第21話 拒絶のちハッピーエンド
「ごめん、花恋。俺は花恋とは――付き合えない」
「ッ……」
花恋の表情から、感情が抜け落ちていく。
瞳から光は消え、焦点が合わなくなっていき……震える手で俺の服の裾を掴んだ。
「あはは……やっぱり……私なんかが彼女なんて嫌ですよね……魅力もないし、センパイが苦しんでいた時、助けられなかったし……」
花恋は俺から少し距離を取って……俯いた。
「ごめんなさい。センパイ……私なんかがセンパイのことを好きになってしまって……本当にごめんなさい。好きでもない相手から好意を向けられるなんて迷惑でしたよね……」
そう言って、花恋は鞄を持って、俺に背中を向けた。
「――ちょっと待ってくれ!」
俺は思わず彼女の服を掴んだ。
「……なんですか? センパイ? ……ああ。私なら、センパイの迷惑にはならないように生きていくので安心していいですよ……?」
「違う、そういうのじゃなくて……俺が花恋の告白を断ったのは花恋が嫌いだからじゃない……ッ! 俺は言っただろ? 『まだ付き合えない』って……!
「ま……だ?」
花恋は、驚いたのか思わずこちらを振り返った。
――彼女は泣いていた。
目から涙を溢れさせ、表情はぐちゃぐちゃだった。
「あっ……ご、ごめんなさい。泣き顔なんて見たくないですよね」
花恋は俺のことを本当に好きなのか。
本心から……俺を好きでいてくれるのか……。
「――花恋の好意は嬉しいよ」
「え……?」
「俺さ、今まで女の子に好きになってもらったことなんて一度もないし……それに、花恋みたいに可愛くて優しい子に好きになってもらえて嬉しいんだ」
「……で、でもセンパイ。私とは付き合えないって……」
「――まだ……ね」
「俺は……花恋のことを殆ど知らない。いや……花恋はゲームのヒロインだったから、趣味や性格とかは知っているんだけど……難しいな、なんて言えばいいんだろう」
俺は頬を掻きながら、思考を巡らせると――
「知識として知っていても、実際に花恋については知らない……というかさ」
「……どういうことですか?」
「ほら、この前、花恋は『誰かを好きになるのに理由はない』って言っていただろ? 俺も最近……あの考えがわかってきたんだよ」
俺は花恋に視線を戻して……柔らかく微笑んだ。
「俺はさ、花恋が何を好きなのか、どんな性格なのか、どんな魅力があるのか、どれだけ可愛いか、一途なのか……全部、知ってる。けど、それらの情報だけを見て花恋を好きになることは絶対にないんだ。――だって……それらはあくまで好きになった後で、後付けされる理由でしかないから」
もしも、情報だけを知って好きになるのであれば。
それは――理由があって誰かを好きになったということになる。
可愛いから。優しいから。一途だから。お金持ちだから……など。
全ては、好きになった後で、後付けされる理由であり、これら理由が先行して誰を好きになることはない。
――少なくとも、俺は。
「誰かを好きになるために必要なのは、情報じゃない――その人と積み重ねた経験だよ」
「っ……」
「少なくとも、俺はそう思ってる。……まっ、恋愛なんて一度もしたことのない童貞クソ野郎の説得力ゼロの考えだけどな。ははっ」
俺は呆然とこちらを見つめている花恋の手を握ると――
「俺と花恋は……一緒に過ごした時間が短すぎる。花恋が好きかどうかなんて……積み重ねた経験が少なすぎてわからないんだよ」
優しく、そう言った。
これは、正真正銘の本心だった。
花恋は俺の言葉を聞き、動揺したように瞳を揺らす。
「じゃ、じゃあ……もしも、センパイともっと時間を共にしたら……センパイは、告白を受けてくれるかもしれない……っていうことですか?」
「勿論。俺は花恋のこと、嫌いじゃないからな。むしろ……花恋とはもっと仲良くなりたいって思ってる」
「ッ……な、なんですか……なんなんですか、それ……ッ!」
花恋は苦しそうに顔を歪めると――
「――そんなこと言われたら……諦められなくなっちゃうじゃないですか……ッ」
震える声で、そう言った。
沈黙が俺たちの間を支配する。
花恋は苦しそうに拳を握りしめていて……俺はそれをじっと見つめていた。
そして、数秒後。
沈黙を破ったのは花恋だった。
「……嘘だったら、絶対に許しませんからね」
ボソリと、花恋は言った。
「これは嘘なんかじゃない。俺の本心なんだけどな……?」
「……そう、ですか……嘘は……ついてないみたいですね」
花恋は、無言で俺に近づいてくる。
そして……俺の胸元に……ダイブしてきた。
「か、花恋……?」
「……ずるいですよ、センパイ……折角、諦められそうだったのに……この想いを忘れようと思っていたのに……」
花恋は俺の胸元に顔を埋め、何度もポカポカと叩いてくる。
そして、幾ばくかの沈黙を挟んでから、顔を上げて――
「――もう、絶対に諦めてやりませんから……ッ!」
花恋は決意の籠った瞳で、俺をまっすぐ見つめていた。
けれど、目元には拭いきれなかった涙が残っていた。
「……ああ、俺も花恋を好きになれるように頑張ってみるよ」
そんな花恋に。
俺は――ありったけの微笑みを返した。
――◇――◇――◇――
「……き、記憶を取り戻した……ですか?!」
翌日。
雪那と月乃には、事の詳細を話した。
昨日、俺が全ての記憶を取り戻したこと。
その上で――3人のことを一切、恨んでいないこと。
「……許すんですか? ユウさんが苦しかった時に何もできなかった最低な私を……許してくれるんですか?」
月乃は、動揺していた。
「勿論、許すよ。てか……そもそも、3人のことは恨んでないからな。あれは――仕方がなかったんだよ。誰のせいでもないんだ」
俺は月乃と雪那に対してそう言うと――
「――だから……俺について、罪悪感を感じすぎないで欲しいな」
「ッ……そ、そっか……ユウはあんな苦しい想いをしても、そう言ってくれるんだね……」
その後、雪那は不安げに俺を見つめて――
「ねえ、ユウ。そしたらさ……あたしはもう、ユウの周りには必要ない?」
そんな質問をしてきた。
「――そんなこと、絶対にない」
即答だった。
「俺は……3人と純粋に仲良くなりたいんだ。……ダメか?」
「だ、ダメなわけないでしょ! あたしなんかでいいなら、幾らでも仲良くさせて欲しい……」
「私も是非、ユウさんと仲良くなりたいです。……一生、償うって約束もしましたし」
良かった……。
二人とも、俺と今度も仲良くしてくれるようだ。
月乃に関しては、最後に変な言葉が聞こえた気がするが……聞かなかったことにしよう。
「ありがとう、二人とも!」
そして……最後に、俺は花恋に視線を移す。
「ん? どうかしましたか? センパイ? 私は断れようとも、センパイに仲良くしにいくつもりですよ?」
「あはは、ありがとう、花恋」
俺は、3人の顔を見渡す。
そして。
「――3人とも、これからも……よろしく」
全員に向かって、微笑んだ。
きっとそれは……今までで一番の笑顔だっただろう。
これは……仮初なんかじゃない。
きっと本物のハッピーエンドだ。
過去に決別し、3人全員を本心から赦し……未来への希望を胸に抱いている。
誰がどう見たって、本物じゃないか。
そのはずなのに……俺の心の中には、ずっと一つの疑問があった。
――どうして、俺たちは死に戻りを繰り返していたのか。
という最初に抱いた疑問が。




