mission18 一時退避、ニーナ防衛戦
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mission18 一時退避、ニーナ防衛戦
…………
ノワーレとニーナの弩弓が絶望の槍に突き刺さり、槍が金切り声を上げ災厄獣を吐き出し始めた。フェリーチェとピエールが先制し、羽化した端から潰していく。
「ニーナ、動けるか」
「なんとか」
「ここをやり過ごしたら一時撤退する。それまで持ち堪えろ。いいな」
「……わかった」
ノワーレの命に、ニーナは素直に頷いた。疲れ切っているのだろう。口の中で必死に飴を転がしている。ノワーレを真似てピエールとフェリーチェの討ち漏らしに弓を放つが、先程までの目を見張るような力はない。
ここの槍は早熟羽化槍ではない。ある程度潰せば一時的に枯れる槍だ。撤退の時間くらいはある。
「総員! ここが枯れたら本陣まで後退する! 殿はミゲルだ、フェリーチェとピエールは先導しろ! ニーナを安全圏へ送り届ける!」
フェリーチェとピエールが狼と共に吠えた。ミゲルが槍の根元、脈打つ胎部を大剣で貫き、槍が悲鳴と共に脈動を止める。黄金の輝きが失せ、金の血潮だけが流れ出し、流氷の隙間を縫って海に落ちてゆく。
「撤退する! フェリーチェ、ピエール、行け!」
二人は弾かれたように身を翻し、本陣へ向けて銀狼を走らせ始めた。ノワーレは弩弓を指輪へ戻し、「チュテレール、二人を追え! ニーナはチュテレールにしがみついてろ!」と声を張る。チュテレールが無言で二人を追い始め、ニーナがチュテレールの首にしがみついた。ノワーレもすぐ後を追い、ミゲルが少し遅れてついてくる。
流氷の上を走り、槍を避け、氷のひび割れを超え、他の騎士たちを尻目に一目散に本陣へ向かった。ニーナはチュテレールに突っ伏してぐったりしている。ノワーレはニーナが振り落とされないよう狼を寄せ、並走する。
「……なに?」
ニーナが呟いた。
「ニーナ?」
狼を走らせながら、ノワーレは身を低くしてニーナの声に耳をそばだてる。ニーナの目が虹色に光っている。
「なにを見てる?」
「……海底で、何か……誰かが……探して……」
ニーナはぼそぼそと呟きながらチュテレールに身を預けている。焦点の合わない虹色の目が、しばらく何かを探して彷徨ったあと、急に見開かれた。
「わたしだ! 逃げて!」
ニーナが叫んだ途端、ノワーレとニーナの足元を貫いて、巨大な黄金の槍が屹立した。流氷が割れ砕け、真っ黒な海から鞭のようにしなる黄金が幾本も立ち上がり、ニーナを捉えようとうねり暴れ出す。
ノワーレは咄嗟にチュテレールを蹴り飛ばした。
「ニーナを守れ!」
吠えたと思う。
ノワーレの視界が黄金に覆いつくされた。腕に、脚に絶望が巻きつき、ガルディエーヌから引き摺り下ろされ、衝撃が胸を
――危機警告
――「ノワーレ」行動不能。操作キャラクターを変更します。
――推奨行動 最も生存値が高いキャラクター「クラウナー」を選択してください。
「ノワーレ!」
ニーナの悲鳴は、ノワーレの耳には届かなかった。
流氷の下に、人の声は届かない。
たとえそれが、救世主の声であっても。
※※※※
チュテレールはニーナを振り落とさなかった。ノワーレに蹴られても間一髪身を退け、後陣に向かって疾走した。彼女はノワーレの言葉を忠実に守る。流氷の上の赤子へ遣わされた日から、ずっと変わらない。
ガルディエーヌは残った。ノワーレが落ちた裂け目の前で咆哮を上げる。彼女が守るべき騎士を探して海へ飛び込もうとするのを、ノワーレの次によく知る声が制す。
「総員傾聴!」
ミゲルが吠え、足を止めていたフェリーチェとピエールが反射的に顔を上げた。主人を失ったガルディエーヌと共に。
「ここからは僕が指揮を取る。撤退だ。ニーナを守って後退、その後第二小隊に合流してユーリに指示を仰げ」
フェリーチェが真っ青な顔で何か言いかけたが、ピエールが腕だけで制し、二人は黙ってチュテレールの後に続いた。チュテレールは足裏の振動で二人と二頭が間もなく自分に追いつくであろうことを予測する。
ニーナが何か喚いている。チュテレールは聞かない。ニーナが飛び降りることすらできない速度で走り続ける。ノワーレがニーナを守れと言った。いまの彼女には、それが全てだ。
ノワーレの声は、最後だったかもしれないのだ。
残ったミゲルは、まだ流氷の縁にいるガルディエーヌの隣へ屈み込んだ。
「ノワーレは生きてるね」
ガルディエーヌは低く唸った。生きている。彼女にはそれだけがわかる。だから今すぐ海に飛び込んで引き上げたい。だが、彼女はここで待っている。ガルディエーヌはミゲルがノワーレの兄代わりだと知っている。ノワーレがいないとき、誰の言うことを聞くべきかを知っている。
「……わかった。僕もここで待つ」
ミゲルは自分の銀狼から降り、流氷に自身の剣を突き立てた。
海に落ちた人間は助からない。遺体は上がらない。
戻って来たとしても、それはもうノワーレではない。
ノワーレが戻って来たとしても、その時は、真っ先に首を落とさねばならない。
※※※※
――操作キャラクターを選択してください。
――「クラウナー」を選択します。
――よろしいですか?
※※※※
アルタノッドが急に怯えて嘶いた。ローランに抱かれた金猫が髭をひくつかせ、カジャカの蒼熊《蒼熊》が歯を剥いて唸り声を上げ始めた。クラウナーは急に怯えたアルタノッドを宥めながら、反射で視点を空まで引き上げる。流氷の上を、ニーナを乗せたチュテレールが疾風の如く駆けて来る。
ノワーレがいない。
チュテレールを追い越してピエールを乗せた銀狼が駆けて来る。チュテレールの後ろにはフェリーチェが付き、あらゆるものを追い越してこちらへ向かって来る。その更に後ろ、流氷を割り砕きながら現れる巨大な黄金の鞭。
クラウナーは思わず声を放った。歌ですらない。ただ「やめろ!」と念じて吠えた。
黄金の鞭の前に流氷の壁が立ち塞がり、隆起し、叩き潰した。
フェリーチェが気付いて足を止めた。流氷の壁を破ろうとする災厄獣を警戒し、フェリーチェの銀狼が唸り声を上げる。ピエールの銀狼が吠え立て、ニーナを乗せたチュテレールが速度を上げる。喚きながら振り返ろうとするニーナの視線が天のクラウナーの目とぶつかった。途端、ニーナの顔が泣きそうに歪んでチュテレールから落ちそうになり、ピエールがニーナの外套の首根を掴んでチュテレールと共に後陣に駆け込んで来た。
「銀狼騎士団第三小隊、ピエール・ド・ルーアルジャン、申し上げます! 第三小隊長ノワーレが海へ落下、副長ミゲルが現地に残っています。クラウナー! いるか!」
呼び立てられ、クラウナーは視界を戻しながら必死に進み出る。ノワーレが海に落ちた? 自分は見ていない。預言も受けていない。一体いつ、何が起こった?
ピエールはクラウナーを見つけると、ぐしゃぐしゃに泣き始めたニーナを猫の子でも渡すように押し付けた。
「ニーナを頼む! 俺たちはこのまま戻る!」
クラウナーは泣き崩れるニーナを抱き止めながら聞く。
「ノワーレは」
「わからない、でも、戻るしかない。頼んだぞ。チュテレールも、ニーナを守れ」
ピエールはそれだけ言って身を翻すと、自身の銀狼に跨り来た道を引き返して吠えた。「フェリーチェ! 行くぞ!」吠え声と共にフェリーチェが合流し、クラウナーに泣くような、祈るような視線を向けた後、ピエールを追って駆けて行く。
「クラウナー……どうしよう……ノワーレが、ノワーレが」
ニーナがぐずぐずの声を出し、クラウナーはニーナの顔を覗き込んだ。ニーナはしゃくり上げながら悲鳴のように喚く。
「ノワーレが海に引き摺り込まれた! わたしのせいだ!」
ニーナの悲鳴と共に、ニーナの視界がクラウナーに捩じ込まれた。
――海底を走る黄金の血潮。血潮が寄り集まり、蛇の如く蠢いて捩れ、鞭となり、ニーナが砕いた槍の遺骸を登ってくる。流氷を突き破り、上へ、陸へ、いや、ニーナへ。
――捕まる。
――思った途端、誰かにチュテレールごと蹴り飛ばされた。
――ニーナを守れ、と、ノワーレが吠えた。
――ノワーレの手に、脚に、胴に、黄金の鞭が巻き付き、捩れ、喉が焼けるほど、ニーナは吠えたはずだ。
――気がつくと景色が背後にどんどん吹っ飛んでいた。チュテレールがニーナを乗せたまま猛烈な速度で走っていた。どんなに叫んでも止まらない。止まってくれない。下手に飛び降りたら流氷の裂け目に落ちて今度こそあれに捕まる。
――あれが狙っているのは自分なのに。
「しっかりしろ!」
誰かに強か背を叩かれた。それでクラウナーは正気を取り戻した。ニーナが腕の中で泣きじゃくっている。自分の意識を認識した途端、クラウナーはぞっとした。まだだ、まだ終わっていない。
「……槍が増える。流氷が割れます! 海から災厄獣が上がって来る!」
クラウナーが叫ぶと、今まさにクラウナーの背を叩いたローランが全てを理解して走った。カジャカがローランを引っ掴み、自身の蒼熊に乗せてギヨームの元へ走る。
「ニーナ、わかった。落ち着いて」
クラウナーは泣きじゃくるニーナを抱きしめ、自分の目で遥か沖を見た。
流氷と雪で白く烟るはずの水平線が、黄金色に滲んでいた。
流氷が軋む悲鳴の如き音。女神の恩寵が割れ、砕け、そこここからおぞましい黄金が覗きだす。
「クラウナー……、わたし、いかなきゃ。ノワーレを助けなきゃ。早くしないと喰われちゃう……」
ニーナの言葉に、クラウナーはどうしていいか分からず立ち尽くした。
早熟羽化槍どころではない。
それ以上のものが、これから襲って来る。
どうすればいい。
ノワーレはいない。
ノワーレは、海に落ちたのだ。
絶望を湛え、災厄を産む、真っ黒な海に。
…………
mission18 完了
危機警告継続中
騎士団損耗率 43%
聖歌唱大隊損耗率 7%
「ノワーレ」行動不能
防衛を継続してください。
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