↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナは、恋をした。―完璧な御曹司に振られたので、まず私のことを知ってもらうことにしました―   作者: たまご
高校編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/22

第13話 ルナは、気づきません

凪に「話しかけるな」と言われてから、しばらく経った。


月はその約束を守っていた。


それでも、凪を見つけたときだけは、月の表情が少し明るくなる。

凪の声が聞こえれば、いくつもの色の中に柔らかな白が浮かぶ。

少しだけ、その姿を見る。


それだけだった。


凪の方から話しかけてくることもない。


だから二人の間には、本当に何もなくなった。


*


「朝比奈さん」


昼休み。


月が教科書を閉じたところで、机の横から声がした。


顔を上げる。


西城茜の友人が立っていた。


「はい」


「ベーカリーでこれ買ってきて」


小さなメモを渡される。


クロワッサン。

サンドイッチ。

カフェラテ。


「分かりました」


「私もお願い」


別の女子生徒からもメモを渡された。


いつの間にか、それは珍しいことではなくなっていた。


最初は、一度だけのはずだった。


けれど気づけば、昼休みになると誰かが月の机へやってくる。


代金についても、月は何度か尋ねていた。


けれど。

「今、細かいのないんだよね」

「あとでまとめて返す」

「覚えてるから大丈夫」


返ってくるのは、いつもそんな答えだった。


買い出しはその後も続き、立て替えた代金は少しずつ増えていた。


返すと言っているのだから、いつか返してくれる。

月はそう思っていた。


財布を開く。

硬貨が数枚。


一枚ずつ数えてから、月は顔を上げた。


「全部は買えません」


「え?」


「お金が足りないです」


女子生徒が財布を覗き込み、笑った。


「じゃあ、買える分だけでいいよ」


「どれを買えばいいですか?」


「適当に」


月の眉が寄った。


「順番を決めてもらえますか?」


「じゃあ私のカフェラテ」


「私のサンドイッチ先」


「マフィン売り切れるかも」


三人が口々に言い始める。

月は全員が話し終わるまで待った。


「分かりました」


メモと財布を持ち、教室を出る。

その背中が見えなくなってから、一人が笑った。


「ほんと、便利屋よね」


*


それから数日が経った昼休み。


また女子生徒が、月の机へ買い出しのメモを置いた。

月はそれを受け取らず、先に尋ねた。


「前のお金は、いつ返してもらえますか?」


女子生徒の顔から、笑みが少し消える。


「今度まとめて返すって言ったじゃん」


「今度とは、いつですか?」


「……今月中」


月は財布を開いた。


「でも、ルナはもう今月使えるお金がありません」


「だから返すって言ってるでしょ!」


突然大きくなった声に、月の肩が跳ねた。

反射的に両手で耳を塞ぐ。


目をぎゅっと閉じた。

女子生徒が一瞬黙る。


それから、隣にいた友人と顔を見合わせた。


「……何それ」


くすっと笑う。


月はまだ耳を塞いでいた。


「じゃあ明日は買えるようにしといてよね」


二人はそれだけ言い残し、月の机から離れていった。

足音が遠ざかってから、月はゆっくりと手を下ろした。


今月中。


返してもらえる期限は、決まった。

なら、それまでは待てばいい。


月には、それ以外の方法が分からなかった。


*


その日の放課後。


帰り支度をしていた月の机を、いくつもの影が囲んだ。


顔を上げる。

西城茜と、いつもその周りにいる女子生徒たちだった。


六人ほどいる。


「朝比奈さん」


「はい」


「ちょっと来て」


「どこですか?」


「トイレ。手伝ってほしいことがあるの」


月は首を傾げた。


「トイレで、何を手伝うんですか?」


「来たら分かるから」


「……分かりました」


鞄を机へ戻し、立ち上がる。


女子生徒たちについて、廊下の端にあるトイレへ向かった。

中へ入ると、茜たちは月を奥へと促した。


「何を手伝えばいいですか?」


誰も答えない。

一人が、いちばん奥の個室を指した。


「そこ、ちょっと見てくれる?」


月は個室の中を覗き込んだ。


「何を――」


突然、背中を強く押された。


「……っ!」


身体が前へよろける。

慌てて壁へ手をつき、振り返った。


目の前で扉が閉まる。


「?」


月はすぐに取っ手を掴んだ。


手前へ引く。

開かない。


もう一度、強く引いた。


扉がわずかに動いたところで、外から押し戻された。


「開けてください」


返事の代わりに、笑い声がした。


月は両手で取っ手を握る。

身体を後ろへ引くようにして、もう一度力を込めた。


「開けてください」


「ちょっと待ってて」


「何をですか?」


くすくすと笑う声だけが返ってくる。


月はまた扉を引いた。


その瞬間だった。


個室の扉の上から、大量の水が降ってきた。


「きゃっ……!」


肩が跳ねる。


冷たい水が頭から顔、首筋へ一気に流れ落ちた。


息を整える間もなく、二杯目が降ってくる。


「……っ!」


月は咄嗟に頭を庇った。


髪が頬へ張りつく。

ブラウスが肌へまとわりつき、スカートが急に重くなる。

靴の中にまで水が入った。


外から笑い声が響いた。


「やば!」


「床びしょびしょ!」


月は濡れた髪を顔から払い、頭上を見た。


「……水をかける必要があったんですか?」


一瞬。

外が静かになった。


その直後。

さらに大きな笑い声が上がった。


「必要って何!」


「ウケる!」


手伝ってほしいと言われたから来た。

個室を見るように言われたから、中へ入った。


それなのに、閉じ込められて、水をかけられた。

何のためにそんなことをしたのかは、分からない。


「もう出てもいいですか?」


返事はなかった。


代わりに、甲高い笑い声とともに、何人もの足音が一斉に遠ざかっていく。


月はもう一度、取っ手を掴んだ。

今度は、簡単に開いた。


トイレには、もう誰もいない。


床には水が飛び散り、自分の制服からも絶えず雫が落ちている。


月はしばらく、女子生徒たちが消えた出入口を見ていた。


どうして水をかけられたのか。

それは、やっぱり分からない。


けれど。

冷たかった。

もう一度、同じことをされるのは嫌だった。


月は濡れた髪を払い、教室へ鞄を取りに戻った。


*


教室で鞄を取ると、そのまま昇降口へ向かった。


ブラウスは肌へ張りつき、スカートは水を吸って重い。

靴下まで濡れていた。


気持ちが悪い。

早く帰って、着替えたい。


月の頭にあるのは、それだけだった。

少し俯いたまま、足早に廊下を歩く。


だから、向こうから凪が歩いてきていることにも、気づかなかった。


凪は視線の先に月を見つけた。

足取りが、わずかに緩む。


「……」


濡れた髪。

水を吸った制服。


歩くたび、髪やスカートの裾から雫が落ち、廊下に点々と跡を残していた。


白いブラウスは身体へ張りつき、濡れた生地が下着の色まで透かしていた。


その格好のまま、月は俯いて歩いている。

月は顔を上げない。


凪の存在にも気づかないまま、その横を通り過ぎた。


すれ違う瞬間だけ、凪の視線が横へ流れる。


「……」


けれど、足は止めなかった。

そのまま数歩進んだ。


そのとき。

階段から、二人の女子生徒が廊下へ上がってきた。


「――先生も見逃してくれればいいのにさ」


「ほんと厳しすぎない? だって――」


「おい」


二人の会話が止まった。


「え?」


顔を上げる。


そこにいた凪を見て、二人の表情が一気に変わった。


「一条くん……!」


「カッコいい……!」


凪は反応しない。


顎だけで、自分が歩いてきた方を示した。


「あれ、どうにかしてやれ」


「あれ?」


二人が振り返る。

廊下の先を、髪から水を滴らせた女子生徒が歩いていた。


「え、何あの子」


「びしょ濡れじゃん……」


凪はそれ以上何も言わず、二人の横を通り過ぎた。


「ちょっと待って!」


二人が慌てて月を追いかける。


声に気づき、月が足を止めた。


「はい?」


近くまで来た二人は、月の姿を見て息を呑んだ。


「うわ……大丈夫?」


「どうしたの、それ」


月は二人を見る。


「水をかけられました」


「え……」


女子生徒たちが顔を見合わせた。


そのうちの一人の視線が、月の胸元へ落ちる。


「あっ……」


慌てて自分のカーディガンを脱いだ。


「これ着て」


「でも、濡れます」


「いいから」


月は差し出されたカーディガンを見る。


少し迷ってから受け取った。


「ありがとうございます」


濡れた制服の上から羽織る。


「保健室に行こ。着替え借りられるかもしれないから」


「でも、帰れば服があります」


「その格好じゃ帰れないって」


月が首を傾げる。


女子生徒が声を落とした。


「……ブラウス、透けてるから」


月は自分の胸元を見る。


「あ」


そこで初めて気づいた。


「行こ」


「分かりました」


促されるまま、月は歩き出した。


なぜ突然、話したこともない上級生が自分を追いかけてきたのか。


月には分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。