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四章第13話 生贄の刻印とは。

「生贄の刻印……?」


 なんだかゲームみたいなワードだな。と、一瞬思考が泳いだ。現実逃避したかったのかもしれない。もともとゲームだ。

 でも、このゲームにそんな言葉は出てこなかった。最後までやっていないから知らないだけ?

 ううん、エタロマの他の作品でもそんな言葉は出てこなかった。

 もし聞いていたら私が生贄になると知ったとき、このあざを受けたとき、どこかで思い出しているだろう。その程度に印象強い言葉だ。


 知らない言葉。だけど、よくないものだろうとその響きから伝わる言葉。


「生贄の刻印? それってなんなの?」


 私はその言葉を繰り返しただけで何も聞けなかった。

 他のみんなも何も言わないからか、素直で純粋なアルベルトがカイルに問いかけた。

 質問されたカイルはアルベルトを見て、それから私を見て、そして私の手の甲に目線を合わせてから、視線を落として口を開いた。


「俺も実際に見たことはない。だから恐らく、としか言えないが、多分、恐らく、それがそうなんだと思う。邪教徒がつける、生贄の目印、らしい」


 カイルがこんな風に、人と目も合わせずに途切れがちに自信なく話す様子を初めて目にした。いつも強気で自信がある振る舞いを崩さないのに。戸惑いが感じられる。

 彼が、封印の魔導書の英雄の家系が何を知っているのかはわからないが、聞いただけの話だ。自信なんて持てないだろう。

 闇色の竜が蘇ったのは、一番近くて四百年前。

 実際の状況を知るものなんていないし、伝承されたことが正しいかも確認しようがない。


 それでも、今の私たちには、カイルの伝承された知識しか手がかりがない。


「生贄の目印? 生贄ってそもそも何のこと?」

「闇色の竜の封印を壊すための、復活させるための生贄だ」

「封印を壊す? 復活? 壊すってどうして……あ、みんなは知っているの? 何か受け継がれている話があるの?」

 

 アルベルトがキョロキョロと視線を動かしてみんなを見る。自分だけが知らないのか不安になったらしい。


 彼の父親は約十年前に事故で亡くなっている。

 この国の歴史の中で、四英雄家の当主が亡くなり、他に血をひいたもの受け継いだりすることは今までもあっただろう。

 それでも今ここにいる四英雄の中で、実の父親、直系同士での継承をしていないのはアルベルトだけだ。


 聖具の継承、炎の剣の儀式のように、父から直接引き継ぐはずのものがあったのではないか? そんな不安がよぎったのだろう。


 だけど、これに関してはデュランもクリスも知らないようで、首を横に振った。

 クローディアとオリビアは答えるまでもないと思ったのか、首を動かすことすらしなかった。闇色の竜に関する情報で、四英雄と王家が知らないものが他家に受け継がれているわけがないものね。

 私も無言の否定をした。私の前世の知識よりもカイルの方が確かだろう。


 アルベルトも含め全員が知らないとわかると、デュランが質問を続けた。


「カイルは何か知っているのか? 教えてくれ。頼む、何か、助ける方法はないのか?」


 デュランはかすれたような、懇願するような声でカイルに告げる。カイルはそれを受けてゆっくりと目を伏せて、口を開いた。


「俺が知っていることはすべて話す」



 ――昔々、エルトシアという国が生まれるその前、どこからか闇の魔力が湧き、魔物が生まれた。


 生き物は闇の魔力で満たされると魔物になる。

 鳥が闇の魔力で満たされれば鳥の魔物が生まれる。

 ウサギが闇の魔力で満たされればウサギの魔物が生まれる。

 そして、竜が闇の魔力で満たされ、闇色の竜が生まれた。


 生き物を倒せば魔物は倒せる。だけど竜の力は強大で、光魔法を操る青年も、剣と槍と弓に長けた青年も、力を削ぐことは出来ても闇色の竜を倒すことが出来なかった。


 そこで一人の青年が、封印魔法で竜を封印した。


 この封印が解けないように、もし解けたとしても再び戦えるように、光魔法を操る青年はここに国を作ることを提案した。

 いつか戦うときのために光魔法を、剣を、槍を、弓を、封印魔法を受け継ぎ、闇色の竜から人々を護ろうと。


 こうしてエルトシアは生まれた。


 そうして封印から数百年が経ったとき、闇色の竜は再び蘇った。長い年月のうちに封印はほころび、崩れてしまうとわかった。


 しかし光魔法と聖具と呼ばれる武器と封印魔法があれば闇色の竜を再び封印することが出来ることもわかった。


 こうしてこの国は、数百年に一度目覚める闇色の竜との戦いを繰り返している。――


「ここまではみんな知っているな?」


 カイルの問いかけに、各々うなずいたり、言葉を返して肯定する。


 ここまではこの国のものなら誰もが知っている。おとぎ話のようにこの国に語り継がれている史実だ。


「リンダ嬢は、封印の限界を知っているか?」

「長くても四百年、ですよね。それに来年が前回の封印から四百年目」

「ああ、リンダ嬢も知っていたか」


 カイルはそう言って一瞬だけデュランを見た。デュランはそれに気がついていないのか、表情を変えることはなかった。

 私がデュランから聞いていると思ったのだろう。これはゲームの知識で知っているだけだけど。


 ここからはこの国のものでも、一部のものにしか伝えられてい

ない話。


 封印は四百年以上続くことはない。

 歴史上で百年と持たずに封印が解けたこともあるから、必ず四百年持つわけではないが、四百年以上続いた例はない。数十年から四百年、それが封印の限界といわれている。


 いわれているといっても、公にはされていない。知っているのは王家と四英雄と、戦いに参加すると決まったもの達くらいだろう。


 公にされないのはわかる。

 いつそんなことが起こるかわかっていれば、民は不安になるし、治安も悪化するだろう。

 間もなく国に闇色の竜が、魔物が蘇って被害が及ぶかもしれないとわかれば、国から人は出ていくし犯罪も増えるだろう。


 だからエルトシアの民は、もうすぐ闇色の竜が蘇ることを、封印の限界といわれる四百年目が来年に迫っていることを知らない。


 この場で四英雄家でも戦いに参加する予定もない、唯一知らない可能性のある私が封印の限界年数を知っているとわかり、カイルはうなずいて続きを話し出した。


「どんなに遅くても今から一年以内には闇色の竜は復活する。だから俺たちは闇色の竜と戦って封印をする。そのために、まずは封印を一度壊すんだ」

「……壊す? 壊れるのではなくて、ですか?」


 壊す。

 それだと意図的だ。封印は四百年で限界を迎える。壊すというより壊れるのではないのだろうか。


 生贄の血で聖具を穢せば封印は壊れる。

 前世で課金してこのゲームをやりこんだマリーローズからそう聞いている。


 それはほころびた封印に与える最後の一撃のようなものだと私は思っている。恐らくマリーローズも。

 いくつもヒビが入ったまま耐えているガラスに対して圧力を加えるような、膨らみきった風船に針を刺すような。


 邪教徒や魔物の働きによって、偶然にその最後の一撃が、聖具が生贄の血で穢れる状況が発生し、やむを得ず、封印は壊れるのだと思っていた。

 だけど壊すという言い方だと、まるでわざと生贄を殺めるみたいじゃないか。


「壊れるより、わざと壊すに近い。もう一度封印をかけるために」

「……どういうことですか?」


 封印をかけるために壊す?

 そのまま上から封印したら良いじゃないか。重ねたら良い。どうしてわざわざ危険を冒して壊す必要があるのか。


 ゲームの都合上とか話の展開上とか、そういった制作側の問題だとしても、実際に戦う側、犠牲になる側からしたら、そんなことはどうでもいい。

 そんな風にいうわけにもいかず、どういうことなのかとしか聞けず、カイルの返事を待った。

 それほど長い沈黙でもなかったのに、やたらと長く感じた。


「封印魔法は魔物を封じるものじゃない」

「え?」

「どういうこと?」


 声を上げたのは私だけじゃなかった。アルベルトの声も聞こえた。

 見ると私とアルベルト以外のデュラン、クリス、オリビアも目を見開いたりと表情を変えていた。

 クローディアに驚いた様子がなかったのは婚約者のカイルから何かを聞いているのかもしれない。


「封印魔法は魔物の中にある魔力を封じるものなんだ。魔力に触れないと封じられない。だから魔力に触れられるように、それを阻む封印を壊すんだ」

「魔力……。闇の魔力を封じるのですか?」

「闇と、光だ」

「闇と光……」

「闇色の竜はもともと闇の魔力を持っている。そこに光魔法と聖具で光の魔力を与えて、闇の魔力と光の魔力を拮抗させた状態で、ようやく封印魔法は効果を発揮するんだ」


 悔しいことに納得し、私はそっと視線を落とした。

 私が前世で読んだ攻略サイトの情報とも、マリーローズから聞いた話とも矛盾がない。


 ゲームでの最終戦、闇色の竜を封印するための流れ。

 戦闘が始まったら、まず光魔法でバフをかけた聖具で、闇色の竜にダメージを与える。

 ある程度ダメージを与えると、光魔法を直接闇色の竜にかけることができる。

 そして光魔法がかかったら、封印魔法が使用可能になる。

 封印魔法はすべてのMPを使い切り、一度使えば魔導書は修理が必要な状態になるが、百パーセント成功する。

 そうして闇色の竜は封印されてボス戦は終了、ゲームクリアとなる。

 そんな流れだったはず。


 ゲームシステムとして竜のHPが一定以下になって光魔法がかかった状態が封印魔法の条件なのだろうと思っていたが、あれは、聖具や光魔法はダメージを与えつつ、光の魔力を打ち込んでいたのか。


 私がそんな風にぼんやりと考え込んでいると、アルベルトがカイルに質問を始めた。


「封印はどうして限界がくるの? 闇の魔力と光の魔力に触れていれば封印は続くんじゃないの?」

「闇色の竜に打ち込んだ光の魔力が、闇の魔力に蝕まれていくらしい。それで光の魔力が弱まり、封印魔法が成立しない状態になっていく。そこに少しのきっかけを与えれば壊れる。そう聞いている」

「聞いているって言うのは、封印の魔導書の家系にしか伝えられない話?」

「ああ。封印の魔導書の使いどころを見誤らないように伝えられているんだ。魔力の消費が激しくて何度もむやみにかけられるものじゃないからな」


 封印の魔導書の英雄がどんな知識を受け継いでいるのかなんて、まったく知らなかった。

 私にわかることは、今ひとつしかない。


「その壊れそうな封印魔法に与える少しのきっかけが、生贄の血で聖具を穢す、ということですね?」


 質問のように語尾を上げてしまったが、答えは聞かなくてもわかっていた。

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