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mission12 中規模羽化預言

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mission12 中規模羽化預言

…………

 いっときの戦勝に湧いたところで、日常はさして変わらない。ノワーレたちは相も変わらず海岸哨戒ではぐれ羽化の災厄獣を討ち、日夜訓練に明け暮れた。


 ノワーレは先の防衛戦でニーナとクラウナーの癖を見て、小隊の編成を考え直した。ニーナは自分が何ができるのか実地でないとわからないし、クラウナーは物理的な戦力に数えられはしなくとも、思うより遥かに粘り強く着いてくる。二人の特殊な役割から扱いを考えあぐねていたが、いっそのこと二人ともノワーレの隣につけておいた方が目端が効きそうだった。


 なにより、ニーナが何を言いたいかを判断できる人間が、ノワーレとクラウナー以外にいないのだ。


 もう少しわかりやすく話せないか、とノワーレが問うと、ニーナは膨れっ面で口を尖らせた。


「だって、わかんないんだもん……」


 まるっきり子供の言い草である。ニーナの言葉は擬音や「なんとなく」ばかりで、明瞭な言葉は全然ない。戦場では命取りだ。しかし、できないものは仕方ない。


「わかんないかぁ……」


 ノワーレは諦めて、クラウナーも「まあ、僕とノワーレにはなんとなく伝わるし……」と苦笑した。


「まあ、追々学んでいけばいいよ」


 と笑うのは、ノワーレ、クラウナーに次いでニーナ語に習熟しているミゲルだ。

 ということで、とりあえずノワーレ、ニーナ、クラウナー、ミゲルの四人組(クアトロ)ということになった。


「じゃ、ニーナとクラウナーはとりあえず見てて。ピエールは解説。ミゲルは判定。フェリーチェ、やるよ。今日はお前が防衛側」


 日課の海岸哨戒を終え、別の小隊と交代したら次は日次訓練である。狼たちは獣舎で休ませて、人間だけで裏庭へ出る。小隊の屋外訓練所だ。


 ノワーレが踏み固められた雪地の真ん中へ出て、フェリーチェが緊張した面持ちでノワーレを追った。二人とも礎石指輪《フォンタシオン・バーグ》を刃を潰した模擬剣に変え、対面する。


「何するの?」


 ニーナの言葉に、ピエールは「黙って見ててください。怖いんで動かないでくださいよ」と低く呟く。


 ミゲルが二人の間に進み出て、神妙な面持ちでノワーレとフェリーチェを見比べた後、「始め!」と宣べて三歩ほど下がった。


 途端、フェリーチェがノワーレの首を狙った。


 ノワーレは難なく躱した。フェリーチェの体重が乗った両手剣の斬撃を片手剣でいなし、返す刃でフェリーチェの脇腹を狙う。フェリーチェが旋転して防ぎ、大剣を小刀へ変えて更にノワーレの首を狙う。ノワーレはまた難なく避けて、今度はフェリーチェの肩口を狙った。フェリーチェは間一髪後転して避ける。


「対人戦……?」


 クラウナーが問うと、ピエールは「いいえ」と二人の戦いを見ながら否定した。


「人が災厄獣に喰われた後、体を奪われ成り代わられた場合を想定した、防衛戦です」


 ニーナが、不思議そうな顔でピエールを見上げた。


「災厄獣が人を喰うのは知ってますよね。あいつらは食った人間の形に成り変わります。でも、形を真似てるだけで、人じゃない。どんなに親しい人の形をしていても、災厄獣です。騎士が討伐しなきゃならない」


 ノワーレがフェリーチェに足払いをかけた。フェリーチェはまたも間一髪退いて、今度こそノワーレの首を狙って小刀を投擲する。ノワーレは手袋を嵌めた手で小刀を受け止め雪原へ放った。フェリーチェが牽制のために投げた雪礫を避けながら、右手の剣を槍へ変える。


「タチが悪いのは、あいつらは人間の形を真似てるだけで、動き自体は分かってないってことです。言葉も理解してないから話すこともない。いまは訓練なので隊長は人間的な動きをしてますが、本当なら関節の動きも、顔の動きももっと気色悪い。隊長をよく見てください。フェリーチェ隙だらけなのに、全然切りつけないし突かないでしょ」


 ピエールの言葉に、ニーナは魅入るようにノワーレを見た。ノワーレが冷徹に長物を振るい、必死に動き回るフェリーチェを追い詰めていく。


「人の形になった災厄獣は、首を落とすか、どこにあるかも見えない嘆石を壊すかでしか倒せません。首を飛ばせば動きが止まるのでゆっくり石を探せるんですが、まあ、首も伸びたり折れたりするんで、五体が妙な形になる前に吹っ飛ばすのが定石です。長引くほど人の形から離れて生理的に無理になるんで……あ、あのバカ」


 ノワーレが払った槍先を避けようとしたフェリーチェが転んだ。雪の下に氷が隠れていたのだ。ノワーレは悠々とフェリーチェに近づき、槍を雪原へ放って空の両手でフェリーチェの首を絞めようとした。

 刹那、起き上がったフェリーチェがノワーレに渾身の頭突きを決め、ノワーレが怯んだ隙に首に逆手に握った小刀を叩き込もうとし


「小刀で首が飛ばせるか」


 ノワーレの左手に握り込まれ、ノワーレの右手がフェリーチェの首にかかった。


「やめ!」


 ミゲルが叫び、フェリーチェが「っあー! 惜しかった!」と喚いて雪に倒れた。ノワーレが「惜しくない。あれじゃ噛み付かれて死ぬぞ」と雪上にひっくり返ったフェリーチェを引っ掴んで起こす。


「……びっくりした」


 ニーナが詰めていた息を吐き、隣のクラウナーも同じように知らず緊張していた肩から力を抜いた。


「あれ、ノワーレは災厄獣の動きを真似てたんですか?」


 クラウナーの問いに、ピエールが頷く。


「ッス。ほら、あいつら腕とか足とか伸びるじゃないすか。槍で伸びた腕とか真似て、あいつら武器で切り付けるとかじゃなくて、大概噛み付いてくるんですよ。だから、模擬戦の攻勢側は、攻撃は超近接のみ、武器は腕のリーチ分です」

「……見たことがあるみたいだ」

「まあ……俺とフェリーチェがいた村は、アレのせいで壊滅したんで。人型とやるのは初めてじゃないっすね」


 ピエールは軽く言い、「負けたー! 仇打ってー!」と言いながら戻ってきたフェリーチェと交代した。クラウナーは何も言えず、ニーナも困った顔でフェリーチェとピエールを見比べている。


「もー、隊長ぜんぜん手加減してくれないんですよー、いや手加減されたら実戦で死ぬんでいいんですけどーぉ、強すぎでしょー」


 フェリーチェが管を巻きながらクラウナーの隣に腰を下ろした。


「ぜんっぜん勝てない。実戦で人型を斬ったのは私の方が多いはずなのに」


 あっさり言われ、クラウナーとニーナは反応に困る。フェリーチェは、やべ、という顔で笑い、「私ねー、隊長に助けてもらったんですよ。五年前に」とひそひそ声で喋り始めた。


 ――私とピエールがいた村、銀狼領と赤獅子領の境目の、ほっそい川が流れてる辺境だったのね。川を越えたらもう森と山しかないとこ。で、川から災厄獣が上がってきてさ。辺境だから元々人少なくて、気づいた時にはたくさん成り代わられててさ。私とピエールは大人たちに納屋に押し込まれて、震えながら待ってたの。何日か経ったあと、二人とも耐えられなくなって、納屋から出てさ。そしたら村中災厄獣のぐにゃぐにゃで、誰が元なのかもわかんないくらいで。私もピエールもどうしていいかわかんなくってさ。

 そしたら川から銀狼が二頭上がってきて、私とピエールの目の前で災厄獣を噛みちぎり始めたの。銀狼だ! 私とピエールに銀狼が来た! 戦わなきゃ! 女神様が私たちに戦えって言ってるって。

 私とピエールは落ちてた嘆石を拾って、うわー!って叫んで染めて、武器なんてわかんないからとりあえず包丁にして、銀狼に乗って向かっていったの。何が何だかわかんなかったけど、多分、二人で何体か倒してさ。

 そのあたりで騎士団がやってきて、隊長が私たちを見つけて、初めての戦闘でハイになってた私とピエールをぶっ叩いて、泣かせて、慰めて、銀狼騎士団に連れて来てくれたの。

 それから私とピエールは、隊長の舎弟なんだぁ。


 フェリーチェは笑いながら話したが、ニーナもクラウナーも笑えなかった。


「五年前……村が一つ壊滅した事件だね」


 クラウナーが呟くと、フェリーチェは「あ、知ってる? 私たちの村さ、無くなったんだよね」とあっけらかんと答えた。クラウナーは頷く。見ていた(・・・・)から知っていた。聞くまで忘れていたが、あの時、クラウナーは大聖軸でその預言を見た。幼い少年と少女が碌な武器も持たず、銀狼にしがみつき喚きながら災厄獣の群れに突撃していくのを。


「だからさ、この訓練はちゃんとやんなきゃなんだよ。相手が誰でも速攻で首飛ばさないと、村一個くらいならすぐ無くなっちゃうからね。あ、ピエール、バカ!」


 フェリーチェの視線の先で、ピエールがノワーレの槍の柄に吹っ飛ばされた。雪の中に転がるピエールをフェリーチェが「アホー!」と野次を飛ばしながら笑って見ている。


 クラウナーもノワーレとピエールの訓練をよく見ようとした時、急に、視界に捩じ込まれた(・・・・・・)。


 海底の巨大な金色の槍。不気味に脈動するそれをつき破り、木の根を束ねたような捩くれた腕が生えてくる。黄金の血を流す絶望の槍が海底に轟く悲鳴をあげ、周囲の小さな槍が共振し、ひび割れ、海底に積もった欠片が虫の如く蠢き始める。

 揺れる流氷。溶けてまろびた氷の隙間を目指し、命を騙る獣(けだもの)たちが、海底で吼えた。


「クラウナー!」


 ニーナが喚いている。クラウナーは答えられない。目の奥が痛む。後頭部が痛む。大丈夫だ。これはまだ預言だ。まだ何も羽化はしていない。何も起こってはいない。


「ニーナ……ノワーレを、呼んで」


 かろうじて言った。視界が効かない。目の中が金色に塗り潰される。連鎖羽化反応。巨大に見えてもあの槍はまだ中規模だ。共振した他の小型の槍が先に羽化する。大型の槍が共振する前に、騎士団が討伐できる。大丈夫だ。そのための預言だ。


 どこかの海底で脈動する、更に巨大な金色の槍。

 朽ちた台座。いや、玉座か。黄金の槍が突き立ち崩れている。

 脈動する槍の刃の下に、何か、いや、誰かが――


「クラウナー!」


 ノワーレの声に、クラウナーは我に帰った。

 目の奥の金色が晴れ、後頭部に鈍い痛みがある。喉の奥に血の味、と思ったら、雪の上に鼻血が垂れた。


「大丈夫か、血が……」

「大丈夫……すぐ、止まる……」


 ノワーレがクラウナーの鼻に布を押し付け、額を雪で冷やしてくれた。ピエールが何か言って走り去り、フェリーチェが上着を脱いで肩にかけてくれる。


「団長に、報告……海底で、連鎖羽化が起こる。多分……七日後だ」


 クラウナーは必死にこれまでの預言の記憶をかき集めた。この程度の捩じ込みは珍しくない。もっと近い預言なら、鼻血程度では済まないだろう。頭を殴られたような衝撃があるはずだ。


 ノワーレが何事か指示し、ミゲルが走り去った。クラウナーはノワーレに支えられながら、喉の奥に溜まった血を吐き出す。内圧が上がって粘膜の細い血管が破れたのだろう。大丈夫、少し大人しくしていれば、すぐに治る。


「クラウナー……死んじゃう……」


 ニーナが泣きそうになっている。クラウナーは手を伸ばし、ニーナを撫でてやる。


「死なないよ……大丈夫」


 死なせないために、女神がこの体を使って警告しているのだ。


 クラウナーが受け取った預言は、すぐに「大規模羽化預言」として騎士団に通達され、大聖軸へも共有された。各地の預言士たちも同じ預言を受け取っていた。場所は銀狼領北部沖。長年休眠状態とされていた複数の中型の槍。


 大聖軸は、銀狼騎士団へ聖歌唱大隊の派遣を決定した。


 ――大規模防衛陣を敷設し、住民を避難させ、人類の陸地を守れ。


 大聖軸は銀狼騎士団へ命じた。

…………

mission12 完了


称号獲得


ピエール「辺境の村の生き残り」

フェリーチェ「辺境の村の生き残り」


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