第18話 ルナは、知られました
放課後。
校舎を出たところで、月は少し先を一人で歩く凪を見つけた。
「一条先輩!」
小走りで追いつき、その隣へ並ぶ。
凪は一度だけ月を見た。
「これから部活ですか?」
「……」
返事はない。
けれど月は知っていた。
今日はテニス部の練習がある日だ。
「今日は何時までですか?」
「……」
「ルナは五時半くらいだと思います 」
凪が月を見る。
「なぜ知ってる」
「前に見ました」
「……」
凪の視線に、月はすぐに続けた。
「でも、もうつけ回していません。一条先輩にやめろと言われたので」
そして、念を押すように付け加える。
「今日はちゃんと、偶然会いました!」
「……」
「今日はまだ質問もしていません」
月は少し考えた。
「昨日は一個だけ答えてくれました」
返事はない。
「今日は駄目ですか?」
「昨日だけって言っただろ」
月は少し考えた。
「今日は駄目ということですね」
「……」
「分かりました」
それ以上、月は聞かなかった。
並んだまま歩いていると、ふと校内の時計が目に入った。
「あ!」
月の足が止まる。
「今日は早く帰らないといけません」
凪は月の声が聞こえていなかったかのようにそのまま歩いていく。
月は慌てて追いついた。
「園長先生に、早く帰ってくるように言われています」
「園長?」
凪が月を見る。
「はい」
月は頷いた。
「ルナが暮らしている施設の園長先生です」
「……施設?」
「はい! ルナのお家です!」
月は笑って頷いた。
「親は?」
「園長先生がルナのお母さんです!」
「いや、そうじゃなくて――」
「園長先生から、ルナは赤ちゃんのときに園の門の前に置かれてたって聞きました」
月は歩きながら続ける。
「だから、本当のお父さんとお母さんが誰なのかは知りません」
「……」
「でも、ルナの家族は施設のみんなです」
そう言って、月は笑った。
「とっても賑やかです。小さい子たちはよく喧嘩します」
「……」
「そういうときは、ルナたち上の子が止めます。でも、またすぐ喧嘩します」
月は楽しそうに笑った。
それから、隣を歩く凪を見上げた。
「一条先輩もルナに質問しました」
凪が月を見る。
月は少し考えた。
「なので、ルナも一つ質問します」
「……」
「一条先輩の家族は、どんな感じですか?」
「さあ」
その言葉に、月は首を傾げる。
「家族なのに、分からないんですか?」
「……親はほとんど家にいないから」
月は少し考えた。
「では、ご飯は一人で食べるんですか?」
「……まあ」
「園長先生は、家族はご飯を一緒に食べるものだと言っていました」
「そんなの家によるだろ」
月はその言葉を考えるように、少しだけ黙った。
「そうなんですね」
それから、また凪を見る。
「では、兄弟はいますか?」
返事はない。
「お兄さん?」
「……」
「お姉さん?」
「……」
「弟?」
凪が月を見る。
「いない」
「一人っ子なんですね」
月はすぐに鞄からメモ帳を取り出した。
ページを開き、ペンを走らせる。
『一条先輩――一人っ子』
その下へ、
『両親は家にいないことが多い』
と書こうとした、そのとき。
パタン。
メモ帳が閉じた。
「?」
月が顔を上げる。
凪の手が、メモ帳の表紙に乗っていた。
「やめろ」
「どうしてですか?」
「気持ち悪い」
月は閉じられたメモ帳を見る。
「でも、忘れてしまいます」
「忘れろ」
「嫌です」
凪が月を見る。
月はメモ帳を胸元へ引き寄せた。
「一条先輩のことなので、忘れたくありません」
「……」
月はしばらくメモ帳を見ていた。
やがて、素直に鞄へしまう。
「分かりました! 一条先輩の前では書きません」
「そういう意味じゃ――」
「帰ってから書きます」
「……」
凪は深く息を吐いた。
月は気にせず、その隣を歩いている。
「一条先輩の誕生日も、好きな色も、好きな音楽も、好きな本も、好きな季節も、好きな動物も、ルナはまだ知りません」
指を折りながら数えていく。
「他にも、知らないことがたくさんあります」
凪が横目で見る。
「多すぎ」
「はい」
月は嬉しそうに頷いた。
「だから、ルナは毎日一条先輩のことを知りたいです!」
「……」
「明日は誕生日を聞きます」
「やめ――」
「あ!」
月は時計を見て、勢いよく立ち止まる。
「帰るのを忘れていました!」
月は慌てて鞄を持ち直した。
「帰ります!」
そう言って走り出す。
けれど、数歩進んだところで、また止まった。
振り返る。
「一条先輩!」
凪が月を見る。
「今日もルナは、一条先輩が大好きです!」
月は満面の笑みを浮かべた。
「明日も、明後日も、多分これからも大好きです!」
「では、また明日!」
今度こそ、月は校門へ向かって走っていった。
凪は一度だけその背中へ視線を向けると、
そのまま部室へ歩き出した。




