第20話 答え合わせのち返事
「初めまして、ユウさん。私は――転生者です」
コートを着て、フードを目深に被った人物は、そう自己紹介した。
「転生者……か。俺に強く願うように言ったのは、君だよね?」
すると、彼女は小さく頷いた。
「どうして、俺を助けてくれたんだ?」
「……普通に貴方に壊れられると困るからですよ]
彼女はため息混じりに答えた。
「私はただ単純に貴方に会いにきただけなのに、来てみたら貴方が気を失っていたんです。そして、この子から話を聞いたら、どうやら一気に記憶を取り戻そうとする……なんていう暴挙をしたらしいじゃないですか。だから……仕方がなく貴方を助けただけです」
「ぼ、暴挙……?」
「ええ、そうですッ! 暴挙ですよ暴挙! 自然に少しずつ記憶を取り戻すのを待てばいいものを、どうして一気に記憶を取り戻そうとするんですか? 馬鹿ですか? 私がいなきゃ、永遠に植物状態でしたよ?!
彼女は、怒ったように幾つもの言葉をぶつけてくる。
「そ、そこまで言われるほどか……?」
「ええ、そりゃそうでしょ?! 貴方がやったのは自殺行為ですよ、自殺行為!」
それからも彼女は色々とまくしたててきた。
俺を心配している……んだよな?
彼女は数分後、ようやく落ち着いてくれた。
「とにかく……今回は私が偶然、来て良かったですね」
「ああ、本当に助かったよ……ところで、あのアドバイスはどういう意味だったんだ? どうして車の速度が遅くなったんだ?」
「それですか……」
彼女は、顎に手を当てて悩むと――
「この世界には運命が存在する……それはユウさんもわかってますよね?」
そう質問してきた。
「うん、車が物理法則を無視して方向転換してくるとか……運命は明らかに存在してるな」
「運命には、一見すれば抗えないように見えますが……この世界では違います。この世界では強い『自我』や『意志』によって、運命に打ち勝つことができるんです」
なんだその体育会精神みたいな話……。
「理由は私もはっきりわかっていませんが……恐らく、この世界がゲームの世界であることが関係しているのでしょう」
「……?」
俺は言っている意味がわからずに首を傾げた。
「元々、ゲームの世界には『自我』や『意志』というものは存在していません。人は全員、プログラム通りに動いています。つまり――『自我』や『意志』はこの世界における異物なんですよ。だから、この世界の運命には異物である『自我』や『意志』によって抵抗できるんじゃないかって思ってます」
「え、えっと……わかるような、わからないような……?」
「まあ、ここら辺はあくまで憶測なので、気にしなくてもいいですよ……それよりも、貴方は他に聞きたいことがあるんじゃないですか?」
「あ、ああ。そうだな」
俺は咳払いを挟むと、彼女をまっすぐ見つめて――
「どうして……君は、顔を隠してるんだ?」
そう質問した。
転生者同士、協力したいのであれば顔を隠すなんて真似、普通はしないはずだ。
すると、彼女は小さく笑い声を漏らした。
「ふふっ、それは……」
そして、フードに手をかけ――フードを取った。
フードの下から現れたのは、燃えるような赤い髪をした少女だった。
一見すれば、普通の高校生に見えるが……
「……ん?」
俺は少し、違和感を感じた。
なんか……見たことがあるような……?
――その時、一つの可能性が脳裏をよぎった。
「ッ……!? い、いや、そんなまさか……」
そんなわけない。
だって――この世界はギャルゲーの世界だろ?
「そんなまさか……ですよ。私も転生した直後は驚きましたけどね。だって――」
彼女は、自身の体を見つめて――
「――主人公に転生してしまった上に……主人公が女の子になっていたんですから」
そう言った。
ギャルゲーの主人公――秋葉渚。
彼女は――秋葉渚に転生した。
その上……女性化した?
「ま、待ってくれ……主人公に転生したところまでならわかるけど……女性化したっていうのは理解できないんだけど……」
「別に、それほどおかしな話じゃないですよ? 女性の魂が主人公に入り込んでしまった結果、肉体も女性化してしまった……というだけです」
な、なんだそれ……。
い、いや、そんなこと、あり得るのか……?
主人公と顔つきが似ているとはいえ、主人公の妹と言われたほうが納得できるぞ?
「証拠もありますよ」
「……なんだ?」
俺が尋ねると……彼女は、花恋に視線を移した。
そして、ゆっくり口を開いた。
「――ヒロイン全員死亡エンド。……その発生条件をユウさんは知っていますよね?」
「確か……ゲーム終了時にヒロイン全員の好感度が50%以下だったら……とかだったはず――ッ?!」
待て、そういうことか?
『ヒロイン全員死亡エンド』は、そう簡単には発生しないエンドだ。
なのに……どうして、この世界で『ヒロイン全員死亡エンド』が発生したのか。
それは――
「主人公が女だったから……ヒロインたちの好感度が上がらなかった……」
「……そういうことです」
彼女は――いいや、秋葉は申し訳なさそうに目を伏せながら、答えた。
「だから……私が今日、ここに来たのは謝罪のためなんですよ。ヒロイン全員死亡エンドを引き起こしてしまい――貴方を地獄に閉じ込めてしまって……本当にごめんなさい」
秋葉は、腰を90度に曲げ、真剣な声色で謝罪した。
「……別に秋葉が謝罪することじゃないだろ」
「え……?」
「だって、秋葉は望んで転生したわけじゃないだろ? 偶然、主人公に転生してしまって……結果、偶然、俺が苦しむことになった……それだけじゃないか」
「っ……そ、そう……ですか?」
秋葉は、意外そうにすると……
「……やっぱり、優しいんですね」
儚く目を細めて、笑みを浮かべた。
その後、俺と秋葉は少しだけ会話をし……連絡先を交換した。
転生者同士、これから何か問題があったら協力しよう……とのことだ。
俺もその考えには賛成だった。
この世界は……まだまだ不可解な点が多いからな。
――◇――◇――◇――
その後、秋葉は自分の家に帰っていき……部屋には花恋と俺だけが取り残された。
「センパイ……良かったです。意識を取り戻してくれて……本当に良かったです……」
花恋は、ずっと俺に抱きついたままだった。
「花恋……そ、そろそろ離れてくれてもいいんじゃないか?」
「むぅ……嫌です。センパイ成分が足りません……!」
そう言って、さらに花恋は抱きつく力を強めた。
全く……手のかかる奴だ。
俺は……花恋の頭を優しく撫でた。
「……でも、ありがとうな、花恋。あの時……花恋が呼びかけてくれなかったら、俺は……また精神を壊して……もしかしたら、秋葉の言った通りの植物状態になってたかもな」
「っ……! わ、私は……何もしてないですよ……頑張ったのは、今も昔も……センパイです」
花恋は震えた声でそう言った。
「私は……結局、センパイに無理させてばかりで……なのに私は役立たずで……ごめんなさい、センパイ」
「花恋……」
花恋は、怯えた様子で顔を上げた。
そして、パンドラの箱を開けるように恐る恐る……質問した。
「センパイは……全てを知った上で、こんな私をどう思いますか?」
「……そうだなぁ……」
花恋を……どう思うか。
俺は、しばらく考えた末に話し始めた。
「花恋は……確かに死に戻りで苦しんでいた俺を助けてくれなかった」
「ッ……そう、ですね」
「――でも、だからといって俺は花恋のことを恨んじゃいないよ。花恋が俺を助けなかったのには、何か仕方がない理由があったんだろ? なら仕方がない」
あの地獄のような苦しみは……誰のせいでもない。
強いていうなら、この世界のせいだ。
だから俺は花恋を恨んでいないし……むしろ、もっと仲良くなりたいと思っている。
「――でも」
俺は、花恋の瞳をじっと見つめた。
彼女は……子犬のように怯えていた。
そんな花恋に申し訳なさを感じながら――
「ごめん、花恋。俺は花恋とは――」
俺はゆっくりと、噛み締めるようにして言葉を紡いだ。
「――まだ付き合えない」




