第20話 ルナは、見つかりました
凪はすぐに視線をコートへ戻した。
月はしばらく、その横顔を見つめていた。
「……本当に目が合いました」
「はいはい」
「本当です」
莉子は適当に返事をしながら、
再びコートへ視線を戻した。
試合はそのまま危なげなく決着し、
凪は次の試合へ駒を進めた。
*
試合後。
「もっと近くで見たいです」
「私も!」
莉子がすぐに食いついた。
二人はそのまま選手の姿を探しに行った。
「まったく……」
湊も仕方なく後を追う。
しばらく会場内を歩き回ったところで、莉子が足を止めた。
少し先。
通路の柱の向こうに、凪がいた。
三人揃って柱の陰から顔を覗かせる。
「……一条先輩です」
湊が二人を見る。
「なんで隠れる必要があんだよ」
「いいから」
莉子は湊の腕を引き、柱の陰へ押し戻した。
そのとき、凪がこちらへ歩き始めた。
「来ます」
月が慌てて顔を引っ込める。
莉子が月を見る。
にやりと笑った。
次の瞬間。
どん。
「わっ!」
背中を押された月が柱の陰から飛び出した。
そのまま凪の胸元へぶつかる。
月は慌てて顔を上げた。
近い。
いつもより、ずっと近い。
思わずその顔を見つめる。
「……かっこいい」
思わず、口から漏れた。
凪が月を見る。
数秒遅れて、月ははっとした。
今は帽子もサングラスもしている。
きっと分からない。
「す、すみませんでした」
ぺこりと頭を下げ、そのまま柱の方を見る。
誰もいない。
「……あ、あれ。莉子 ?」
少し離れたところでは、莉子が湊の腕を引っ張っていた。
「おい、月置いていってどうすんだよ」
「いいから」
「あいつを一人にすんなよ」
「あんたは少し空気読みなさいよ」
そんな会話が交わされていることなど、月は知らない。
仕方なく、自分も帰ることにした。
「では、失礼します」
歩き出した直後。
ぐいっ。
「わっ」
後ろから襟元を掴まれた。
「待て」
月が振り返る。
「……何でしょうか?」
「何してんのここで」
月はサングラスの奥で、視線を逸らした。
「……ひ、人違いではありませんか?」
凪が深く息を吐いた。
「朝比奈」
月が固まった。
「……」
「それで誤魔化せてると思ってんの?」
月はゆっくりサングラスを下げた。
「ルナだと分かったんですか?」
「……バレバレ」
月の顔がぱっと明るくなる。
「一条先輩! 会いたかったです!」
「散々見てただろ」
「近くでも見たかったです」
月は改めて凪の顔を見上げた。
「やっぱり近くでもかっこいいです!」
「……」
凪は月の襟元から手を離した。
「で、なんでここにいるわけ?」
「一条先輩に会いに来ました!」
凪は黙った。
「夏休みになって、十七日も会っていませんでした」
月は嬉しそうに凪を見上げる。
「だから、会いに来ました」
そのとき、
「月」
後ろから声がした。
戻ってきた湊が、そのまま月の腕を掴む。
「もう帰るぞ。遠いんだから」
「湊、引っ張らないでください。まだ一条先輩と話しています」
「もう十分だ」
「十分ではありません」
その後ろから莉子も戻ってくる。
「もう、湊ったら」
そう言いながら凪を見ると、莉子はさっと髪を耳へかけた。
「あ。一条先輩、どうも」
凪の視線が二人へ移る。
「湊と莉子は、ルナと同じ施設で育った家族です!こっちが湊で、この子が莉子です!」
そして今度は、少し誇らしげに凪を指す。
「このかっこいい一条先輩が、ルナの好きな人です!」
湊は露骨に嫌そうな顔をし、莉子は吹き出した。
凪は三人を見る。
「で、なんであんたらまでここにいんの?」
「あ、それはですね」
莉子が一歩前へ出た。
「一条先輩の試合があるって、たまたまSNSで流れてきまして……」
「たまたま?」
「はい。ほんっとに偶然――」
「莉子が調べてくれました!」
「月!」
凪は少し黙った。
「……あんたら暇なんだな」
「なっ……!」
莉子の笑顔が引きつった。
湊も眉を寄せる。
「……なんだこいつ」
月が勢いよく湊を見る。
「こいつじゃありません! 一条先輩です!」
湊は数秒、月を見た。
「……知ってるよ」
呆れた声だった。
湊がもう一度、月の腕を引く。
「ほら、帰るぞ」
「待ってください」
月は凪へ向き直った。
「一条先輩。次の試合も見に来たいです!」
「来るな」
月が瞬きをした。
「どうしてですか?」
「うるさいから」
「一条先輩は、ルナに来てほしくないんですか?」
「そう」
「分かりました」
月は素直に頷いた。
「では、もう来ません。一条先輩が嫌なことはしません」
凪は何も答えなかった。
「月、行くぞ」
湊に腕を引かれ、月は歩き出した。
数歩進んだところで、また振り返る。
「一条先輩!」
凪が振り向く。
月は満面の笑みで大きく手を振った。
「今日、会えて嬉しかったです!」
少し間を置いて。
「それから、今日も一条先輩が大好きです!」
凪は何も答えなかった。
「また学校で会いましょう!」
「月、早く」
「はい!」
今度こそ、月は湊と莉子のもとへ走っていった。
途中でもう一度だけ振り返り、また大きく手を振る。
人混みの向こうへ凪の姿が消える。
湊が、呆れたように鼻を鳴らした。
「なんだよあいつ。随分偉そうだよな」
月がすぐに湊を見た。
「一条先輩は偉そうではありません。偉いんです」
莉子が吹き出した。
「まあでも、あんなイケメンなら多少冷たくても許せるかも」
月が大きく頷く。
「はい。一条先輩はとてもかっこいいです!」
「お前らの目の方が節穴だろ」
「はああ?!」
莉子の声が響く。
三人が言い合いながら歩いているうちに、空はいつの間にか夕焼け色に染まっていた。




