↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/52

mission22 白鼠の遣い

 Now loading…


mission22 白鼠の遣い

…………

「クラウナー、右腕を見せなさい」


 ローランに言われ、クラウナーは渋々右腕の袖を捲り上げた。聖紋が蔦模様に灼きついて、燻る炎のように虹色に明滅している。多少熱さや鈍さは感じるが、動かせないほどではない。


「やっぱりな。自分一人で、無理矢理ノワーレを起こそうとか考えるなよ。あれは無理だ」


 ローランはクラウナーの腕を取ると、労わるように軽く撫でた。僅かな手当を感じたが、クラウナーの聖紋が深いことに気づいたのだろう。深追いはせず、撫でるだけに留められた。ローラン程度の聖紋では、ローランの手の方が灼けてしまう。人の体は女神の権能を振るうことに耐えられない。女神に見初められた僅かな人間だけが、自身の体力や気力と引き換えに、ほんの少し女神の権能を借りることが出来るだけだ。


 生まれた時から全身に聖紋を刻まれていた、クラウナーを除いて。


「クラウナー、痛い?」


 蒸しパンを飲み込んだニーナが不安げに言い、クラウナーは「少しね」と微笑んだ。ほんの少しだ。胸を貫かれたノワーレに比べれば。


「それでも痛むことには変わらんだろう。くれぐれも無茶してくれるなよ。おまえさんを治せる人間なんていないんだからな」

「わかってる。自分の体のことは知ってるよ」


 ローランが苦々しい顔で言うが、クラウナーはニーナにするのと同じように笑んだ。ローランが不満げに鼻息をつく。


「よし、飲んだし食べたな。じゃあ聞きなさい。おまえさん方に、会いたいと言ってる奴がいる」


 ローランが手招くと、金猫がカジャカの膝の上から飛び降りた。家具の隙間に潜って行ったと思ったら、頭の上に白い小鼠を乗せて戻ってくる。猫はクラウナーの膝の上に鼠を落とすと、さっさと部屋の端へ逃げてしまった。鼠は膝の上から赤い目でクラウナーを見上げ、せわしなく髭をひくつかせた。


「白鼠《はくそ》騎士団の副長……今は療養中の、イライヤ・ブランスリ。十年前に海に落ちて、生き残った人間だ」


 クラウナーの膝の上で、鼠が「ちゅ」と鳴いた。


「クラウナー、聞いたことくらいあるだろう。十年前の蒼熊領南部海岸防衛戦だ。あの時に海に落ちた女がひとり、今も五体満足で生きている。まあよく寝込んではいるが、それでも話せはするし、騎士としてたまには戦場にも出る。その鼠はイライヤの遣いだ。一匹だけで白鼠寮から走って来てたのを、猫が気を利かせて拾ってきた」


 クラウナーは鼠を見つめながら、呆然と考えた。蒼熊領南部海岸防衛戦。十年前、壊滅的な被害を出し、何人もの騎士や歌唱士が海に呑まれた。今も街には多くの爪痕が残っているという。


「海に落ちて……無事に生きてる人間がいるの?」

「いる。言ってしまえば、カジャカだって三歳の頃に潮を被ってるしな」


 ニーナの前にまた菓子を積み上げていたカジャカが顔を上げ、そうだね、と言うように頷いた。そのままニーナの前に菓子を積み上げる作業に戻る。どうやらカジャカは、ニーナは菓子を食わせておけば泣かないと思っているらしい。ニーナが「こんなにいらない……」と呟くと、カジャカは慌てて積み上げた菓子を戻し始めた。見ていたローランが妙な顔をする。


「……聞こえたのか?」


 カジャカはローランを振り返ると、指先で「ちょびっと」とでも言うような隙間を作った。クラウナーを指差し、もう一度「ちょびっと」の指を繰り返す。


「……もしかして、他の人でも聞こえる声があるのか?」


 カジャカは、今度は明確に首を振った。


「ニーナとクラウナーだけ? ……まあ、誰の声も聞こえないよりはいいか。話を戻そう」


 ローランは、クラウナーの膝にいる白鼠を指差した。


「イライヤに会う気があるのなら、そいつが案内してくれる。団長には話をつけておいた。さっき僕の猫にも言い聞かせたから、大聖軸までなら送ってくれるだろう。大聖軸でエヴァ様に会って、エヴァ様の猫を借りて白鼠領のイライヤに会いに行きなさい」


 白鼠はクラウナーの左腕を駆け上がり、肩の上で再び「ちゅ」と鳴いた。連れて行く気満々の様子だ。


「行く!」


 鼠同様、行く気満々で答えたのはニーナだ。ノワーレが助かる手掛かりがあるならどこへでも行く。張り詰めた顔がそう言っていた。


「もちろん、僕も行くよ」


 クラウナーも答えた。ノワーレのためになるのならなんでもやる。ノワーレをあのまま死なせたりはしない。


 クラウナーは心を決めたが、ふと疑問に思い、「でも、なんでエヴァ様?」と続けた。猫を借りるだけならエヴァに会う必要は無い。エヴァは起きているとは限らないし、その辺りの吟遊者に借りることも難しくは無いだろう。クラウナーの疑問に、ローランは首を振る。


「エヴァ様が起きてたら、腕を治して貰いなさい。放っておくつもりだったんだろうが、エヴァ様なら治せるだろう? ついでに無茶を叱られてくるといい」


 正論で返され、クラウナーは言葉に詰まった。ニーナが隣から心配そうな顔で「治せるなら治してもらった方がいいよ……」と呟く。


「ニーナ、おまえさんもだぞ」


 急に水を向けられて、ニーナもクラウナー同様言葉に詰まった。


「かなり無茶をしたのはおまえさんも変わらんのだし、二日くらい寝てないだろう。もう眠たいんじゃないのか」

「寝なくても平気だもん……命じゃないし」


 ニーナは不満げにぼそぼそと口答えたが、ついでに大きな欠伸をしたため、クラウナーは思わず微笑んでしまった。ローランが「ほらな」と続ける。


「おまえさんがなんであろうが、僕から見たらカジャカと変わらん女の子だ。食べたらあったかくなって眠くなってきたんだろう? 部屋に戻って寝なさい」


 ニーナはしばらく眉を寄せて頑張っていたが、やがて「うん……」と眠たげに頷いた。クラウナーはニーナの肩に手を置き、そっと自分の方へ寄り掛からせてやる。

 少し静かにしていると、ニーナはすぐに寝息を立て始めた。カジャカがその辺りから膝掛けを持ってきてニーナの肩にかける。ローランは「やれやれ」と微笑み、自分の隣に戻ってきたカジャカの頭を撫でた。カジャカはされるがまま、寄ってきた猫を抱え上げて膝に乗せる。


「クラウナー。おまえさんもまだ休んでなさい。二日間寝てたんだ。体はゆっくり起こさないとならん」

「うん……ありがとう、ローラン」


 ニーナの寝顔を見ながら答えると、ローランは困ったように笑った。


「まったく、どうしてそんなにいい子に育っちまったかね。ノワーレにもう少しやんちゃを教えて貰わねばならんな」


 クラウナーも笑う。少なくともローランは、ノワーレが目覚めることを信じている。


「ねえ、イライヤさんて、どんな人」

「変な奴だよ。我儘でやる気がなくて、いつもぐんにゃり眠そうにしている。昔は白鼠の女王とか呼ばれて災厄獣を片っ端からぶっ飛ばすようなおっかない女だったんだが……いや、元々やる気はなかったな」


 ローランが言うのに、カジャカが真顔で何度も頷いた。きっとよく知った相手なのだろう。


「その人は……海に落ちても生き残ったんだね」

「そうだ。まあ、後遺症はあるらしいが、詳しくは本人に聞きなさい。そのために会いたいなんて言い出したんだろうしな」


 ローランはカジャカの膝で眠り始めた猫を撫でながら、遠い昔を思い出すような顔をした。


「人見知りだし、面倒くさい奴だ。でも、悪い奴じゃない。きっと、何かノワーレを起こせる手掛かりがあるんだろう。僕には話したがらないがね」

「友達なんだね」


 クラウナーが言うと、ローランは意地の悪い顔で笑う。


「ただの腐れ縁さ」


※※※※


 結局ニーナはクラウナーの肩でぐっすり眠ってしまった。話し声で起こすのも忍びなく、ローランとカジャカは気を利かせて茶室を出て行った。クラウナーは眠るニーナと共に残され、ぼんやりと茶を啜る。脳がうまく働かないのは、二日間も眠っていたせいばかりではないだろう。クラウナーの聖紋は脳にも刻まれている。防衛戦の最中にどこまで灼きついたかは、頭の中が見えない以上わからない。


 肩の鼠は伝言を終えて安心したのか、こちらもまた眠っている。両肩を枕にされ、クラウナーは動けない。

 茶室の外には人の気配があり、使用人たちが忙しなく動き回っているのが知れた。足音と共に話し声。誰々が立てるようになった。誰某は骨が折れているらしい。包帯の在庫はどこに。避難していた自警団たちが戻ってきた。聖軸から応援要員がきた。ノワーレ様はまだ目覚めない。


 ノワーレは、まだ目覚めていない。


 クラウナーは枕にされたまま目を閉じる。瞼の裏に虹色の蔦模様が見え、目もかなり灼きついているのだとわかる。無茶は出来ない。きっと、ニーナが悲しむ。


「クラウナー……」


 肩口で、ニーナが眠たげな声を出した。


「寝てていいよ」

「うん……あのね、ノワーレ、もしかしたら、命じゃないのかも」


 舌足らずな声で言われ、クラウナーは黙る。


「ノワーレ、海の中でも息してた。わたしもだけど……わたしは、女神が作った救世主だから、命じゃなくてもわかる。でも……ノワーレは……、ノワーレも、女神がつくったのかな」

「……それなら、僕もなのかな」


 クラウナーが言うと、ニーナは眠たげな顔を上げた。黒銀の目が不安げにクラウナーを見る。


「僕も全身聖紋だし……普通の人は、こんなに聖紋があったら生きてられないんだって、エヴァ様が言ってた」


 クラウナーはニーナを見下ろし、微笑んでやる。小さな救世主は、クラウナーの目に、ただの心細げな少女に見えた。


「僕たち、みんな、人間じゃないのかもね」


 ニーナは泣きそうに顔を歪めると、「そんなこと言わないで……」とぐずった。クラウナーはニーナの髪を撫でてやる。


「人間じゃなくても、二人とも、わたしが守ってあげるのに」


 この子はどうしてこんなにも背負いたがるのだろう。ただ理不尽に産み落とされ、巨大な役割を与えられただけだというのに。


 しかし、それは、クラウナー自身も同じだ。


「じゃあ、ニーナのことは僕が守るよ」


 クラウナーの言葉に、ニーナは洟を啜りながら首を振った。クラウナーは、聖紋が灼きついた右手でニーナを撫で続ける。


「ニーナに何かあったら、ノワーレに怒られるだろうしね」


 ニーナは俯いて涙を拭うと、クラウナーの肩口に頭を押しつけた。子犬が甘えるように。


 クラウナーの肩では、まだ鼠が眠っている。


「白鼠領に行こう。一緒に」


 ニーナは、何も言わずに頷いた。


 ノワーレが目覚めるまで、この小さな救世主を守ろう。


 決して本調子とは言えない体を長椅子に預けたまま、クラウナーは決意する。

 きっと、そのために、女神は自分をニーナの隣に寄越したのだ。

…………

mission22 完了


<金猫>によるフィールド移動が解放されました。

<金猫>を従えたキャラクターに話しかけることで、指定の場所への移動が可能になります。


mission23へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。