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ルナは、恋をした。―完璧な御曹司に振られたので、まず私のことを知ってもらうことにしました―   作者: たまご
高校編

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第21話 ルナは、待っていました

長かった夏休みが、ようやく終わった。

月は、この日をずっと待っていた。


明日から、また一条先輩に会える。

そう思うと、なかなか眠れなかった。


一条先輩は、夏休みをどう過ごしていたのだろう。

久しぶりに会ったら、まず何を言おう。


そんなことを考えているうちに、眠りについたのはいつもよりずっと遅い時間だった。


そして翌朝。


いつもなら、とっくに鳴っているはずのアラームが聞こえないことに気づいた。


枕元の時計を見る。

数秒、止まった。


「遅刻です!」


勢いよく布団を跳ね除けた。

どうやら無意識のうちにアラームを止めていたらしい。


制服を掴み、慌てて着替えながら廊下へ飛び出す。


「月? 今日はずいぶん遅いのね」


台所から園長先生が顔を出した。


「寝坊しました!」


「珍しいわね。朝ごはんは?」


「間に合いません!」


鞄を掴み、そのまま玄関へ向かう。


「月、お弁当!」


足が止まった。

振り返ると、園長先生が弁当箱を持って立っている。


「ありがとうございます! 行ってきます!」


弁当を受け取り、鞄へ押し込み、そのまま玄関を飛び出した。


凪がいつも昇降口を通る時間は、とっくに過ぎていた。


なんとか遅刻することなく白鳳学院へ辿り着いたものの、校舎の時計は八時二十分を指している。


月は校門の周りを見渡した。


いない。


当然だった。

凪は、もうとっくに教室にいる時間だ。


月は少しだけ肩を落とし、そのまま校舎へ入った。


朝は会えなかった。

けれど、今日は学校がある。


まだ一日は始まったばかりだった。


*

始業式を終えて教室へ戻ると、二学期の予定が伝えられた。


一学期の途中からクラスを受け持っていた教師が、この二学期から正式に担任となっていた。


いくつかの予定が読み上げられる中、月の知らない言葉があった。


文化祭。


その言葉が出た途端、教室が一気に賑やかになる。

去年は何をしたとか、今年は何がいいとか、周囲は楽しそうに話している。


月はしばらく聞いていた。

けれど、よく分からない。


手を挙げた。


「先生」


「どうした、朝比奈」


「文化祭とは何でしょうか?」


教室が一瞬、静かになった。

担任も少し驚いたように月を見る。


「文化祭を知らないのか?」


「はい」


担任は簡単に説明した。


クラスごとに出し物をしたり、部活動が発表や展示をしたりすること。

普段の授業とは違い、生徒たちは校内を自由に回ることができること。


毎年多くの来場者が訪れる、白鳳学院でも大きな行事らしい。


月は黙って聞いた。

そして、もう一度手を挙げる。


「先生」


「まだ何かあるのか?」


「二年生も参加しますか?」


「もちろん」


月は少し考えた。


「では、一条先輩もいますか?」


教室のあちこちから笑い声が漏れた。

担任が首を傾げる。


「一条って、二年の一条凪か?」


「はい!」


今度は、近くのクラスメイトが笑いながら口を挟んだ。


「同じ学校なんだからいるに決まってるでしょ」


月はその子を見る。


「そうなんですか?」


「そりゃそうでしょ」


「よかったです!」


月は満足そうに笑顔で頷いた。


文化祭。

数分前まで、名前すら知らなかった。


けれど今は、少し楽しみだった。


*


結局、その日の日中に凪と会うことはなかった。


放課後、月はいつものように旧校舎の音楽室へ向かった。


久しぶりに学校のピアノに触れ、思いついた旋律を何度か繰り返す。


けれど今日は、いつもより時計を見る回数が多かった。


十七時二十五分。

月の指が止まった。


そろそろだった。


月はピアノの蓋を閉じ、音楽室を出る。


凪を追いかけてはいけない。

だから、いつもの帰り道を歩く。


今日は、少しだけゆっくりと。


渡り廊下まで来たところで、足を止める。


向こうから、ラケットバッグを肩に掛けた男子生徒が歩いてきた。


月の表情が明るくなる。


凪だった。


凪も月に気づいた。 


ほんの一瞬だけ視線が向く。

それだけで、そのまま横を通り過ぎすれ違う。


「一条先輩!」


月はすぐに振り返り、声をかけた。


「お久しぶりです!」


凪は横目で見るだけだった。


「全国大会、優勝おめでとうございます!」


莉子に結果を見せてもらったときから、ずっと言いたかった。


少し間があって、

「……どうも」

久しぶりに聞く声だった。


白くて、ふわふわしていて、ときどき光る。


月は嬉しくなった。


「一条先輩は、日本で一番です!」


返事はない。

それでも月は気にせず、その隣を歩く。


しばらく歩いてから、月はぽつりと言った。


「ルナは今まで、学校に行きたいと思ったことがありませんでした」


凪は前を向いたままだった。


月にとって学校は、勉強をする場所だった。

嫌いではない。

けれど、明日が楽しみになる場所でもなかった。


小学校でも、中学校でも、それは変わらなかった。

だから夏休みになって初めて学校へ行きたいと思ったとき、月は少し不思議だった。


「最初は、どうしてか分かりませんでした」


月は隣を歩く凪を見上げた。


「でも、一条先輩に会ってからです」


凪の視線が、ほんの一瞬だけ月へ向く。


「学校に来るのが、楽しみになりました」


月は嬉しそうに笑った。


「だから、夏休みは長かったです」


返事はなかった。

月は気にせず、その隣を歩いた。


「今日、一条先輩に会えて嬉しいです!」


また返事はなかった。

けれど今度は、それで会話を終わらせた。


しばらく二人で歩いていると、月は朝に聞いた話を思い出した。


「あ!」


凪が視線だけを向ける。


「ルナは今日、文化祭というものを知りました」


「クラスごとに出し物をして、学校の中を自由に回るそうです」


凪は月を見る。


「……知ってる」


「そうなんですか?」


「去年もあったから」


月は納得した。


「あ、一条先輩はそうですよね!」


そして、少し考えてから笑顔になった。


「ルナ、一条先輩と一緒に回りたいです! 」


「無理」


返事だけは早かった。

月が瞬きをする。


「ダメですか?」


凪が冷めた目を向けた。


「なんで俺がお前と回んの」


月は少し考えた。


「一条先輩が好きだからです」


「……」


「一条先輩は、お友達と回りますか?」


凪は答えなかった。

月は少し待ったあと、勝手に話を進めた。


「では、ルナも一緒に回ります」


凪の足が止まった。

月も止まる。


「それなら、一条先輩はお友達と回れます。ルナも一条先輩と回れます」


月は少し嬉しそうに頷いた。


「両方できます!」


「……勝手に決めるな」


凪はそれだけ言って、再び歩き出した。

月はその場で少し考えた。


「分かりました!」


凪が振り返る。

月は満面の笑みだった。


「では、また聞きます!文化祭までに、一条先輩が『いい』と言ったら、一緒に回れます!」


凪はしばらく月を見た。

それから、何も言わずに歩き出した。


「一条先輩!」


月がその背中へ声をかける。

凪は振り返らない。


「明日も会いに来ます!」


そのまま歩いていく。

月は少し考えて、言い直した。


「違いました!」


凪の足がわずかに止まる。


「追いかけません!」


「……」


「たまたま会えたら、お話しします!」


月は姿が見えなくなるまで、その背中を見送った。

それから、満足そうに歩き出した。


もう、次に会える日を何週間も待つ必要はなかった。

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