていられるなんて、信じられない」

「ノワーレ、体の中から海に呼ばれてるのかも」


 クラウナーとニーナに口々に言われ、ノワーレはどう答えていいか分からなかった。信じられなくても、ノワーレ自身、生きているのだ。


 自分は普通の人間ではない。それはきっと、海から生還した、というだけではない。


「……海に、女神様の手が入っていくのを見た」


 ノワーレは起き上がり、掠れる声で呟いた。


「多分、私とイライヤにしか見えてない……女神様の手が海底から石を掬い上げて、流氷に滴った海水が、災厄獣になった。私とイライヤで倒したけど……もしかしたら」

「ちがう!」


 ニーナがノワーレの胸に抱きついてきた。ノワーレも思わずニーナを抱きしめる。見上げてくるニーナの目を、今は、見られない。


「私は、流氷の上で拾われたんだ」

「……それなら、ノワーレは女神様に望まれたんだよ」


 クラウナーが、明るい声で言った。


「すべての命は海にある。僕らは女神様がはじめに掬い上げた善き人の末裔で、聖獣は、人の助けとするために女神様が海から魂を掬い上げて寄越してくれるものだ。災厄獣が残す嘆石だって、騎士が染めれば人を守る武器になるし、聖軸で染めれば人々のための道具になる。女神様が掬い上げたのなら、人のために女神様が望んだ命だと思うよ」


 ニーナを抱えたまま、ノワーレは振り返る。窓からの夕陽に照らされたクラウナーの目は、オーロラ色に光っている。


「だって、ノワーレは銀狼の騎士でしょう?」


 耳の奥には、まだ潮騒が響いている。黄金の血から生まれ出た災厄獣たちの産声がこびりついている。


「……そうだな」


 それでもノワーレは、笑みを作って頷いた。クラウナーも頷いた。ニーナは不思議そうにノワーレを見上げている。


「多分わたしも、流氷で生まれたよ?」


 腑に落ちない顔をしたニーナに言われ、ノワーレは「そうだね」とニーナの頭を撫でた。


 きっと、ニーナにもクラウナーにも、潮騒は聞こえていない。海底の産声も。


 女神の加護篤き二人には、わからないのだ。

…………

mission28 完了


 中規模防衛戦「銀狼領海岸防衛 Lv.2」開始まで、あと4日


 防衛の準備を進めてください……


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