四章第11話 ティールームで共有を。
浅い眠りを何度か繰り返し、気が付けば窓の外は明るくなっていた。
昨日、自室に戻ってからは前世ノートを開くこともせず、食事をとる気力もなく、湯あみだのなんだのと寝る支度だけはどうにかして、ベッドに入った。夕食も取らなかった。
明るくなった部屋のベットでぼんやりとしているとルナが遠慮がちなノックとともにやってきた。、心配そうな顔をしながら朝食は部屋に用意するか聞かれる。
まだ食欲はあまりないけど、食事を取らないのが良くないことはわかっているし、ルナに心配そうな顔をされるのも申し訳ない。
デュランに、クリスとオリビアに、マグノリア家の方々に気を遣わせたいわけでもない。
そう思って、みんなと一緒に朝食を取ると答えて、身支度をして食事部屋に向かった。
「リンダさん……ごめんなさい」
部屋に入った私を見るなり、ナンナは席から立ち上がって、私に頭を下げた。
私は、はいともいいえとも言えずにうつむいた。
黙り込んだ私にナンナが言葉を続ける。
「アゼルのしたことは我が家に責任があるわ。槍の腕は確かだし信頼していたの。それなのに、こんなことになるなんて……」
ふと視線を感じ、その方向を見るとクリスが私を見ていた。何か言いたげな表情だった。
そのまま目を合わせていると、クリスは少し頭を下げるように目を伏せた。
昨日のことはデュランやクリスからナンナに伝えられたのだろう。
アゼルは彼にとっては実の伯父だ。だけどアゼルはパーム家を追われているし、クリスはパーム家の次期当主だ。
今アゼルの身を預かっているのはマグノリア家だ。侯爵が不在の今、ナンナはマグノリア家を代表して私に謝っている。けど、クリスは伯父のしたことを謝りたくても謝れないのだろう。
どちらにせよ、私クリスに責任を問うつもりはなかった。ナンナに対しても。
アゼルが何をしたのかもよくわかっていないし。
「……槍の稽古は本当にありがたかったです。ナンナ様のせいではありません。アゼル様は本当に熱心に槍を教えてくださいました」
ナンナが私のためにアゼルを紹介してくれたことはわかっている。実際、稽古は確かなものだった。
私はナンナに小さく礼をし、デュランの隣の自分の席に着いた。
他の人の朝食と違い、私にはパン粥と果物が用意されていた。昨夜食事を取っていないから食べやすいものを用意してくれたのだろう。いたわりを感じてありがたかった。
朝食の間に、オリビアとクリスが昨日アルベルトたちに手紙を出してからのことを教えてくれた。
オリビアとクリスは、カイル、クローディア、アルベルト、それからノエラに魔道具で手紙を送信したとのことだった。
この世界での一般的な連絡方法だ。個人あてに送れるし、相手も同じ方法で返してくれれば返事も早い。前世のメールのようなものだ。個人同士の了承ができてないと相手に送信できないところも似ている。
「アルベルト様はすぐにこちらに向かうとのことで、今日の昼過ぎには着くそうです。カイル様とクローディア様はご一緒にウィロー家に向かっていたそうで、こちらもすぐにマグノリア家に向かうと返事がありました。ウィロー家からならお昼前には着くかと」
「お二人は一緒にいたのね。そういえば、あの、ティナ様は?」
デュランとオリビアの間で目線を動かしながら聞いた。
昨日ろくに確認できなかったが、デュランは妹のティナと一緒に帰ってきてはいなかった。同じ特訓に行っていたはずなのに。
「ティナ様は、ノエラ様とシャーリー様、マリーローズ様と一緒に王城へ向かったので……ノエラ様に手紙を送信したのですが、返事はなかったので、届いていないかもしれません」
「ああ、王城に向かったのね」
魔道具での手紙送信は、王城内にいると受け取ることも送ることもできない。
王城全体に魔法防壁があって、王城内の個人に外から接触できないようになっているのだ。防犯対策ってとこだろう。
王城にいるものに届いた手紙は一括で検閲に回されるので、ノエラたちが王城にいるならすぐに確認することはできないだろう。
つまり、カイルとクローディアが今日の昼頃、アルベルトは昼過ぎくらいにマグノリア家に到着。ノエラとシャーリー、ティナ、それからマリーローズは連絡がついていない、ということか。
もしかしたらマリーローズならこのあざや、闇色の獅子の出現について何か知っているのだろうか。前世でこのゲームに重課金をしていた彼女なら。
だけど第二王女に知らせる手段はない。
そんなことを考えながら朝食を食べていると、思いのほか早く、カイルとクローディアの到着の知らせがあった。本当にすぐに向かってきてくれたのだろう。
この速さで来たならろくに休んでいないだろう、デュランとナンナはそう考えたようで、私たちのいる食事部屋ではなく、ティールームに通して、軽食の準備を指示していた。
朝食を終えた私とデュラン、クリスとオリビアがティールームに移動すると、カイルとクローディアも食事を終えたようだった。
私たちがティールームに入るなり、カイルはすぐに私に質問をしてきた。このあと到着するアルベルトを待つこともなく。
「リンダ嬢、手を見せてもらって良いか?」
私は左手の甲のあざを見せる。
カイルは怪訝な表情をしていた。クローディアは眉を寄せて心配そうに私の手の甲を見ながら言う。
「リンダ様……痛みはありますか?」
「いえ、今は大丈夫です」
「デュランに触れたときに痛みがあったと手紙にあったが」
「そうですね、何もしない分には平気なのですが。オリビア様に触れても平気ですし」
「デュランだけなのか?」
「うちのメイドとオリビア様は平気です。そのほかの人には触れてみていないので……あ、ただデュラン様からいただいた髪飾りに触れたときは痛みがありました」
「髪飾りに?」
「あの髪飾りに……?」
私が状況を伝えると、カイルと同時にデュランも疑問の声を上げた。
「そういえば、髪飾りをつけていないな、昨日も」
デュランが私の髪を見て言った。少し寂しげに見えた。
髪飾りをつけていないことには気が付いていたらしい。
デュランから強制されたことはなかったが、私はいつもあの髪飾りをつけていた。彼も気が付いていたけど、昨日から続くこの状況の中、特に何も言わなかったのだろう。
なんだか、何も言わずに髪飾りをつけていなかったことを少しだけ申し訳なく思い、言い訳がましく説明した。
「アゼル様との稽古の最中に鷹の魔物が出たことがあるんです。そのときに髪飾りが壊れてしまって、あ、といっても石が外れただけで、ちゃんと石も回収してます」
「魔物が出たのか? リンダが戦ったのか?」
「あ、いえ、戦ったのはアゼル様で……」
デュランが私の言葉に前のめりになり、慌てた口調で質問する。
どうやらマグノリア家に魔物が出たことを知らなかったらしい。
マグノリア家のことであれば、ここに仕えるアゼルが報告するほうがいいだろうと思っていたから、私も特に誰かに話すことはなかった。もちろんデュランにも。
あのとき役に立たなかった自分の話をする気にもなれなかったし。
「稽古だの魔物だの、どういうことなんだ? リンダ嬢」
手紙にどこまで書いてあったかはわからないが、そういえば私がマグノリア家に来たのも、アゼルに槍の稽古をつけてもらっていたのも、ちゃんと説明してはいなかった。
カイルの質問に私は状況をまとめて伝える。
「私はこの、学校が休みの間、マグノリア家でアゼル様に槍の稽古をつけてもらっていました。
その稽古の休憩中に、アゼル様に髪飾りが取れかけていると言われたのです。つけ直そうと外したときに、ちょうど鷹の魔物が現れました。
それでアゼル様と一緒に戦おうとしたのですが、私の魔法は外れてしまい、アゼル様がお一人で鷹の魔物を倒してくださいました。
髪飾りはその鷹の魔物が現れた時に弾みで地面に落としてしまい、拾い上げて見てみたら石が一つ外れていました。
デュラン様、石が外れただけとはいえ、髪飾りを壊してしまい、申し訳ありません」
私が頭を下げようとするのを、デュランが、いや、とスッと片手を上げて止めた。
「リンダに怪我がないならいいんだ。……この家の敷地内に、鷹の魔物が出たのか?」
「はい。この家の庭に」
「この家の庭に……?」
デュランは驚いたような戸惑ったような、そんな表情をしていた。




