mission17 早熟羽化槍破壊戦
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mission17 早熟羽化槍破壊戦
…………
歌唱大隊の合唱がクラウナーの独唱に変わったのを、ノワーレとニーナは聞き逃さなかった。ニーナがチュテレールを止め、流氷の上に静止する。
「ニーナ、止まるな!」
ノワーレはニーナに向かう災厄獣を切り捨てながら叫んだ。ニーナは「待って、おかしい」と答え、空を見上げる。
「クラウナーが何か言ってる……わたし、見なきゃ。ノワーレ、守って」
一方的に言われ、ノワーレは舌打ちしながらニーナの前に狼を走らせた。剣を長槍に変え、リーチを長く取る。長槍のひと薙ぎで向かってくる狼型災厄獣をまとめて跳ね飛ばしながら「ミゲル、戻れ! ニーナを守る! フェリーチェ、ピエール、フォローしろ!」と声を張った。銀狼同士が遠吠えをし合い、絶望の槍を挟んで向こう側にいたミゲルが駆け戻ってくる。
クラウナーの歌声が聞こえていた。独唱にも関わらず、大隊の合唱に引けを取らぬ強さで耳に届く。声の大きさではない。女神の権能で、騎士全員の耳に直接届くのだ。
ニーナの右隣に突然氷の柱が立ち上がった。流氷が盛り上がり、獣が走るように一方へ向けて細く隆起していく。空を見上げ、焦点の合わない目をしたニーナが「分かった……」と呟いた。クラウナーの声が一際大きく聞こえ、もはや他の音など何一つ聞こえない、というくらいになった時、目の前の絶望の槍を隆起した流氷が覆い尽くした。呆気に取られるノワーレたちの傍で、ニーナが右手を掲げ、空が一瞬七色に輝く。
空に、氷の槍がいくつも生まれた。
ニーナが右手を振り下ろすと、氷の槍は右方の隆起を追うように落下し、轟音を立てて流氷の上に、いや、流氷に覆われた絶望の槍の一本に突き刺さった。
絶望の槍の断末魔が、空に響いた。
「……まだ来る」
呟いたニーナが少しふらついたのを、ノワーレは見逃さなかった。ニーナの隣に狼をぴったりとつけ、ニーナを支える。
「いま、何した」
「クラウナーが言うから、槍を一個壊した……まだ来るって。ほら」
ニーナの左側に流氷が立ち上がり、再び獣が走るが如く隆起が走った。隆起は一つの槍を目指しているように見える。まるでニーナを案内するかのように。
ニーナがコートのポケットから飴を取り出し、齧りながら呟く。
「災厄獣がどんどん生まれる槍がいくつかあるって。枯れそうにないから、先に壊せって言ってる。他の槍はクラウナーが少しの間、流氷で覆ってくれるって。だから……わたし、がんばるね」
――早熟羽化槍か。
ノワーレが思った途端、ニーナが再び右手を振るった。空が光り、氷の槍が現れる。
ノワーレはぎり、と歯噛みする。これはニーナにしか出来ないことだ。人類は、絶望の槍を壊せない。
救世主たるニーナしか、七色に光る氷の槍など生み出せない。
「総員傾聴!」
ノワーレは吠えた。
「全員でニーナを守る! ここの槍はしばらくクラウナーが抑えてくれる! 残党をニーナに近づけるな!」
銀狼たちの吠え声。ノワーレはニーナの隣についたまま、礎石指輪を弓へ変えた。
「ニーナ、私に寄り掛かっていい」
ニーナは素直に狼ごとノワーレに身を寄せた。ニーナの肩を左腕で抱え、ノワーレは右手だけで弓を構える。左手で引く必要はない。右手の指輪が勝手に弓を発射してくれる。人を食っていない災厄獣であれば、嘆石の在処も礎石武器が勝手に探し当てる。
フェリーチェとピエールが戻り、ノワーレたちの前方左右に散った。ミゲルが背後を守る。ノワーレは三人のリーチの外にいる災厄獣へ向け弓を放つ。災厄獣の雄叫びが耳に刺さり恐怖と嫌悪を呼び起こすが、クラウナーの歌声が内なる勇気を奮い立たせ、心を塗り替えてゆく。
ニーナが空を見上げ、目を閉じた。
今度は腕を振るうことすらしなかった。
空に巨大な氷の槍が生まれ、太く、強く育ち、七色の軌跡を引きながら左手側の絶望の槍に向かう。
再び、断末魔が鼓膜を貫いた。
人類を羨み恨む怨嗟の声。命を騙る胎の絶命の嘆き。
心が理由のない悲嘆にねじ切れ吐きそうになるのを、ノワーレは抱えたニーナの体の重みに意識を向けて耐えた。
「耳を塞げ! 無理ならクラウナーの声だけを聞け!」
隊員たちの応え。両手が塞がっているノワーレは、響き続けるクラウナーの歌とニーナの呼吸に意識を向ける。腿に銀狼の体温と息遣いを感じる。クラウナーはまだ歌っている。ニーナはぐったりとノワーレに寄り掛かり、それでもまだ目を閉じて何かを探っている。
「あと……三本」
ニーナの呟きと共に、空に氷の槍が三本現れた。七色に輝きながらどんどん長さと太さを増し、ニーナが呻く。ノワーレはニーナを抱く腕に力を込めた。無理をするな、とは言えない。ノワーレには守ることしかできない。例えこの身を挺してでも、ニーナだけは守らねば。
ニーナを中心として、三方に流氷が隆起し道を示した。クラウナーの声が響く。ニーナがノワーレの左腕の中で、頭を抱えながら身を振り絞るように叫ぶ。
「一度で叩き潰す……!」
天で、氷の槍が咆哮を上げた。七色の氷が臨界を超えて重さを増し、自重で砕けながら三方に散った。
一拍遅れて、あまねく人類への怨嗟と嘆きを込めた断末魔がノワーレたちを襲った。生きているもの全てを呪う絶望の槍の悲鳴。生きていてはならない。生存は呪いであり、死こそ祝福だ。そのはずだ、と無意識が共振し、戦う意思が挫け膝を突きそうになる。
銀狼が吠える。聖獣が、ノワーレが騎士である証として女神に与えられた獣が人のために吠え立てる。
クラウナーの声が鼓膜を揺さぶり、心に突き刺さり、いっときの絶望を振り払う。騎士の心に再び火が灯され、使命と誇りが胸に満ちる。
ノワーレは脱力して荒い息を吐くニーナを強く抱き、腿で自身の銀狼を強く挟んだ。折れるものか。絶望の断末魔如きに志を奪われてなるものか。
ニーナが、震える声を絞り出す。
「これで……怖いのはぜんぶ、壊した」
「あぁ、よくやった」
ニーナは虚な目でノワーレを見上げた。黒銀の目がオーロラ色に霞んでいる。きっと、もうノワーレのことは見えていない。ニーナの視点は空から戻って来れていない。
「あとは任せろ」
ノワーレが言うと、ニーナは安心したように笑んで目を閉じた。途端に目の前の流氷に覆われた絶望の槍が震え、金切り声を上げ始めた。ノワーレはニーナを抱いたまま右手の槍を弩弓へ変え、流氷へ突き立てる。ニーナが動けない以上、自分はここから動けない。
「総員! 槍が起きるぞ! 構えろ!」
隊員へ叱咤し、ノワーレ自身も弩弓を構えた。槍を覆っていた流氷がひび割れ、奥で脈動する黄金の輝きが見える。槍が、黄金の血潮を流しながら再び命の紛い物を産もうと蠢いている。
あれを枯らすまでは耐える。枯れたら即撤退だ。ニーナを安全圏へ届けなくてはならない。あと少し、ニーナは耐えられるだろうか。
「大丈夫……まだ、なんとか」
ニーナは目を閉じたままコートのポケットをごそごそやり、飴玉を口に入れた。奥歯で噛み締め、再び闘争心を宿した眼差しが、目の前の槍を睨みつける。
「まだ、戦える」
ニーナがノワーレを真似て、左手に氷の弩弓を生み出した。流氷が軋む。
クラウナーの声が止んだ。追って、すぐに大隊の合唱が聞こえる。心が奮い立つ。まだ戦える。人類のため、陸を、民を守るため、槍が命を騙るのを諦めるまで、紛い物の命を討ち続ける。
※※※※
クラウナーが声を詰まらせた途端、背後から大隊の力強い合唱が響いた。クラウナーが歌っている間、ずっと後ろで待機していてくれたのだ。戦場に歌を途切れさせるわけにはいかない。だからこそ、大隊は常に合唱であり、輪唱を繋ぎ続けるのだ。クラウナーが独唱しかできないことを知っていて、いつ声が枯れてもいいように待っていてくれた。
クラウナーは膝をつかぬよう聖杖に縋り、ゆっくりと扇状陣を離れる。合唱を率いているのはシャンティだった。力強いソプラノが騎士団のため、人類のために高く海岸へ響き渡る。
ふらつくクラウナーの背を、誰かが支えた。
「よしよし、上出来だ。よくやった」
「ローラン……」
「ゆっくりだ。ゆっくり聖紋を鎮めろ。体が灼きつくぞ」
ローランが言う通り、酷使した聖紋が熱を持ち、喉や肺を焼きそうだった。目の奥が熱い。額と後頭部に鈍い痛みがある。
クラウナーは、ニーナの槍が早熟羽化槍を軒並み破壊するのを空から見届けた。ノワーレがニーナを支えるのを見た。大丈夫なはずだ。危機はきっと脱した。クラウナーが詰めていた息を吐くと、不意に頬に濡れた鼻先が押し付けられた。
「アルタノッド……?」
クラウナーの愛馬が、主人を心配して傍に来ていた。
クラウナーはローランに支えられながら陣を後退し、アルタノッドに寄りかかって息を整えた。体に満ちた女神の力を徐々に抜き、視界を自身のものへ戻す。目の前に、アルタノッドの毛並みが見える。ローランの手が背に当てられているのを、自分の体のこととして認識できる。
「ローラン、ありがとう……」
「なに、いつでも頼りにしてくれよ。兄弟じゃないか」
クラウナーはアルタノッドに寄りかかったまま微笑み、首から下げた礎石を握った。
しばらく戦場を見ることはできないだろう。これ以上目を酷使すれば、必要な時に使い物にならなくなる。
後は、二人を信じるだけだ。
…………
mission17 完了
災厄の槍破壊数、規定値クリア
騎士団損耗率 22%
聖歌唱大隊損耗率 5%
防衛を続けてください。
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