↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルナは、恋をした。―完璧な御曹司に振られたので、まず私のことを知ってもらうことにしました―   作者: たまご
高校編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/22

第10話 ルナは、応援します

体育館には、朝から大きな歓声が響いていた。


バスケットボールが床を叩く音。

笛の音。

観客席から上がる声援と、笑い声。


今日は、年に一度の球技大会だった。


白鳳学院では、学年混合のクラス対抗戦が行われる。


男子はバスケットボール。

女子はバレーボール。


勝ったチームは次の試合へ進み、負ければそこで終わる。


体育館脇の更衣室。

月は袖をまくった。


「……痛っ」


青紫色の痣を押すと、皮膚の奥へ鈍い痛みが広がった。

その隣には、黄色く薄れ始めた古い痣。


肩にも。

肘にも。

短パンに隠れた太ももにも。


球技大会が近づいたこの一週間。

練習のたびに、新しい痣が増えていた。


『朝比奈さん!』


名前を呼ばれ、顔を上げる。


直後。

強く打たれたボールが、腕へぶつかった。


『あー、ごめん!』


謝る声の後ろで、笑い声が聞こえた。


次は肩。

その次は腕。


月が受け損ねるたびに、


『ちゃんと取ってよ』

『もう一回いくよー』


と声が飛んだ。


月は、自分が上手く取れないせいだと思っていた。


自分が失敗するから、練習が止まる。

ならば、次は取らなければならない。


『もう一回、お願いします』

痛みの残る腕を、月はもう一度前へ出した。


*


「朝比奈さん」


呼びかけられ、月は我に返った。


同じクラスの女子生徒が、更衣室の入り口からこちらを見ている。


「開会式、もう始まるよ」


「あ、はい!」


月は慌てて袖を下ろし、更衣室を出た。


観客席の前には、競技ごとの対戦表が大きく掲示されている。


一年A組女子の初戦は二回戦からだった。

試合開始までは、まだ時間がある。


月は対戦表へ近づき、男子バスケットボールの欄を指で辿った。


「二年A組、二年A組……」


見つけた名前と現在時刻を見比べる。


「あ!」


思わず大きな声が出た。


「ちょうど今です!」


自分たちの空き時間と、二年A組男子の初戦が重なっていた。


月はすぐに男子バスケットボールのコートへ向かった。

白いユニフォーム姿の男子生徒たちが、試合前の準備をしている。


その中に、見間違えるはずのない姿があった。


「一条先輩……!」


凪はチームメイトからボールを受け取り、軽く床へ弾ませている。


長い脚。

真っすぐ伸びた背中。


試合前だというのに、周囲の生徒のように騒ぐこともなく、表情もほとんど変わらない。


月は観客席の一番前まで行くと、大きく息を吸い込んだ。


「一条せんぱーい!」


体育館のざわめきを突き抜けるほど、大きな声だった。


「頑張ってくださーい!」


近くにいた生徒たちが、一斉に月を振り返った。


月を見て。

その視線の先にいる凪を見て。

また月を見る。


「あれ、例の一年じゃない?」


「まだ一条様のこと好きなんだ」


「よくあんな大声出せるよね」


あちこちで笑い声が漏れる。


月は周囲へ目を向けなかった。

視線はずっと、コートの中の凪を追っていた。


試合開始の笛が鳴る。


凪がボールを受けた。

相手選手の横を抜き、そのままゴール下へ切り込む。

床を蹴り、跳ぶ。

指先から離れたボールが、リングへ吸い込まれた。


歓声が上がる。


「すごいです!」


月も立ち上がり、両手を叩いた。


「さすが一条先輩です!」


次の攻撃でも、凪は得点を決めた。


「一条先輩、頑張ってください!」


パスを通せば、

「今のも素敵でした!」


シュートを外せば、

「次は入ります!」


相手にボールを奪われれば、

「まだ時間があります!」


休む間もなく声援が飛んでくる。

「一条、お前の応援団すごいな」


すれ違いざま、チームメイトの男子生徒が笑った。


凪は答えず、ボールを受ける。


「一条先輩、頑張ってー!」


また声が飛んだ。


凪の眉間に、わずかに皺が寄った。


それでも観客席へは目を向けず、そのまま試合を続ける。

試合は、二年A組の勝利で終わった。


終了の笛が鳴ると、月は自分のクラスが勝ったかのように立ち上がった。


「やった!」


何度も拍手する。


「朝比奈さん」


返事はない。


「朝比奈さん!」


今度はかなり強く呼ばれ、月はようやく振り返った。


「何してるの。もう集合時間過ぎてるけど」


「あっ」


月は壁の時計を見た。

集合時間を、すでに数分過ぎている。


「すみません!」


慌てて観客席を離れる。


階段を下りながらも、一度だけ後ろを振り返った。


「一条せんぱーい!」


再び大きな声が体育館へ響く。


「次の試合も頑張ってくださいね! ルナは応援しています!」


言うだけ言うと、返事を待たずにバレーコートへ走っていった。


凪はタオルで汗を拭きながら、遠ざかっていく月を一瞥した。


隣の男子生徒が吹き出す。


「ほんと、すごいな。あの子」


凪は何も答えなかった。


*


一年A組女子の初戦の相手は、三年生だった。


試合開始の笛が鳴る。


最初のサーブが高く上がった。

ボールは月の正面へ飛んできた。


月は両腕を出す。


バンッ。


受け止めきれなかったボールが腕を弾き、後ろへ飛ぶ。


「アウト!」


相手チームから歓声が上がる。


同じチームの女子生徒が、小さく息を吐いた。


「朝比奈さん、本当に下手ね」


月は頭を下げた。


「すみません」


次のサーブも、月へ向かった。


一本目を受け損ねた時点で、相手チームは気づいていた。

月を狙えば、点が取れる。


試合なら当然のことだった。

サーブの順番が変わっても、狙われるのは月のいる位置。


「……っ」


今度は太ももへ当たった。


「今のは取れたでしょ」


責める声が飛ぶ。


「すみません」


やがて、味方から返ってきたボールが、不自然な角度で月へ飛んできた。


「朝比奈さん!」


名前を呼ばれ、月が顔を上げる。

反応するより早く、ボールが肩へぶつかった。


「……っ」


鋭い痛みが走った。


「ごめーん! そっちに飛んじゃった!」


謝る声。

その後ろで、笑い声が聞こえた。


月は肩を押さえながら、首を横へ振った。


「大丈夫です」


試合は続いた。


自分が失敗するたびに、相手の点が増えていく。

次こそは、きちんと取らなければならない。


月は痛む腕を伸ばし、もう一度構えた。


*


試合は、大差で終わった。

終了の笛が鳴る。


相手チームから歓声が上がった。


月は赤く腫れた腕を押さえた。


「……痛っ」


すぐ隣にいた女子生徒が、その声に振り向いた。


水瀬柚。(みなせ ゆず)


同じクラスではあったが、普段ほとんど話したことはない。


柚は月の腕を見た途端、表情を変えた。


「朝比奈さん、それ……大丈夫?」


月は自分の腕を見る。

少し動かしてみた。


肘を曲げると、肩から腕にかけて鈍い痛みが走った。


「動かすと痛いです」


柚が眉を寄せた。


それから、少し離れたところにいる女子生徒たちを見た。


何人かがこちらを見ながら、笑っている。


柚は一瞬、口を閉じた。


「……保健室で冷やしてもらった方がいいと思う」


月は腕をもう一度動かした。

やっぱり痛い。


「でも、次の試合が――」


「もう負けたから、次はないよ」


「あ」


月は動きを止めた。


そうだった。

負ければ、そこで終わる。


「そうでした」


すぐに頷く。


「では、ルナは保健室へ行ってきます」


月は柚へ小さく頭を下げた。


「教えてくれて、ありがとうございます」


「……うん」


柚は何かを言いかけた。


けれど、周囲の視線に気づき、それ以上は何も言わなかった。


*


養護教諭は、月が体操服の袖をまくった途端、手を止めた。


「……これ、全部今日できたの?」


月は自分の腕を見る。


赤く腫れた部分。

青紫色の痣。

黄色く薄れ始めた跡。


一つずつ見比べる。


「これは今日です」


赤い部分を指す。


次に、青紫色の痣へ指を移した。


「これは……たぶん練習のときです」


「練習で、こんなに?」


「はい。ルナが上手くボールを取れなかったからです」


養護教諭は、しばらく月の顔を見ていた。


「……そう」


それから、冷凍庫から氷嚢を取り出し、月の腕へ当てる。


「しばらく冷やしていなさい。腫れが引いたら薬も塗るから」


「分かりました」


冷たい感触に、腕の熱が少しずつ引いていく。


そのとき。

保健室の扉が開いた。


「失礼します」


低く落ち着いた声とともに、柔らかな白が月の視界へふわりと広がった。


月は弾かれたように顔を上げる。

この色を、間違えるはずがない。


一人の男子生徒が、もう一人の男子生徒に肩を貸しながら入ってきた。


けれど、月が見たのは、足を庇う男子生徒ではなかった。


その身体を支えている方。

一条凪。


「あっ、一条先輩!」


月の表情がぱっと明るくなる。


「一条先輩、怪我したんですか?」


凪は月を一度見た。


「俺、俺。怪我したの、俺だから」


そこで初めて、月の視線が男子生徒へ向いた。

片足を床へつかないようにしている。


「ああ」


月は納得したように頷いた。

それから、もう一度凪を見る。


「一条先輩じゃなかったんですね」


「うん。残念ながら俺」


月はほっと息を吐いた。


「よかったです!」


「……俺はよくないけどね」


男子生徒が、小さくぼやいた。

凪は何も言わず、そのまま友人を空いているベッドまで連れていった。


「どうしたの?」

養護教諭が尋ねる。


「試合中に足首ひねったみたいです」

凪が短く答えた。


「じゃあ、ここに座って。見せて」


養護教諭が友人の足首を確認し始める。


凪はベッドの脇に立ったまま、ふと視線を動かした。


月がいる。

氷嚢を当てた腕。

袖口から覗く、青紫色の痣。

赤く腫れた肘。

短パンの裾から覗く太ももには、黄色く薄れかけた跡も残っている。


凪の目が止まった。


「また会えましたね!」


月はその視線にも気づかず、嬉しそうに笑った。


凪の眉が、わずかに寄る。


「……それ」


「え?」


凪の視線を辿り、月は自分の腕を見る。


「ああ! これですか?」


氷嚢を少し持ち上げた。


「ルナが上手くボールを取れなくて……」


凪は、もう一度痣を見る。


「……バレーボールだろ?」


「そうですけど」


月は不思議そうに瞬きをした。


「それがどうしたんですか?」


凪は数秒、月を見ていた。


「……いや」


それだけ言って、視線を外した。


「凪」


ベッドへ横になった友人が呼ぶ。


「俺、ちょっとここで休んでくわ。次の試合あるだろ?」


凪は時計を見る。


「……分かった」


「ありがとな」


凪は小さく頷き、そのまま保健室を出ていった。


月は、その背中を見た。


「一条先輩!」


もう返事はない。


月は腕に当てていた氷嚢を置き、立ち上がった。


「ルナも行きます!」


「え?」

養護教諭が顔を上げる。


「朝比奈さん、ちょっと待って。まだ薬――」


「ありがとうございました!」


言い終える頃には、月は保健室の外へ出ていた。


廊下を歩いていた凪へ、小走りで追いつく。


「一条先輩!」


凪は歩いたまま答えた。


「……何だ」


「次の試合もあるんですよね?」


「……」


「ルナ、応援します!」


凪の眉間に皺が寄る。


「来なくていい」


「でも、ルナも体育館へ戻るところです」


「……」


「一条先輩について行っているわけではありません」


凪が一瞬だけ月を見る。

月は真剣な顔で続ける。


「同じ方向ですから」


「……あっそ」


凪は前を向き、そのまま歩き出した。

二人の足音が、同じ方向へ続いていく。


「一条先輩」


「……」


「さっきの試合、とても格好よかったです」


「……」


「特に、最初のシュートが――」


「うるさい」


「はい」


月はぴたりと口を閉じた。


二人はそのまま、体育館へ向かった。


十秒ほど経った。


「一条先輩」


凪の眉間に、さらに深い皺が刻まれた。


「……何だ」


「次の試合も頑張ってください」


「さっき聞いた」


「はい!」


月は満足そうに頷いた。

凪は小さく息を吐いた。


月はその隣を、ぴたりと同じ方向へ歩いていた。


やがて、体育館から、大きな歓声が聞こえてきた。


二人の足音は、そのまま体育館へ続いていった。

【高校編・全48話執筆済み】毎週水・日更新


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。