四章第16話 他のみんなも到着です。
ひとしきり泣いて、泣き止んで、落ち着くと、だいぶ、かなり、とても気恥ずかしかった。
中身いい大人なのに何をこんなに人前で泣きじゃくってしまったのか……。
生贄に選ばれるという経験をしたことがないから、何をどう嘆いていいのかもわからないのに。
何をどう嘆いていいのかわからないから、嘆いたことへの、こんなに大勢の前で泣いたことへの羞恥心がすごい。
とはいえ、このままオリビアの胸を借りたままでいるわけにもいかない。
そう思った私は、ゆっくりとオリビアから体を離し、体をみんなの方に向けた。顔は下げたまま誰の目も見なかった。
顔は下を向けたままだったけど、誰かが動いた気配がした。
次いで、カイルの声がした。
「すまなかった、リンダ嬢。少しどうかしていた」
「あ、えっ、えっと……」
謝られた? と見てみるとカイルは頭を下げていた。慌てて頭を上げてくださいと声をかける。
カイルは素直に姿勢を戻してくれた。
「あの、私こそ申し訳ありませんでした。私やデュランや、前世を、否定しないで欲しかっただけなんです。信じなくてもかまいませんので」
「……すまなかった。マリーローズ殿下のこともあって、少し苛立っていたんだ」
マリーローズのこともあって?
何がどうして苛ついていることにつながるのか、私がその疑問を口にする前に、クリスが、そうか、と声を上げた。
「殿下だ。リンダ嬢、もしかしてその前世の記憶は、学園に入学したときには、すでにあったのでは?」
「え? はい。ありました」
「そうか、うん。どうりで……。私は信じますよリンダ嬢」
「え?」
クリスがそう言って穏やかに微笑む。
優しさなんだろうか……? 根拠もなく信じると言われても、なんだか怖い。
「あの、私が言うのもなんですが、どうして急に信じると……?」
「リンダ嬢はすぐに殿下の正体に気付いていたと思いだしてね」
「殿下の……?」
「クローディア嬢が学園に転入する前、ホーソン辺境伯家を訪れたとき、そこにいた殿下はマリーと名乗っていた」
「あ……」
クローディアが小さく声を漏らした。
「そういえばあのときは、お義父様から遠縁の方と聞いていましたけど、マリーローズ王女だったとは気づきもしませんでした」
「無理もないです、クローディア嬢。第二王女は公務で表に出てくることもほとんどない。私たち四英雄家のように頻繁に王城に行っていても、髪色も変えていたし、ここにいるはずがないとすぐにはわからなかった。なのにリンダ嬢は気付きましたよね。前世の記憶が関係しているのでは?」
なるほど。
クリスが信じてくれた理由がわかった。優しさなんて曖昧な理由ではなく、それなりの理由と根拠があったことに安心した。
「はい。前世の物語にあったんです。アルベルト様の前に度々現れるマリーという少女は、この国の第二王女、マリーローズ様だと」
カイルが私の言葉を聞いて小さくため息をついて言った。
「本当にすまなかった」
「あ、いえ……でも信じてくださるのは、ありがたいです」
「リンダ嬢はその、生贄の刻印は知らないようだったが、話に出てこなかったのか?」
「私が読んだところまでには出てきていませんでした。それに、そもそもその物語はア……あの、四英雄の皆さま中心に語られているので、私とかがどうしていなくなったのかなんて出てこないのですよ」
アルベルトの視点で、と言おうとしてやめた。
主人公がアルベルトという情報は今いらない気がした。
たまたまアルベルトの視点でゲームが進んでいただけで、他の四英雄たち、クリスもカイルも、それにデュランも背負っているものがあるのだから。
「聞くのもなんだが……俺たちが、四英雄が生贄を手にかけるというのも話に出てこないのか?」
「私が最後まで読んでいないのもあるかもしれませんが、それは恐らく出てこないのだと思います。あ、アゼル様もあまりお話には出てきませんでしたし」
自分がクリアしてないので確かではないが、リンダがアルベルトに命を奪われるという話は、ネタバレには出てこなかった。
たぶん本編には出てこないのだろう。容量の関係か、話のつながりの問題かは知らないが。
マリーローズは課金シナリオを読んで知っていたが、課金シナリオにしか出てこないなら、ネタバレには上がっていなくても納得はいく。
「じゃあその話の中では、リンダはアゼルに刻印をうたれる話も、その……リンダが亡くなることも書かれていないの?」
アルベルトが私にたずねてきた。私が亡くなったという言葉は、口に出しづらそうだった。
「はい。というか、物語のリンダは途中で出てこなくなって、闇色の竜との戦いが終わったあとも出てこなくて、亡くなったか生きているかも書かれていないのです。先ほども申し上げたとおり、四英雄の皆さま中心に描かれていますから、四英雄の血を引かない私のことは特に語る必要がなかったのだと思いますが」
「待て、最後まで読んでいないのに、戦いのあとも出てこないことはわかるのか?」
「あ、結末に関してはその……人から教えてもらいまして」
「読んでないのに教えてもらうのか? どうなんだそれは……」
カイルに冷静にツッコまれた。というか呆れられた。
ネタバレ否定派らしい。なんとなくカイルらしい。
正規の、闇色の竜との戦いに勝利したエンディングの場合、リンダは出てこないだけで死んだとは書かれていない。
四英雄が闇色の竜に負けたバッドエンドでは確実にリンダは死ぬと書かれているし、その場合は、クローディアとオリビアも亡くなるけど、いったんそれは黙っておこう。
複数の説明をするのもややこしいし、とりあえず目指すべきハッピーエンドを基準に話をしようと思った。
「四英雄の血をひかなくても、デュランの婚約者なのに」
アルベルトがふと疑問を口にした。
私がデュランの婚約者なのも課金シナリオじゃないと出てこないのよね……。とも言えない。
「皆さまの婚約者については、基本出てきませんから」
これで通そう。
アルベルトに至ってはゲームの中の親愛度で決まるわけだし、今深掘りする話じゃないだろう。
「そうなんだ。でもとりあえず、リンダが死ぬとははっきり書かれてないってことだよね?」
「確かにそうなるな。リンダ嬢が聖具によって命を奪われることは明らかにされていないんだろう?」
アルベルトがどこか純粋で輝いた目で、眩しい一言を口にした。
カイルも冷静な意見を出した。
確かに負ける場合、バッドエンドでなければリンダは死ぬと明言されない。
私が、リンダが死ぬ訳ではないと思えるよね。
そう考えていると、ふと部屋の外がざわついているのが聞こえた。
ほかのみんなも聞こえたらしい。扉の方に目をやると、ちょうど扉がノックされる音がした。
「何かあったのか?」
デュランが扉の外に声をかける。
マグノリア家のメイドがドアを開かずにデュランに返事をした。
「あの、デュラン様、ティナ様がお帰りですが、その、来客が」
「こちらにいるのね、お兄様、お義姉さまも」
声とその呼び方。私をおねえさまと呼ぶのはデュランの妹のティナだけ。間違いなくティナだ。
しかしメイドたちのざわつきと慌て方はおかしい。
ティナなら、ただ自分の家に帰ってきただけだ。騒ぐことはない。
「失礼しますわ」
ティナがそう言うなり、扉が開いた。
開いた扉から見えたのは、やはりティナだけではなかった。
シャーリー、ノエラも一緒だった。
そしてメイドたちが慌てた最大の原因と思われる、マリーローズ第二王女もそこにいた。
「リンダ、大丈夫? 伯父様に何かされたのですって?」
シャーリーがそう言って私に駆け寄ろうとした。
私がハッとしたのと同時に、デュランが私の前に、シャーリーを遮るように立ちはだかった。
「リンダに触るな」
「え?」
シャーリーはぽかんとしている。
立ち止まったシャーリーの肩に、ノエラがそっと手を添えた。
「もしかして、生贄の刻印なの? リンダさんが受けたのは」
「あ、はい。えっと……」
あれ、これって封印の魔導書の次期当主のカイルだけじゃなくて、同じ家系のノエラも知っているの?
私はチラリとカイルを見た。
意図は伝わったようで、私の視線を受けたカイルは小さくうなずいて言う。
「生贄の刻印についてはノエラも知っている」
「……生贄の刻印? なにそれ」
疑問の声を上げたのは、マリーローズだった。
シャーリーやティナも知らないようで、首を傾げたり、ぽかんとした顔をしている。
二人が知らないのはともかく、マリーローズは生贄の刻印については知らない。ということは、課金シナリオでもこの言葉は出てこないということか。
カイルが、ハッと小さく短い笑い声を出した。
マリーローズに向けたものらしい。彼女はその声に睨むようにカイルを見た。
「知らないのか王女様。あんなに物知り顔だったのに」
えっと……なんだ?
どうしてこの二人はこんなに険悪になっているのだろう。
チラリと周りを見ると、気まずそうにしているが二人が険悪にしていることに驚いた様子はなかった。
これ、やっぱり特訓で何かあったんだろうな。




