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ルナは、恋をした。―完璧な御曹司に振られたので、まず私のことを知ってもらうことにしました―   作者: たまご
高校編

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第16話 ルナは、守られます

廊下から、慌ただしい足音が近づいてきた。


「こっちです!」


柚の声。

その直後、体育倉庫へ数人の教師が入ってきた。


「これは……」


教頭の言葉が止まった。


凪の大きなシャツを羽織り、マットの上に座る月。

部屋の隅には、凪の友人たちに囲まれた生徒たち。


そして、白いインナー姿で月のそばに立つ凪を見て、教頭の表情がさらに強張った。


「……一条さん」


凪は何も答えなかった。


女性教師がすぐに月へ近づく。


「大丈夫? 立てる?」


「はい」


月は立ち上がろうとした。

けれど、足にうまく力が入らない。


身体が傾き、咄嗟に凪の腕を掴んだ。

月は自分の手を見る。


それから凪を見上げた。


「すみません」


凪は何も言わなかった。


女性教師が月の肩へ手を添える。


「保健室へ行きましょう」


月は頷いた。

それでも、凪を掴んだ手はすぐには離れなかった。


「朝比奈さん」


柚がそばへ来る。


「私も行くから」


月は柚を見る。


少しして、ようやく凪の腕から手を離した。


「……はい」


*


保健室で少し休んだあと、月は別室へ移された。

そばには、柚も付き添っていた。


教頭と学年主任から、体育倉庫で何があったのかを一つずつ聞かれる。


月は、聞かれたことにそのまま答えた。


茜たちに連れていかれたこと。

帰りたいと言ったこと。

離してほしいと言ったこと。

男子生徒たちに腕や脚を押さえられたこと。

制服を引っ張られたこと。


一通り話し終えたところで、柚が口を開いた。


「あの……実は、担任には前から伝えていました」


教頭が柚を見る。


「何を?」


「朝比奈さんのことです。教科書を切られたり、廊下で押されたりしていて……」


月が柚を見る。


「いじめられてるんじゃないかって、先生に話しました」


数秒遅れて、月が瞬きをした。


「……いじめ?」


柚も月を見る。


「うん」


「ルナがですか?」


「……そう」


月は少し考えた。


教頭が柚へ尋ねる。


「担任は何と?」


「本人から何も言っていないから、もう少し様子を見るって」


柚は一度、言葉を止めた。


「それから……『この学校は、簡単に動けないこともある』って」


部屋が静かになった。

教頭と学年主任が顔を見合わせる。


月は黙ったまま、もう一度その言葉を頭の中で繰り返した。


いじめ。


*


その日のうちに、園長にも連絡が入った。


体育倉庫にいた生徒たちには学校から保護者へ連絡が入り、調査が終わるまで登校を控えるよう伝えられた。


倉庫に残されていたスマートフォンも、学校側が確保した。


柚。

凪。

その場にいた凪の友人たち。

関係した生徒たち。


それぞれから、話が聞かれた。


さらに調べていくうちに、

濡らされた教科書。

切られたページ。

返されないままになっていた立て替え代金。

トイレで水をかけられたこと。

それまで別々に起きていた出来事が、一つずつ繋がっていった。


そして、今回の連れ出しを事前に知り、計画に関わっていた生徒がいたことも分かった。


学校は警察にも相談することになった。


翌日。

月は、いつも通り学校へ来た。


園長には休むよう言われた。

けれど、月は「授業があります」と答えた。


教室へ入ると、いつもとは少し違った。


何人かが月を見る。

月も見返す。


すると、なぜか目を逸らされた。


廊下を歩いていても、

視線を感じて振り向くと、すぐに誰かが顔を背ける。


月には、その理由が分からなかった。


けれど授業が始まると、そちらに集中した。


その間も、学校では調査が続いていた。


*


数日後。


関係した生徒たちと、その保護者が学校へ呼ばれた。

体育倉庫にいた男子生徒三人。

そして、一連の行為を主導していた西城茜。


主導した西城茜と、体育倉庫にいた男子生徒三人には、退学処分が言い渡された。


撮影や連れ出しに直接関わった生徒たちにも、それぞれの関与に応じた処分が下された。


さらに、今回の計画を事前に知り、関与していたことが調査で分かった生徒たちも、処分の対象となった。


以前から状況を把握しながら対応しなかった担任も、処分を受けた。


その日の昼休み。


月が教室へ戻ろうとしていると、廊下の向こうから、大きな声が響いた。


「朝比奈ッ!」


月が振り返る。


西城茜だった。

少し離れたところには、教師と一人の女性がいる。


「西城さん!」


教師が呼び止める。


けれど、茜はその声を無視して、月のところまで走ってきた。


「なんで私が退学なのよ!」


月は瞬きをした。


「退学になったんですか?」


「そうよ!」


「そうですか」


「そうですか、じゃないでしょ!」


茜の声が廊下へ響く。


周囲にいた生徒たちが足を止めた。

けれど、以前のように笑う者はいなかった。


「あんたのせいだから!」


月が首を傾げる。


「ルナのせいですか?」


「そうに決まってるでしょ! あんたが大ごとにしたから――」


「でも」


月が言葉を遮った。


「ルナは、嫌だと言いました」


「……は?」


「離してくださいとも、帰りたいとも言いました」


月は茜を見る。


「でも、西城さんはやめませんでした」


茜の顔が歪んだ。


「だから何よ!」


「なので」


月は少し考えた。


「ルナのせいではないと思います」


「……っ!」


茜が一歩前へ出る。

すぐに教師が間へ入った。


「西城さん、もうやめなさい」


「なんでよ! 私だけ悪いみたいに――」


「茜の言う通りです」


その後ろから、茜の母親が早足で近づいてきた。


「退学なんて、いくらなんでも重すぎるでしょう。まだ高校生なんですよ?」


教師が茜の母親の前へ出た。


「学校として確認した事実に基づいて判断しています」


「事実って何ですか。子ども同士で少し行き過ぎただけでしょう?」


「少し、ではありません」


「結局、取り返しのつかないことにはなってないでしょう?」


月が茜の母親を見る。


茜の母親は構わず続けた。


「お母さんの言う通りよ!」


茜が吐き捨てる。


「私だけじゃないし!」


「そうですよ」


茜の母親もすぐに続けた。


「他にも何人も関わっていたんでしょう?」


「関与した生徒には、それぞれ適切な処分が下されています」


「だったら、どうして茜がこんな重い処分を受けなきゃいけないんですか!」


教師は表情を変えなかった。


「学校として、処分は適切だと判断しています」


「そんなの納得できません!」


茜の母親の声が、一段大きくなった。


月の肩が小さく跳ねる。


「学校は今まで何もしてなかったんでしょう! それなのに、問題になった途端この子だけ悪者にして――」


茜の声。

茜の母親の声。

教師の声。

廊下で囁く生徒たちの声。

いくつもの音が、一度に重なった。


月は眉を寄せる。


耳の奥が痛い。

両手で耳を塞いだ。


それでも、声は完全には消えなかった。


そこへ、別の教師の声が割って入った。


「西城さん。お母さまも、こちらへ」

騒ぎを聞きつけた二人の教師が、足早にこちらへ向かってくる。


一人が月との間に立つ。

もう一人が茜のそばへ回った。


「まだ話は終わってません!」


「これ以上、朝比奈さんへの接触は認められません」


「触らないで!」


茜が教師の手を振り払う。


月は耳を塞いだまま、少し俯いた。


声が重なる。

言葉が、うまく分かれない。


その中で、一つだけ近くから聞こえた。


「そもそも、嫌だったならもっと早く言えばよかったんじゃないですか?」


茜の母親が、責めるような口調で言った。


月の指先が、わずかに動いた。


「そうよ!」


茜の声が続く。


「何も言わなかったくせに、今さら被害者みたいに――」


「西城さん!」


教師の声が廊下に響いた。


月はさらに強く耳を塞いだ。


「それ以上はやめなさい」


二人の教師が茜と母親を月から引き離す。


「ちょっと! 離して!」


「納得してませんから!」


「こんなの絶対おかしいでしょう!」


声が、少しずつ遠くなっていく。

それでも月は、しばらく耳から手を離さなかった。


やがて、廊下が静かになった。

月はゆっくりと手を下ろした。


――嫌なら、もっと早く言えばよかった。


けれど、

「帰ります」

「離してください」

「嫌です」

月は、ちゃんと言った。


それでも、茜たちはやめなかった。


――なら、ルナのせいではない。

月は、そう思った。


*


それから、月の周囲は驚くほど静かになった。


昼休みになっても、買い物を頼みに来る人はいない。

大量の注文を書いたメモを渡されることもない。

教科書も、朝置いた場所にそのまま残っている。


ある日の昼休み。


月は柚の席まで歩いていった。


「水瀬さん」


「ん?」


月は鞄から、綺麗に畳まれたハンカチを取り出した。


「これ、遅くなってすみません。ありがとうございました」


柚が目を丸くする。


「あ……」


以前、制服にコーヒーをかけられたときに借りたものだった。


「洗いました」


「別に、返さなくてもよかったのに」


「借りたものなので」


月は柚へ差し出す。

柚は少し笑って、それを受け取った。


「……朝比奈さんって、そういうところ律儀だよね」


月は首を傾げた。


「そういうところ?」


「ううん。なんでもない」


月は少し考えてから、柚を見る。


「水瀬さん」


「何?」


「この前、一条先輩を呼んでくれて、ありがとうございました」


柚が一瞬、黙る。


「……うん」


月はぺこりと頭を下げた。


「助かりました」


柚は月を見て、少しだけ笑った。


*


数日後。


施設へ帰った月は、机の上に小さなノートを広げていた。

その横には、学校を通して返された現金が置かれている。


ページには、これまで買い物で立て替えた金額が記録されていた。

一つずつ照らし合わせる。


最後まで確認してから、月は頷いた。


「全部返ってきました」


そばにいた園長が月を見る。


「月」


「はい」


「これからは、嫌なことをされたら誰かに言うのよ」


月が顔を上げる。


「嫌なこと?」


「教科書を切られたり、お金を立て替えたまま返してもらえなかったりしたとき」


「でも、買ってきてほしいと頼まれました」


「うん」


「あとで返すと言われました」


園長は少し黙った。


「でも、月は返してほしかったんでしょう?」


「はい」


「返してもらえなくて、困ってたでしょ?」


月は考える。


「……はい」


「それなら、困ってるって言っていいの」


月が園長を見る。


「あとで返すと言われていてもですか?」


「もちろん」


月はしばらく考えた。

そして、小さく頷いた。


「……分かりました」

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