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四章第12話 黒い魔力のようなもの。

「この家の庭に、魔物が……」


 デュランは噛みしめるように呟く。

 驚くのは無理ないよね。今まで私も何度もマグノリア家に来ている。だけど、魔物が出たこともないし、出ると聞いたことすらなかった。


 闇色の竜の復活が近づいたせい? その前兆?


「デュラン、マグノリア領に魔物が出たことは?」

「いや、ない。俺は、聞いたことはない」


 デュランは質問に答えてうなだれるように下を向いた。質問したカイルはそれ以上デュランを追及することはしなかった。

 なんとなく気まずくなり、私はそっと手を上げて会話に参加した。


「あの、私もマグノリア領で魔物にあったのは今回が初めてです」

「わかった。……それで、魔物が出てきたときに髪飾りが壊れて、以降つけてないんだな。髪飾りに触ると、それができてからか?」


 カイルは自分の手の甲をトントンと指で叩いたあと、私の手の甲を指し示した。


「はい。このあざが出来てからは髪飾りに触ると痛みます。ただ、壊れてつけてないわけじゃないですからね。壊れたといっても石が外れただけですから」


 なんとなく、デュランからもらった髪飾りをひどく壊したとは思われたくない。そう思って言い訳のようなことを始めてしまった。


「魔物が出た以降は髪飾りをつけていませんが、それはつけられないほど壊れたからじゃなくて、アゼル様からの助言です。石が外れたのを見て、槍の稽古の時は髪飾りを外した方が良いと言われたからです。私もこれ以上壊したくはありませんし。あれは大事な……」

「待て、アゼルがあの髪飾りを外すよう促したのか?」


 私の言葉は片手をあげたカイルに遮られた。意味のない言い訳だったから良いのだけど、カイルは意味がありげな声色だった。

 私はただ、はい、とうなずいて肯定した。

 カイルはまた声のトーンを落として、ゆっくりと私に尋ねる。


「リンダ嬢、アゼルはその髪飾りに触ったことは? その時の反応は?」

「アゼル様は……髪飾りに触ったことはありません」


 聞かれて記憶を探る。

 思い出した。髪飾りから外れた青い石を見つけてくれたのはアゼルだ。あのとき彼は……。


 ――私が触るのは失礼ですね――

 

 そう言って、髪飾りの石に触らなかった。


 そのことをカイルに伝えると、彼は小さく息を吐いて、クリスの方を見る。


「クリス。アゼル・パームは魔力なしだったよな?」

「ああ。確かに伯父上は魔力なしだ。そのはずなんだが……」


 クリスは一度は言い切ったものの、迷いを見せる。


 もしアゼル・パームに魔力があったら。

 そうしたら彼はパーム家当主になっていたかもしれない。邪教徒にそそのかされることもなかった。パーム家を追われることも、家名を捨てて、マグノリア家で過ごすこともなかった。

 あんな風に、闇色の獅子と去って行くこともなかった。


 でも、アゼル・パームには魔力がなくて、パーム家当主にはなれなかったし、邪教徒にそそのかされたし、パーム家を追われてマグノリア家で過ごすようになって、そして闇色の獅子と一緒に去って行ってしまった。

 私の手に謎のあざを残して。


 アゼルには魔力がないことはこの場の誰もが知っているし、実の甥のクリスは誰よりも知っている。

 だけどそのクリスが、魔力なしのはずだ、と迷いを見せている。


 カイルはその迷いを見逃すことも流すようなこともなく、真剣に向き合った。


「そのはず、か。何か気になることがあるんだな?」

「……デュランも、あのとき見たよな?」


 クリスがデュランに目線を送る。

 デュランも見た? 何を? わからない私はデュランの方を見た。デュランはクリスの目線にうなずいて、ゆっくりと話し出す。


「確かに見た。リンダと話しているアゼルの周りに、黒いもやが渦巻いていた。あいつは何かの魔法をリンダに使おうとしていた」

「え?」


 驚きの声を上げてしまった。

 私と話しているときのアゼルに、黒いもやが渦巻いていた? 私に魔法を使おうとしていた?

 私は驚いてパチパチと瞬きを繰り返し、何も言えなかった。

 クリスはデュランの言葉に瞬きひとつせず、そうなんだ、と話し出した。


「私もそれを見たんだ。あの黒いもやのような、霧のようなものは、あのときリンダ嬢に向かっていた。あれは、魔法を使おうとする魔力の動きだと思った。それで止めようとしたが、間に合わなかった……。リンダ嬢には本当に申し訳ない」

「あ、いえ、そうだったんですか……?」


 ふと思い出した。あのときデュランが私を呼んだ声の鋭さを。急に叫ぶように名前を呼ばれた。

 あれは危険を知らせようとしていたんだ。アゼルが私に何かしようとしていたのが見えたから。


 だけど私は……。


「私は、何も見えていなかったです」


 私にはアゼルの魔力も魔法も、何も感じ取れていなかった。あのとき、アゼルが私になにかしようとしていたなんて思っていなかった。


 やっぱり私がモブだからなのだろうか。私の魔力が弱いからなのだろうか。

 そう思って正直に告げると、思わぬ共感者が現れた。


「私もです、リンダ様」

「え、オリビアも?」


 私だけじゃなくて、オリビアにも見えていなかった?


 私とオリビアは何も見えていなかった。デュランとクリスには黒い何かが見えていた。

 そうすると四英雄にしか見えない?

 考察してみたものの、あのときにいたのは私とオリビアと、デュランとクリス。これ以上は検証のしようがない。


「あの、もしかしたらそれは……」


 クローディアが小さく手を上げながら、何かを言おうとしたとき、ドアをノックする音が聞こえた。


 デュランが扉の向こうに声をかけると、小さく開いたドアからアルベルトの到着を知らせるメイドの声が聞こえた。


「すぐに通してくれ」


 デュランの声にパタパタと動くメイドの音がして、ほどなくしてアルベルトがティールームに通された。

 部屋に入ってくるなりアルベルトは室内を見渡して、私で目線を止めた。


「リンダ、大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫なんだと思います。ただ妙なあざがあるだけで」


 私は手の甲をアルベルトに向かって見せた。

 アルベルトがその私の手をしばらくじっと見て、言う。


「そのあざは……? まとわりつく黒い霧みたいなのはなに? 魔力?」

「アルベルト様もそう思いますか?」


 アルベルトの疑問ばかりの言葉に、先ほど何かを言いかけたクローディアがすぐに反応した。


 黒い霧? もや? 魔力?

 疑問だらけでわけが分からない私は、小首を傾げてクローディアを見た。

 クローディアは私の目線に気付いて小さくうなずき、私の手の甲を見ながら、先ほどの話を聞いて思ったのですが、と話し始める。


「リンダ様のそのあざは、闇の魔力でつけられたものだと思います。アゼル様は闇の魔力をお持ちかと」


 私は左手の甲をくるりと自分側に返し、青白い雪の結晶のような模様を見つめた。


「ディア……クローディアはあのあざに闇の魔力を感じるのか?」


 カイルが確かめるように、ゆっくりとクローディアに質問した。


「はい。そのあざからは魔物がまとっている魔力と同じ、黒い魔力を感じます」

「僕もそれは感じる。……みんなは、感じないの?」


 アルベルトのその問いかけに、私は首を横に振ってから、みんなの様子を見た。


「リンダのあざから俺は何の魔力も感じない。ただ、アゼルの周りに渦巻いていた黒いもや、あれが闇の魔力だといわれれば納得はいく」

「私も同じ意見だ。魔力がないはずの伯父上から感じた魔力のようなもの。あれは魔物から感じるものと同じと言われれば、そういう気がする。しかしリンダ嬢のそのあざからは、何も感じないな」

「私もリンダ様のあざからは何も感じられないです。それに私は、アゼル様からも何も感じませんでした。黒いもやのようなものも、魔力も」


 あのときアゼルを見た私以外の三人、デュラン、クリス、オリビアがそれぞれ返事をした。

 あざから何か感じているのはアルベルトとクローディアだけ?


 私はまだ何も答えていないカイルの方に手の甲を向ける。

 意図は伝わったようで、カイルは確認するように私の手の甲を見つめて言った。


「俺はそのあざからは何も感じない」

「そうなのか。カイルが感じないなら、四英雄の血や魔力の強さの問題ではなさそうだな」


 クリスの言うとおりだ。

 ゲームの設定では、次期四英雄、シャーリーやノエラたち、戦闘に参加するキャラクターの中で、カイルが一番高い魔力を持っていた。

 ゲームじゃない実際のカイルも恐らくそうだ。

 私は学年合同授業くらいでしか見る機会がないけど、それでも相当なものだし、今のクリスの発言からも、この中で魔力が高いのはカイルなのだろう。


 魔力の高いカイルはこのあざから何も感じていない。なら、魔力の強さじゃない。四英雄の血も関係していない。

 光魔法のクローディアと、アルベルトだけがわかる黒い魔力。ということは。


「やっぱり闇魔法で出来たあざだからなのですかね?」


 私はまた自分の手の甲を見つめながら、ひとり言のようなトーンで呟いた。


「そうだろうな。光魔法は対極にあるから検知しやすいんだろう」

「でも、僕は光属性じゃないのに」


 カイルは納得した様子だったが、アルベルトは腑に落ちないようだった。


 ただ、どうして他の四英雄と違って火属性のアルベルトがわかるのか、それには思い当たることがある。


「あの、何百年か前の闇色の竜との戦いのあと、当時の王女がそのときのローレル家の当主と結ばれましたよね? アルベルト様の先祖と。王族と結ばれているので、ローレル家は光魔法の系譜に連なるのではないでしょうか?」


 クローディアみたいな異例はあるけど、本来、光魔法は王家に代々伝わるもの、王家の血に流れるものだ。


 今から約四百年前の闇色の竜との戦いが終わったとき、炎の剣の英雄は王女と結ばれた。

 このゲームの前作でも見たけど、歴史書で史実も確かめた。紛れもない事実だ。


 ローレル家には、アルベルトには、光魔法の血が流れている。


 それなら説明がつくだろう。アルベルトが闇の魔力を感じ取れる理由として。

 アルベルトがゲームの主人公だから、ではメタすぎるし。


「僕に光魔法が……。確かにそのあざからは黒いものを感じるけど……」

「私もそのあざから黒い魔力を感じます。闇の魔力でつけられたものに間違いはないと思います」

「どうしてかはわからないが、アゼル・パームは闇魔法を使えるようになったんだな。四英雄の加護がある髪飾りには触れなかったんだろう」

 

 カイルの言葉にティールームにいた全員が小さくうなずいたりして同調する様子を見せた。

 ただ、みんなに何も言わなかった。


 結局、このあざはなんなのか。

 多分みんなそれがわからなくて何も言えないのだろう。少なくとも私が黙っている理由はそれだった。


「リンダ嬢のそのあざが、闇魔法でつけられたものなら、それは恐らく、生贄の刻印だ」

「生贄の刻印……?」


 カイルが発した言葉には前世でも今世でも聞き覚えがなかった。

 だから私は、ただその言葉を繰り返した。

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