↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/50

mission24 白鼠の女王

 Now loading…


mission24 白鼠の女王

…………

 エヴァに治療されたあと、二人はそのままエヴァの猫に送られて、白鼠領の小聖軸へ辿り着いた。猫はいなかったが、白鼠騎士団から迎えの男が遣わされていた。


「フランツ・ド・ブランスリ。白鼠騎士団第二小隊副長だ。クラウナーとニーナだな?」


 亜麻色の髪に眼鏡の細身の男は言いながら、クラウナーに右手を差し出した。握手を交わし、ニーナもまた進み出て、いつものように「ニーナだよ」と自己紹介をする。クラウナーの肩から鼠が滑るように駆け下り、フランツが左手で拾い上げた。鼠は嬉しそうに「ちゅ」と鳴く。


 フランツはクラウナーが連れたアルタノッドを見ると、顎に手を当て少し考えるような仕草を見せたが、やがて諦めたように首を振った。


「白鼠は他と違って騎乗できる獣がいなくてな。驚くかもしれないが、まあ、見ていろ」


 男が指を鳴らすと、雪の地面の上に真っ白な鼠がうじゃうじゃと湧き始めた。数百、いや、千はいるだろうか。怯えたニーナが硬直し、クラウナーも驚いて固まる。

 鼠の中でも大きなもの、猫くらいの大きさのものが整列し、小さな鼠がその上に整列した。鼠たちがわらわらと集まっていつのまにか椅子の形になり、フランツは悠々と鼠椅子の上に腰を下ろす。


「鼠……潰れない?」


 ニーナがおそるおそる聞くと、フランツは「問題ない」と無表情に答えた。


「こう見えて聖獣だ。そこらの獣より頑丈だし、喰われてもすぐに新しいのが生まれてくる。これでもその金馬と同じくらいの速度は出せるはずだ」


 フランツの肩に乗った鼠が、クラウナーに向けて誇らしげに「ちぅ」と鳴いた。クラウナーも知識では知っていたが、実際に見ると圧倒されてしまう。白鼠騎士団は大群の白鼠を操り災厄獣と戦う者たちだが、本当に、クラウナーの足元どころか、小聖軸を埋め尽くすほどの鼠を従えているのだ。


「白鼠城砦へは十五分ほどだ。このまま向かって構わないか?」


 問われ、クラウナーは頷いた。ニーナと共にアルタノッドに乗り、走り出した鼠椅子を追った。


 白鼠領の街も、銀狼城下街と然程違いはないようだった。小聖軸を中心に街並みが広がって、海岸に向けて建物はまばらになっていく。海岸線に聳えるのが白鼠城砦だろう。銀狼城砦と同じく、街から海岸を隠すように広く城壁が立ち上がっている。


 街道を鼠の椅子と金馬が走り抜けても、街の人々は驚かないようだった。街のそこかしこに小さな鼠の群れがあり、荷運びなどで人々の暮らしを手助けしているのが見える。聖獣は食餌を必要としないが、この街の鼠は民から木の実などを与えられているようだった。愛されているのだろう。


 白鼠城砦の正門に着くと、フランツは椅子から降り鼠を解散させた。僅かに二匹を残し、一匹がフランツを離れ城砦の奥へと駆けて行く。と思ったら、建物の隙間から別の鼠がやってきて、フランツの脚を駆け上がり肩の上で忙しなく鳴いた。フランツはしばらく鼠が鳴くのに耳を澄ませていたが、やがて「わかった。そっちにいくと伝えてくれ」と鼠を雪の上へ放つと、まだアルタノッドの上にいるクラウナーとニーナに向き直った。


「お嬢様は城砦にはいないらしい。すまない、主塔で歓待する予定だったが、隣の温室まで来てくれるか」


 クラウナーとニーナは訳がわからないまま頷き、フランツがアルタノッドの手綱を取って先導した。白鼠城砦の正門を抜け、すぐ脇の小道へ入る。道の先にはガラス張りのドームが見えていた。野菜や果物を育てる温室だろう。城砦の人間すべてを養うことは出来ないだろうが、たまの嗜好品として育てている者は少なくない。厳冬期は生鮮野菜を扱う商隊の出入りも少なくなるから、皆暮らしを工夫しているのだ。


 フランツは温室の前で立ち止まると、鼠を一匹中へ入れた。しばらくして、内側から別の鼠が扉を開く。暖かな空気が溢れ出し、ニーナが驚いて目を瞬かせた。濃い緑と、生きた植物が生む森の匂いを孕んだ濃厚な空気。


「お嬢様は中だ。俺はここで待つ」


 フランツが言い、クラウナーとニーナはアルタノッドを降りて中へ入った。鼠たちが扉を閉め、温室のむっとするような暖かな空気に閉じ込められる。緑の木々が生い茂るせいで見通しが悪く、クラウナーは戸惑うニーナの手を取った。地面には白い石が敷かれ、一本の道となって先を示している。


 緑をかき分けるように進むと、空から陽の光が燦々と降り注ぎ、厚手の外套を着たクラウナーたちを容赦なく温めた。ニーナが暑そうに襟巻きを外し、外套の前を寛げる。


 生い茂る緑をかき分けた奥、急に視界がひらけた先に、豪奢な布張りの長椅子があった。長椅子の背から、淡い紅色の癖毛が垂れている。


「来たぁ?」


 寝起きのような、気怠い女の声がした。


「こっち来て座りな。お茶もお菓子も用意させたから。来てくれてありがとね」


 女は長椅子の上から振り返ると、立ち尽くすクラウナーとニーナに向けて手を振った。気だるげな表情の中で、黄金色の眼差しが、不気味に光ってクラウナーたちを見た。


 絶望の槍(グランギニョル)と同じ輝きだ。


 女は、クラウナーとニーナを見て微笑んだ。クラウナーの表情に一瞬浮かんだ怯えと驚きを、女は見逃さなかった。


「こんな目になっちゃったのも、海に落ちてからなんだ。話、聞きたいんでしょ。私も話すことがある……ノワーレを海から引き上げた救世主と、女神の写し身ちゃん」


 クラウナーは怯えを飲み込み、「お招き、ありがとうございます、イライヤさん」と一礼をした。ニーナもクラウナーを真似て頭を下げる。イライヤは「やだやだ、堅苦しいのはなし」と手を振ると、二人を再び手招いた。


「イライヤでいいよ。さんはなし。適当にして。こんなところで悪いね。日光……女神様の威光を浴びないと調子悪くてさ」


 クラウナーたちが向かいの長椅子に腰を下ろすと、イライヤはだらしなく長椅子の上に寝そべった。寝巻き姿で、頬にも手足にも血色がなく、力の抜けた手で目を覆い、天井からの日差しを遮っている。


 白鼠がそこここから現れて、クラウナーとニーナの茶碗に茶を注いだ。イライヤが指先を少し振ると、イライヤの茶碗にも茶が注がれる。口をつけると、ぬるめの塩乳茶だった。クラウナーたちが脱いだ外套も、鼠たちが持ち去り近くの衣装掛けに掛けて行った。


「具合が悪いの……?」


 ニーナがおそるおそる聞いた。イライヤは「ちょっとね」と答え、長椅子の上で寝返りをし、クラウナーたちに向き直る。脱力し切った手足が投げ出されたが、鼠たちがイライヤの脚を隠すように膝掛けを掛けた。


「やっぱり、あんたたちの声は聞きやすい……」

「耳が聞こえにくいの?」

「割とね。海に落ちてからずっと、ざーって、潮みたいな音が聞こえてる……たぶん、ノワーレもだよ」


 ノワーレの名が出た途端、ニーナが前のめりに姿勢を正した。イライヤは薄く笑い、「さっさと本題に入ろうか」と長椅子の上に起き上がった。ぐしゃぐしゃに絡まっている癖毛をなんとかしようと鼠たちがブラシを運んできて、イライヤは面倒そうに視線を向ける。


「……クラウナー、やって」

「えっ」

「あんたも髪長いでしょ。やって」

「ええ……? わかりました……」


 クラウナーは戸惑いながらも立ち上がり、鼠たちからブラシを受け取った。イライヤが長椅子の上に膝を抱えて座ったので、隣に座り、薄紅色の絡まった髪を少しずつほぐしていく。


「……手足があんまりまともに動かなくてね。細かい作業とか面倒なの。鼠ができるならやらせるんだけどさ、髪はだめ」

「海の、後遺症ですか」

「たぶんね。臨海祈念院のやつらはそう言うよ。フランツの目もそう……眼鏡でなんとかなるらしいけどね」

「十年前の、蒼熊領南部海岸防衛戦ですね。災厄獣が上陸して……何人も亡くなったと聞いています」

「そう。海から現れた触手に何人も叩き落とされてさ。私とフランツは運が良かった。完全に落下した私を知らない女の子が引き上げてくれて、流氷の上で気を失って潮を被ってたフランツを叩き起こして、一緒に陸まで引きずり戻してくれた」


 クラウナーは、当時、預言でその場を見ていた。津波が起こり、流氷が呑まれ、何人もの騎士が海中に叩き落とされた。城壁が崩れ、街を潮が襲い、逃げ遅れた民間人が犠牲になった。津波は街の中心まで届き、小聖軸をも打ち倒したのだ。


「助けてくれた女の子がね、絶対にみんなを守るって言いながら、ジャッドとキリエリ……カジャカの両親と一緒に災厄獣の親玉に突撃して行った。その子は戻らなかったけど……ニーナ、あんたに似てたよ」


 突然言われ、茶を飲んでいたニーナは首を傾げた。


「わたし……?」

「そう。そんな色の髪と目の人間、他に見たことないよ。女神様の権能なら、クラウナーやエヴァ様みたいに白っぽいオーロラ色に光るはずでしょ……あんたみたいな、黒っぽい銀色っぽいオーロラ色は見たことない」


 陽光を受け、ニーナの黒銀色の髪は虹色に輝いていた。七色の輝きは女神の権能を強く操れることの証だ。だがそれは、イライヤの言う通り、雪の如き白さと共にある。


「私をあの時引き上げてくれたのは……まあ、あんたじゃないよねぇ……十年前だし……」


 イライヤは首を傾げ、ニーナもまた首を傾げた。


「わたし……なんにも覚えてなくて……わかんないや。ごめんなさい」

「いや、あんた、カジャカとそんなに変わらない歳でしょ。十年前なら女の子どころかチビすけだよ」

「でも……エヴァは、あれで四〇〇歳越えなんでしょ? わたしだったのかもよ」

「そうなのかなぁ……じゃあ、助けてくれてありがとうね」

「どういたしまして……?」


 いや、なんか違うと思う。


 思ったが、クラウナーはイライヤの髪をとりあえず左に流して三つ編みにした。横になることが多いのなら、背中より前に流せる方がいいだろう。鼠が紐を持ってきてくれたので、受け取って括る。


「できましたよ」


 クラウナーがイライヤの三つ編みを前に流すと、イライヤは「上手じゃん、ありがと」と満足げに笑んだ。


「やっぱり、あんたたち二人の声は聞きやすいね。ノワーレも同じだと思うよ。ノワーレにたくさん声かけてあげな」


 イライヤは言いながら、鼠が注いだ茶をゆっくり飲み干した。


「少し、昔の話をしよう。私も、ノワーレと同じように何日も眠ってた。起こしたのはローランだ」


 イライヤは、茶を飲みながらゆっくりと話した。


 十年前の、蒼熊領南部海岸防衛戦。ジャッドとキリエリにより災厄獣が退けられ、絶望の槍(グランギニョル)が休眠期に入った後、イライヤたち負傷者はまとめて臨海祈念院の治療施設に預けられた。祈念院の人間たちは、海によって負傷した者たちの治療を一手に担う。海に落ちたイライヤと、潮に呑まれたカジャカ、フランツは同じ部屋だった。カジャカと共に潮に呑まれたローランもまた、同じ部屋で昏睡状態にあった。

 一番先に目覚めたのはローランだ。最も潮の侵食が浅く、幼いカジャカを抱えて逃げた彼は、上半身全てを覆う聖紋の力もあってか、然程の後遺症もなく起き上がったそうだ。彼はまだ三歳を数えたばかりのカジャカが両親を失った上、昏睡状態にあることを嘆き、カジャカを抱いて昼夜を問わず子守唄を歌い続けた。カジャカの母――彼の師でもあるキリエリが、最後の突撃の直前に、カジャカを頼む、と言い残していたことも、彼の心に強い楔を打っていた。

 歌唱大隊の落ちこぼれを自称はするが、元を辿れば女神の加護厚き優しき者の末裔、ハイプリエスタの生まれの男だ。彼の半身に刻まれた聖紋は、彼の身を灼きながらも歌唱士としての力を遺憾無く発揮させた。三日三晩歌い続け、果たして先に目覚めたのは潮の侵食が浅かったフランツ、次に、大人であり体力がまだあったイライヤ、最後に、幼く体力もなく、二度と目覚めないだろうと何度も言われていたカジャカが、奇跡のように目を開けた。カジャカは聴覚も発声の力も失っていたが、ローランの――女神の加護厚く、自身を心から想い命を賭した男の声だけは、聞き取ることができた。全身に何とは言えぬ後遺症を持つイライヤも、ローランの声だけは、なんの障りもなく明確に聞き取ることができた。恐らくだが、強い聖紋の力と、本人たちの親しさによるのだろう。臨海祈念院の人間たちは、ローランが起こした奇跡をそう評した。ローラン自身の聖紋は強く灼けついて、今もまだ、鈍く痛む日があるらしい。


「だからさ、たぶん、あんたたちがローランと同じように歌ってやれば、起きるんじゃないかな。親しい相手で、とても強い聖紋がある。条件としてはほぼ同じ……私の耳は海に侵されてるけど……ニーナとクラウナーの声は、よく聞こえる」


 イライヤは、話しながら片手で頭を抱える。


「……たまにね、海から声が聞こえるんだ。絶望の槍(グランギニョル)の怨嗟の声……男の子の声が、妙にはっきり聞こえる。殺してやるって……妙に優しい声でさ。その声を、あんたたちの声はかき消してくれる」


 鼠がイライヤの肩を駆け上り、心配そうに鳴いた。イライヤは鼠を指先で撫で、微笑む。


「カジャカはね、たぶん、幼すぎて、ローラン以外の声を聞かないって無意識に決めちゃったんだ。ローラン以外を全部拒否することで、海の声から自分を守ってる。ローランはあの子の命を救った、絶対の味方だから。だからさ……ノワーレが起きたら、傍を離れないであげて。ノワーレもきっと、海の声から逃げられないよ」


 イライヤの言葉にクラウナーは言葉を失ったが、ニーナは即座に「任せて」と頷いた。


「わたしが助ける。わたしが、ノワーレを守るよ」


 イライヤは眩しげにニーナを見て、クラウナーもまた、ニーナと同じく頷いた。


 そうだ。自分たちはノワーレに守られてきた。今度は、自分たちがノワーレを守る番だ。

…………

mission24 完了


称号獲得

イライヤ「白鼠騎士団副長」「海からの生還者」

フランツ「白鼠騎士団」

カジャカ「海からの生還者」

ローラン「献身の歌唱者」


mission25へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。