mission2 救世主の目覚め
Now loading…
mission2 救世主の目覚め
…………
「あ、起きた」
少女がベッドの上で目を開けて、横で茶を飲んでいたノワーレは立ち上がった。少女はぼんやりと何度か瞬きし、焦点が合っているのか怪しい眼差しでノワーレを見上げる。
「大丈夫? どこか痛いとかない?」
「痛くない……、ここ、どこ」
「大聖軸の療養室。急に意識失ったから部屋を貸してもらったんだ。君、どこの誰?」
「……わかんない」
少女は横になったまま眉間に皺を寄せて何度か瞬きをし、じっとノワーレを見つめた。
「えーと……ノワーレ……?」
「そう。君は?」
「……誰だろう」
少女は、災厄獣を倒した時とは別人かと思うほど頼りない声で呟いた。
「えぇ……なにそれ……」
ノワーレが思わず言うと、少女は横になったまま、真剣に考え込む。
「えーと……わたし……誰?」
変わり映えのない言葉にノワーレは少し考え、しかしすぐに、どうしようもない、と思い直して椅子に腰を下ろした。少女は真剣に考え続けている。
「なんにもわかんない?」
「……わかんない」
「なんであんなところに一人でいたの?」
「さあ……あれと戦う前のこと、なんにもわかんない……」
「記憶喪失……? それにしては落ち着いてるね」
「だって、もう倒したから安全だもん……お腹すいた……」
「お茶飲める?」
「飲む」
少女が思いのほか身軽に起き上がったので、ノワーレは卓の上の茶盆を引き寄せ、空の茶碗に温かい塩乳茶を注いでやった。少女は頼りない手つきで茶碗を受け取り、ちびちびと啜り始めた。
小動物のように身を縮こまらせている少女を見ながら、ノワーレは思案する。エヴァに命じられ、とりあえず少女を寝かせるついでに番を任されたはいいが、やれることが少なすぎる。何も覚えていないというのも気にかかる。戦闘による恐怖からの一時的な混乱であればいいが、この気怠い感じの受け答えは、どうにも違う気がする。
扉をノックする音がして、ノワーレは思案顔のまま「どうぞ」と答えた。エヴァと、白っぽい布の塊のようなものを持ったクラウナーが扉を開けて入ってきた。
「あら、もうお目覚めなのね。大丈夫?」
「とりあえず上着になりそうなの持ってきたけど、寒くない? 部屋の温度上げる?」
「お熱はないかしら? どこか痛かったりしない?」
二人はかわるがわる喋りながら少女のベッドまでやってきて、少女の額に手を当てたり、肩に上着をかけたりした。少女は幼児のようにされるがままだ。世話をされることに遠慮や戸惑いはないらしく、妙に落ち着いている。
「そうだ、名前」
ノワーレが言うと、少女がノワーレを見た。
「君、名前は?」
少女はしばらく無言で首を傾げ、ノワーレを見つめたまま何度か瞬きをした。不思議な虹色に光る目はどこか遠くを見ているように焦点が怪しい。思い出せない、と言われるかな、とノワーレが思った矢先、少女は首を傾げたまま呟いた。
「ニーナ……」
あまりにも自信がなさそうな、力のない声だった。
ニーナが首を傾げる傍らで、エヴァが優しく微笑んだ。
「そう、ニーナというのね」
「……うん」
「じゃあ、ニーナ。とりあえず着替えましょう。あなたは薄着すぎるわ。ノワーレ、ニーナを見ていてくれてありがとう。ルーアルジャンには相応のお礼をしますね」
「礼など……私は騎士ですから」
エヴァに微笑まれ、ノワーレは騎士として首を振った。弱き者を助けるのは騎士の誉れであり、礼を受けるには及ばない。
エヴァはノワーレを見上げると、「聞きなさい」と微笑みを崩さずに続けた。
「この方はね、救世主なの。わたくしたちを助けるために来てくださった……」
ニーナはエヴァの言葉に「へ?」と間抜けな声を上げた。エヴァはニーナに微笑みかける。
「あなたは何も知らないでしょう。まだ生まれたばかりだもの。でも、わたくしは知っているわ。四〇〇年以上続く災厄獣との戦いを終わらせるため、あなたは来てくださった。女神様の氷を自在に生み出せることと、その虹色に輝く目が証」
ニーナはしばらく考え込むように眉を寄せたが、やがて唐突に「そっか」と頷いた。聞いていたノワーレは「えっ、それでいいの」と思わず言ってしまう。
「なんにもわかんないけど、この子が言うならそうなんじゃないかな。だってわたし、誰かを助けなきゃーって戦ってたし」
ニーナはあっけらかんと言い、ノワーレはニーナの不遜な言葉に慌てる。
「あの、この子って言うけど、この方すっごく偉い人で……四〇〇歳超えなんだけど……」
「えー」
「……女神の意思そのものみたいな、すごいお方なんだけど……」
「こんなにちっちゃい子なのに?」
エヴァは二人の話を聞きながら、「いいのよ」と笑った。
「わたくしの背が小さいのは事実だもの。10歳くらいの頃から背丈も顔も変わらないのよ」
「ちっちゃくてかわいいよ」
「ありがとう、あなたに褒めてもらえると嬉しいわ」
戸惑うノワーレに、傍らのクラウナーが微笑んだ。
「エヴァ様、ずっとこんな感じだから大丈夫だよ」
「えぇ……いや、知ってはいるけど、こう……敬意とか、体面とか」
「体面はいいんじゃないかなぁ。ここ、僕らしかいないしね」
ノワーレがなにがなんだかわからなくなってきたところに、大会合の時刻を示す鐘が鳴り響いた。
「あらあら、もう始まっちゃうのね。クラウナー、ノワーレを案内してあげて。わたくしはニーナと少しお話ししてから行くわ」
「はい。エヴァさまおひとりで大丈夫ですか?」
「もう起きて一日くらい経つから大丈夫よ。ほら、ノワーレが遅刻しちゃうわ。ノワーレ、ありがとうね」
「は、はい」
「じゃ、行きましょう。階下の大会室まで案内しますよ」
エヴァに追い立てられクラウナーに背を押され、ノワーレは部屋を出た。扉が閉まる前に振り返ると、ベッドの上からニーナが「ばいばい」と手を振っていた。ノワーレは戸惑いながらも手を上げて応えた。
大聖軸は巨大な尖塔で、中心を貫いて各部屋が作られており、部屋を出るとすぐに螺旋階段になっている。各地の騎士団や歌唱大隊の代表が集まる大会室は四階で、ここからだとかなりの段数を下ることになる。
「あ、エヴァ様の猫、借りるの忘れた……ノワーレ、歩きでいいですか?」
「いいですよ。誰も抱えてないし」
行きの上りは聖獣たるエヴァの金猫の力で一瞬で移動したが、負傷者がいるわけでもないのだから、女神のしもべである聖獣の力を使う必要もない。
「じゃあ、歩いて行きましょうか。多少遅刻しても許してもらいましょう。どうせエヴァ様も遅れますし」
クラウナーはノワーレに微笑みかけると、螺旋階段を軽い足取りで下り始めた。ノワーレも後に着いて階段を下り始める。クラウナーは聖歌唱大隊の正装である白い長衣の裾を片手で器用に持ち上げて進み、ノワーレは彼の裾を踏まないよう二段ほど遅れて後を追う。
「そうだ、さっきの討伐、歌ってくれて助かりました。ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、先にニーナを保護してくれて助かりました。僕じゃ間に合いませんでした」
「ニーナが襲われてるのが見えてた?」
「いいえ、直接は。ただ、女神の預言が急に来て、災厄獣に襲われる女の子の姿が頭に叩き込まれて……ちょうど近くの厩にいたし、いかなくちゃって。あなたと同じです」
クラウナーは階段を下りながら振り返ると、オーロラ色の目でノワーレを見つめた。
「あなたが来るのも見えてました。氷を立てればあなたが間に合うってわかってました。さすがです」
「クラウナー、君は……何者? ただの預言師なら、あんな真似はできない……」
ノワーレは、クラウナーが流氷を立ち上げた時の歌を思い出した。この少年はただ一節歌うだけで、歌唱大隊が束になって行うような女神の奇跡を叩き起こした。並大抵の力ではない。
クラウナーは表情を動かさず、しかし、少しだけ恥ずかしそうに口を開く。
「預言師としても、歌唱大隊としてもまだ見習いです。でも、僕の体は、かなり人と違うみたいで……ずっと聖軸で守られてました。もうすぐ成人なので、エヴァ様は僕を実戦に出そうと思ってるみたいですが……ノワーレ」
オーロラ色の目が、思いがけない静けさでノワーレを見た。ノワーレは視線を受け止め、言葉を待つ。クラウナーは何かを言おうとし、しかし、思い直したように明るく微笑んだ。
「……あなたが、誇り高い騎士で良かった。僕たち、きっと縁がありますよ」
明らかに何かを言い淀まれ、ノワーレはため息をついた。別に言いたくないなら言わなくていいが、気づいてしまえば黙ってはいられない。問い詰めるつもりはないが、少し気にかけておきたくはなる。
この少年は、自分と仲良くなりたがっているが、今は言えないことがあるのだろう。拒絶するほど冷たい人間ではないし、無理に口を開かせようと思うほど幼稚ではない。
「敬語、なしにしよう」
「え?」
「もうすぐ成人なら、私とほとんど同い年だ。歌唱大隊に入るんだろ? 戦場でまた会うかもね」
クラウナーは少し面食らったような顔をしたが、すぐに、子供のように素直な顔で笑った。先程までの礼儀正しいだけの笑みではなく、普通の少年の顔で。
「うん。ありがとう、ノワーレ」
思いがけずあどけない表情に、ノワーレは少し呆れながら笑んでみせた。
どうやらこの少年は、ノワーレが思うよりも幼いらしい。
…………
mission2 完了
判明
謎の少女「ニーナ」
mission3へ




