第19話 苦しみのち希望
「ッ……ぐッ……?!」
ノートを読み終えた直後――頭が割れるような激しい頭痛が襲ってきた。
「ッ?! センパイ?! 大丈夫ですか?!」
花恋が心配した様子で駆け寄ってきた。
「あ、ああ……なんとか……だいじょう――」
その時だった。
俺の視界に映る全てが――歪み始めた。
絵筆の絵の具を落としている時のバケツみたいに、色がぐちゃぐちゃに混ざって、混ざって混ざって。
――最後には全てが漆黒に染まった。
――◇――◇――◇――
目が覚めたら……そこには何もなかった
何もない。
周りには無限の漆黒が広がっていて……俺はそんな中にポツリと立ち尽くしていた。
なんだ……ここは。
俺が周りを見渡していると……背後からエンジン音が、聞こえてきた。
その音は、とんでもないスピードで近づいてきている。
俺は思わず振り返ると――
「――ぐあッ?!」
そこには、猛スピードで接近する車があった。
花恋たち3人を轢こうとした例の車だ。
俺が振り返った時には、もう車は目の前まで接近してきており……俺は、そのまま轢かれた。
激しい痛みが全身を襲った。
けれど……俺の体のどこにも怪我はなかった。
「……な、なんなんだ? ここ……」
もしかして、ここは俺の……心の中なのか?
そう思っていると――漆黒の空間の中に3人の人影が目に入った。
それは――花恋たちだった。
彼女たちは仲良さげに談笑しながら歩いていたが――彼女らの死角から一台の車が接近してきていた。
「危ないッ!」
俺は、咄嗟に彼女たちに駆け寄ると――突き飛ばした。
そして、彼女たちの代わりに……俺が轢かれた。
「がはッ……」
全身の至るところの骨が折れて、内臓すらも破裂したような……そんな激痛だった。
俺は地面に這いつくばりながら、花恋たちに視線だけを向けると――またしても、彼女らの死角から一台の車が接近してきていた。
ま、まさか――
「これは……死に戻りの再現なのか……?!」
じゃあ……つまり、この地獄が……あと1万回以上、続く……のか。
「嘘……だろ?」
冗談だよな……?
そう思っても、花恋たち目掛けて走る車が止まることはない。
俺は、体に鞭を打って、駆け出した。
そして……今度は、俺自身の身も守れるように、3人と一緒に車の進行方向から逃げた。
――次の瞬間、車の方向が一瞬で変わった。
まるで運命が左右したかのように……車は物理法則を無視して回転し……俺たち全員を轢き殺した。
その後も、色々な方法で俺が死なずに3人を助けられないか挑戦した。
――全部、無駄だった。
思いつく限りの全ての方法を試しても、何をしても……運命は変えられなかった。
そうして……100回ほど、死んだ頃。
俺の心は……壊れた。
「あ……あああああああああああ」
衝動に任せて自分の首を両手で絞める。
希望も何もない地獄を……1万回という無限ともいえる回数、経験しなければならないのだ。
それも……ただ1人ぼっちで。
耐え切れるわけがないッ!
こんなの……精神が壊れるに決まっているッ!
もう、やめよう。
諦めて、何もしなければいい。
そうすれば……これ以上、痛みを感じることはない。
――けれど……そしたら多分、この暗闇から永遠に抜け出すことはできないのだろう。
でも……もういいや。
全部。
どうでもいいや。
――俺は、全部を諦めて、地面に大の字に寝っ転がった。
遠くから聞こえてくるエンジン音を聞きながら……ゆっくりと目を閉じた。
そして、暖かな泥の中に居るような微睡に身を委ねて……そのまま――
「――……ぱい、……んぱい……センパイッ!」
どこからか、声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だ。
幼さが混じった……心配するような声。
ああ、そうだ。
今、ここで俺が壊れたら……花恋はどうなるんだよ。
彼女は永遠に告白できずに……俺を壊した罪悪感に苛まれながら、永遠に生きていく。
月乃も雪那も、きっと同じようなことになるだろう。
――それだけは、ダメだ。
3人には……せめて、幸せに生きてもらわなくちゃ……。
「――……い、目を……して……センパイッ!」
花恋の声が、徐々にはっきり聞こえてきた。
そうだ。
今回は……あの時みたいに一人ぼっちじゃないんだ。
俺には応援してくれる人がいる。俺を必要としてくれている人がいる。俺を大切に思ってくれて……好きでいてくれる人がいる。
前回と違って、絶対に諦めちゃいけない理由がある。
「……やるか」
俺は、立ち上がった。
そして――俺は、今回は知っているのだ。
このクソッタレた運命は変えられるって。
考えろ。
俺はどうして、あの時、運命を変えて、花恋たちを救うことができたんだ?
考えろ。
考えろ考えろ考えろ。
「同じ行動を……してみるか」
そうすれば、何か見えてくるかもしれない。
「――ちょっと待ってくれ!」
俺は、3人の前に飛び出した。
そして、3人を安全な場所に押しこむ。
すると、案の定、車は物理法則を無視して方向転換し、こちらに向かって走ってくる。
ここで、俺が3人を突き飛ばせば――
――あれ? 車の速度が……速すぎないか?
あの時とは違う。
あまりにも……車の速度が速い。
これじゃあ、3人を突き飛ばすのも間に合わないぞ……ッ?!
「――強く、願ってください」
刹那――謎の声が脳内に響いた。
花恋の声じゃない。けど……少し幼さを感じる女性の声だ。
「――ヒロインたちを助けたいと、とにかく強く願ってくださいッ!」
「っ……わかった」
そんな根性論でなんとかなるのか……と思ったが、俺はとりあえず声に従ってみた。
3人を助けたい、絶対に、何がなんでも……助けなきゃいけないんだ……ッ!
次の瞬間――車の速度が目に見えて遅くなった。
これなら……いけるッ!
「ッ!!!」
俺は全力で3人を突き飛ばし――そのまま俺も、車から逃げるように前方に飛び込んだ。
車は……激しいエンジン音と共に、どこかへ走り去っていった。
全員、無事だった。
3人も、俺も……俺の右足も。
刹那、暗闇は光に塗り変わっていった。
「……ん……?」
光が晴れた時、俺は目を開けた。
「――センパイッ!」
花恋が俺に飛びついてきた。
「……良かった……センパイが目を覚ましてくれて……良かった……」
花恋は俺の胸に顔を埋めて、何度もそう言った。
俺は、彼女の頭をゆっくり撫でた。
花恋が何度も、声をかけてくれたお陰で……俺はあの時みたいに、諦めずに済んだのだ。
そうして、俺は全ての記憶を取り戻した。
それらは形容しがたほどに苦しくて、思い返すだけで震えてしまうほどの恐ろしい記憶だけれど……今の俺なら、そんな記憶にも上手く付き合っていけるような気がした。
これにて……ハッピーエンド。
――と、言いたいところなんだが……。
「……ところで……君は、一体、誰だ?」
さっきから俺たちをじっと見つめる存在がいた。
コートを着て、フードを目深に被った人物は、幾ばくかの沈黙の後、俺の質問に答えた。
「初めまして、ユウさん。私は――転生者です」
と。




