mission14 聖歌唱大隊の合流
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mission14 聖歌唱大隊の合流
…………
翌朝早く、銀狼城砦に高らかなソプラノが響き渡った。
「ただいまー!」
城砦全体を叩き起こすような伸びやかな女の声に、獣舎でそれぞれの狼と馬の手入れをしていたノワーレたちは肩を跳ねさせた。高らかな声の主はそのまま獣舎までやってきて厩に自身の馬を繋ごうとし、クラウナーを見つけて更に声を上げる。
「あら、クラウナー! アルタノッドも! 久しぶりね! 四年ぶりくらいかしら? まあまあとっても大きくなって!」
「あれ、シャンティ? どうしてここにいるの?」
「どうしてもこうしても、私、いまは銀狼の人間だもの」
金馬を連れた女は、クラウナーに向かって邪気のない笑顔を見せた。弱い朝日に肩ほどの金髪がきらめいて、獣舎の中で眩しく揺れる。ノワーレは女の気楽さに少し呆れながら呟いた。
「シャンティ、声がデカい」
ノワーレの言葉に、シャンティは「いいじゃない。みんなどうせ起きてるでしょ」と小生意気に笑んだ。ノワーレの隣でニーナがびっくりしたままシャンティを見上げている。シャンティはニーナの視線に気づくと、にっこりとよそゆきの笑顔を見せた。
「あなたが噂の救世主ちゃんね。私はシャンティ。銀狼領の小聖軸所属の歌唱士で、第一女声筆頭。ついでにユーリの妻で、そこのノワーレの義理のお姉ちゃん。よろしくね」
シャンティの怒涛の自己紹介に、ニーナは混乱した顔で「よろしく……」と答えたが、途端に奥からユーリの「シャンティーーー!!!」という馬鹿みたいな大声が聞こえて更に驚き「うわぁ!」と間抜けな声を上げた。ノワーレは後に続く騒々しさに備え、クラウナーの耳を塞いだ。
「シャンティ! 我が麗しの妻よ! おかえりいいい! よく無事で帰ってきてくれたねマイスウィートハート!!!!」
「あーうるさいうるさいわかったただいま! あなたの可愛い妻よ無事よ元気よわかったなら大人しくなさい!」
突然の大声の応酬にクラウナーは驚き、ニーナは固まり、ノワーレはどう説明したものか迷い、なんとか「えーと、この二人は恋愛結婚だから……その……情熱的で」となんとか絞り出す。
「恋愛結婚だけど! この人が毎日毎日私の前にきて菓子だのなんだの寄越して結婚してくれって土下座して泣きながら頼むから嫁いできただけよ!」
「なんだシャンティ! 俺のことが嫌いだって言うのか! あんなに情熱的に愛を囁いてくれたというのに! まだ新婚一年目だというのに!」
「うるさい黙ってちょっとあっち行ってて愛しの妻の言うこと聞きなさい! 団長に! 報告が! あるの!」
シャンティが抱きついて来るユーリを力づくで引き剥がすのを見て、クラウナーはあからさまに引いた顔で「仲良しなんだね……?」と呟いた。ノワーレは「まあ、うん」と頷く。
ニーナが二人を見比べて「夫婦ってこういう感じなの?」と言うので、ノワーレは「これはちょっとおかしい方」と訂正してやった。
※※※
「相変わらずお前らは騒々しいな……」
朝食の席でジョルジオが呟き、ユーリが「いやいや愛しの妻に久々に会ったなら当然」とかなんとか言い、ノワーレは無視し、ニーナとクラウナーもなんとなく黙った。ミゲルは呑気にチーズを切り分けているし、朝食を運んできた使用人たちも特に気にした様子はない。つまり、いつものことだ。シャンティだけが赤面し俯いている。
「すみません……、その、大隊長から言伝があったので、たまたま奉仕に出張してた私が馬を飛ばして帰ってきたんです。ローランの猫はさっさと帰っちゃうし、他に親切な猫はいなかったので、大隊長が直接来るわけにもいかなくて」
「それで? 歌唱大隊はなんか言ってたか?」
「クラウナーを、歌唱大隊に編成したいって。エヴァ様の意向だそうです。歌唱大隊の全体編成の実戦を見せて、自分がどのくらい女神の権能を使えているのか自覚させた方が良いと」
「……もしかして、本人も知らんのか」
「ええ……この子、大隊の訓練には参加してましたけど、歌唱士としてどこかの隊に所属してたわけではないし、実戦は初めてですから」
水を向けられたクラウナーは、反応に困って微笑み首を傾げた。ノワーレはクラウナーを見ながら、シャンティの発言の内容を咀嚼する。実戦も何も、毎日第三小隊の一員として海岸哨戒に連れ回しているし、先日の防衛戦も参加させている。厳密に言えば初めてではないが、歌唱大隊は戦場では集団行動だから、その点では実戦を知らないとも言えるのかもしれない。
「大隊の合唱とか輪唱はやったことないってこと?」
ノワーレが問うと、シャンティとクラウナーが同時に頷いた。クラウナーは自信なさげな顔で、「人と歌ったことはないから」と呟き、シャンティが頷いて後を引き取る。
「この子、声が違うのよ。そりゃ吟遊者ほどじゃないけど、なんていうか……喉や舌に聖紋がある私たちみたいな感じじゃないから、一人で出来ることがありすぎるの。合唱すると他の歌唱士の声を消しちゃうのよ」
「それは……そうだろうね」
クラウナーの独唱を思い出し、ノワーレは考える。一人で流氷を動かすほどの歌声を響かせる者が、合唱と輪唱で厳しく管理された歌唱大隊で、どんな役割を得られるだろう。大隊内で独唱者は許されない。歌唱大隊で歌えない者は大抵は猫を得て吟遊者となり、戦地を離れ一人で歌う旅を歩む。
それでも、クラウナーの傍らにいるのは金馬なのだ。
「金馬に選ばれたからには歌唱士ではあるのよ。でも、普通、預言士と歌唱士どちらもなんてできないわ。体が保たない……でも、元気よねぇ」
シャンティが納得いかない、という顔でクラウナーを眺め、クラウナーはやはり困って、眉を寄せて微笑む。
「まあ……鍛えてるし、今も鍛えられてるから……」
「会った頃なんて私より小さくて華奢な子だったのに、背丈もすんごい伸びて、胸板なんてその辺の騎士よりしっかりしてるじゃない」
「エヴァ様が鍛えておけって言うから……背は、うん……」
なぜだかどんどん困っていくクラウナーを見兼ね、ノワーレは「二人は知り合いなの?」と聞いてみた。シャンティは平焼きパンをスープに浸しながら「そうね」と答える。
「四年……いや、五年くらい前かしら。私も少しだけ大聖軸に預けられてたのよ。聖紋の範囲が広くて扱いきれなくて……上手く喋れなくて。私はひと月もいなかったけど、エヴァ様と、他の似たような人に体の扱い方を習ってた。その時にちょっとだけ一緒だったの。クラウナーもあんまり喋れてなかったし、なんなら起き上がるだけで大変そうだったわ」
ね、と同意を求められ、クラウナーは茶を飲みながら頷いた。
「シャンティは姉弟子みたいなものかな……一緒に喉の使い方を教わって、あとは走り込みとか。昔はシャンティも華奢でひ弱だったよ」
「今はもう腹筋背筋バキバキよ! 大隊の訓練厳しいんだから!」
ノワーレは二人の話を聞きながら、ニーナが難しい顔をしていることに気がついた。「ニーナ?」と声をかけると、ニーナは眉を寄せたまま顔を上げる。
「わたしも歌えるかな?」
問われて、クラウナーとシャンティが顔を見合わせた。
「ニーナって……聖紋あるのかな?」
「救世主って、聖紋……必要なのかしら?」
二人に交互に言われ、ニーナは首を傾げる。
「何か歌ってみたら?」
ノワーレが言うと、ニーナはしばらく考えて、急にしょげた顔になった。
「……歌、なんにも知らないかも」
知らずニーナに注目していた食卓の全員が、脱力してそれぞれ姿勢を緩めた。
「ま、歌えなくてもいいんじゃないのか」
「そもそもすごい戦力ではあるしね」
と言うのはユーリとミゲルだ。
「前線に出てたら歌える状況にはならんだろうしな」
と言うのはジョルジオ。その隣でノワーレは、別のことに気づいていた。
この子は、子守唄のひとつも知らないのかもしれない。
救世主とは、一体何者なのか。
少女の形をしてはいるが、人間とは全く異なる存在なのではないか。
「そのうちなにか教えてあげるよ」
クラウナーがニーナを励ますのを見ながら、ノワーレは思う。おそらくクラウナーもニーナとあまり変わらないだろう。シャンティの口調に合わせてはいるが、表情から見てさほど親しいと言える仲ではなさそうだ。会話の断片から予測されるクラウナーの育ちは、孤独なものであったのだろう。
人並を知らぬまま強大な力を持つ二人を導くのが、なぜ自分なのだろう。
ノワーレ自身すら、生まれもわからぬ拾われ子だというのに。
大規模防衛戦は初めてではない。毎年どこかの海岸で必ず起こる災害だ。
今年の大規模防衛戦が、救世主と女神の写し身を擁し、流氷から拾われた謎の騎士が前線に立つ銀狼領で起こることを、女神はいつから知っていたのだろうか。
ノワーレが思考に沈み込む寸前、扉をノックする音が聞こえた。ジョルジオが許し、扉が開いて金髪巻毛の美男子が現れる。ローランはやる気のない様子の金猫を抱えており、扉を開けたのはローランにくっついているカジャカだ。
「一家団欒の朝にすまないね。猫が呼ぶから大聖軸に行ってきたんだが、知らせを預かったぞ。大隊総隊長が率いる聖歌唱大隊は、明後日銀狼領に到着するらしい。総勢一〇〇名。大人数だがよろしく頼む、だとさ」
ローランの軽い口調とは裏腹に、ジョルジオは眉を寄せた。
「総力戦だな……うちも全員出すが、何日持つか」
「白鼠騎士団にも呼ばれて聞いてきたが、どうも今回は増援が間に合わんそうだ。申し訳ないって言ってたよ」
「仕方ないだろう。白鼠は元々移動に時間がかかるし、副長はまだ本調子じゃないんだろ」
「そうだな。ついでに見舞ってきたが、相変わらず寝込んでたよ」
「短期で潰し切れるといいんだが、ニーナとクラウナーに期待するか」
急に呼ばれて、ニーナとクラウナーは子犬のように顔を上げた。ジョルジオが渋く笑む。
「ま、子供におんぶに抱っこする騎士団じゃあねえよ。守られながら見学してろ」
ジョルジオの言葉にニーナとクラウナーは顔を見合わせ、ノワーレに頼るような視線を寄越した。ノワーレは微笑み、ニーナの頬についたパン屑を取ってやる。
「守ってあげるから、言うこと聞くんだよ」
二人はやはり、子犬のように頷いた。
…………
mission14 完了
称号獲得
クラウナー「孤独な独唱者」
ニーナ「歌えぬ救世主」
大規模防衛戦が始まります。
防衛陣を敷設しましょう。
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