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蒼は、月の宮から見て南西に位置する小さな宮からの書状を手に、考え込んでいた。目の前には、翔馬が膝をついて、困惑気味に蒼の言葉を待っている。蒼は、書状から顔を上げて、言った。

「…鷲と。オレは、神世の歴史があんまり分からないんだよな。ここ数百年だったらそりゃ経験してるから分かるんだが、それより昔になると知らない。きっと、鷲だって昔から居た神様なんじゃないのか?」

翔馬は、頷いた。

「はい、王よ。我はこの書状を下見した際に、そのことを書庫で調べて参りました。龍王様よりお譲り頂いた歴史書の写しに、鷲の記述がございまして、古く戦国になる前のお話しであるようで。元は鳥から分化した、鷹と同じような種族でございます。」

蒼は、翔馬に顔をしかめて見せた。

「箔翔は知ってるだろうか。箔炎様なら知っているかもしれないが、亡くなってしまわれたしな。炎嘉様なら知ってるだろうか。」

翔馬は、首をかしげた。

「微妙なところではないでしょうか。炎嘉様が前世王であられたのは、戦国になってからでありました。鷲が姿を消したのは、その直前のことでありまするから。」

蒼は、息をついて書状を翔馬に渡した。

「なら、維心様も微妙ってことか。とにかく、一度炎嘉様に問い合わせて見る。何でも維心様に聞くなって公青にも言われてたし、鳥から分化したなら炎嘉様に聞くのが妥当だろう。」

翔馬は、蒼に頭を下げた。

「は。では、炎嘉様に書状を。」

蒼は、頷いた。

「別に急いでるような感じでもないし、直接訪ねて行かなくてもいいだろう。書状の内容をそのまま炎嘉様に知らせて、指示を仰ごう。王の会合までまだ時があるしな。頼んだぞ。」

翔馬は、再び頭を下げると書状を手にそこを出て行った。蒼は、もう世の中落ち着いて知らない神など居ないものだと思っていたので、まだ鷲とか居たのかと居間の窓から空を見上げた。きっと、鷲どころかいろいろまだ居るのではないか、と不安になった。その全ての気性が穏やかとは限らない。

そう思うと、また面倒が起こりそうで、蒼は長い長いため息をついたのだった。


維月は、維心と並んで居間に座っていた。ここのところ、維心も落ち着いて訓練場へ行くのも週に一回ほどになっている。その他は、こうして空いた時間、維月とゆっくり居間で共に過ごすのだ。

特に何を話すでもなく、二人はぴったりとくっついて座って庭を眺めながら、時に口付けあったり微笑あったりと幸せオーラ満開で座っていたら、見ている窓の外に何かが舞い降りた。二人が突然のことに呆然とそれを見ていると、ずんずんとその人影はこちらへ向かって歩いて来て、音を立てて掃き出し窓を開いて入って来た。

「まぁた主らは!婚姻して何百年になるのよ!いつまで経っても昨日婚姻したばかりのようにベタベタと!」

維心は目を丸くしていたが、ふふんと笑うと維月の肩を抱いて言った。

「うるさい。何を妬いておるのだ、炎嘉。突然にそのような場所から来おってからに。して、何用か?」

炎嘉は、憮然としたままずかずかと歩いて二人の前の椅子へ何の遠慮もなく座った。

「我とてわざわざこんな所へ来るのは面倒であったが、どうしても話しておかねばならぬから参ったのだ。真面目な話であるのに!ほんにもう、いつまで経っても飽きずにベタベタベタベタ…」

炎嘉はすこぶる機嫌が悪い。維月は、気を遣って立ち上がった。

「あの、では炎嘉様は大切な御用なのですから。私は、あちらへ行っておりますわ。」

維心は、しかしその手を握った。

「なぜに出て参る!良いではないか、せっかくに二人の時間であったのに。炎嘉が急に来るのが悪いのだ。」と、炎嘉を見た。「して、真面目な話しとは何ぞ?維月が居っても良いであろうが。」

炎嘉は、まだ膨れていたが、仕方なく頷いた。

「しようのない。別に良い。」維月は、渋々そこへ座った。炎嘉をそれを見てから、座り直して表情を引き締めた。「維心、主古い記憶は確かか。」

維心は、炎嘉の表情に自然険しい顔つきになって、答えた。

「古いとて、前世のことであるの。ある程度は鮮明であるが、たまに抜け落ちておる所があるの。」

炎嘉は、息をついて頷いた。

「我もそう。此度、鷲が北の屋久を通して蒼に、面会を申し出て参ったようなのだ。」

維心が、息を飲んだのが維月には分かった。維月は、維心を見上げた。

「維心様?」

維心は、ハッとしたように維月を見てから、炎嘉に視線を移した。

「鷲は、まだ父上の代の頃に神世から退くと言って北の山脈へと消えた。戦ばかりの世が面倒だと言うて…我も微かに覚えておる程度。何しろ、我はまだ父上に腕に抱かれておったからの。」

炎嘉は、頷いた。

「そうであろうな。我とてまだ子供の姿であったわ。それにしても、よう赤子の身でそのような場に居ったの。いくら父王の腕に抱かれておったからと、父王もそんな場に赤子を抱いて出るとは。」

維心は、苦笑した。

「後から聞いたが、あの時義明も洪も宮を出て任務についておった。我の世話は気が強すぎるゆえ、あやつらしか出来ぬでな。父上は、しようがないから我を抱いたまま出て参ったのだ。なので、我はあの頃の鷲の王を、薄っすら覚えておるぞ。赤い瞳に、褐色の髪。鋭い瞳で我を見ておったの。」

炎嘉は、ふーっと息をついた。

「我も覚えておる。我はまだ20歳ぐらいでな。幼かった。父に挨拶に参った姿を最後に、一度も見ておらぬ。だがしかし、名を覚えておるぞ。(ほむら)と。」

維心は、眉を寄せた。

「そうであったか。何しろまだ赤子での。まだ一年にもならぬ頃の記憶であるから…」

維月は、仰天して維心を見た。確かに、維心は神の中でもかなり言葉を解するのが早く、言葉を発したのも早かったのだと聞いている。でも、前世の1800年の生涯の、その一年目の記憶を手繰り寄せるのはかなり困難なはずなのだ。

炎嘉は、維心を見た。

「維心。屋久に接触したのは、この鷲の王の焔と、同じ名の王であった。いくら何でもあの頃の焔とは違う焔であろうが、何やら縁を感じぬか。」

維心は、遠い目をして頷いた。

「確かにの。我も前世の維心の名をもらった維心、ということになっておるから、同じことよな。しかし鳥であるなら、主の方が縁は深いのではないのか、炎嘉。なので、蒼は我にではなく主に尋ねておるのであろう。」

炎嘉は、頷いた。

「そうであろうの。だが、こればかりは主にも話しておかねばと思うた。しかし、今頃…」炎嘉は、首をかしげた。「なぜに今頃出て参った。あれから、何千年引っ込んでおったのだ。」

維心が、それには悲しげに首を振った。

「さあの。我も前世、何度かあの地を見回りに参ったことがあったが、それでも出て来ることはなかった。気配はあるゆえ、恐らく繁栄して穏やかに暮らしておるのだろうと思うたが、鳥も鷹も鷲も、力が強い神であったゆえ…気にしておったのだ。」

炎嘉は、頷いた。

「我とて、鳥として生きておった時には鷲と鷹には思いを馳せたもの。あれらは、我らと繋がる種族であったからの。しかし、両方共に鳥は煩わしく思うたのだろう…誇り高い種族であったゆえ。しかし、懐かしいとて我だって子供の頃の記憶。初めてに近い逢瀬ぞ。」

維心は、炎嘉を見つめた。

「では、主、月の宮へ行くか?」

炎嘉は、その視線を受け取り頷いた。

「行く。鷲のただ今の王だという焔に、会うて来たいのだ。主はどうする?」

維心は、少し考えて心配そうに見上げる維月を見てから、炎嘉へと視線を移して首を振った。

「我は、此度はやめておこうぞ。焔は蒼に会いたいのであろう。そして、蒼は主に問い合わせた。主が行くべきだ。我は筋ではない。」

維月は、それを聞いて口を挟んだ。

「ですが維心様、私の里のことでございまするわ。維心様がいらっしゃっても何らおかしくはありませぬ。維心様と炎嘉様が揃っては仰々しくなるのを案じていらっしゃるのでしたら、私が戻るのについていらしたことにしてはいかがでしょうか。あの、父も今地の宮から離れぬと、十六夜が言って来ておりまするし。今戻っても、問題はありませぬ。」

炎嘉も、それを聞いて頷いた。

「そうよ、維心。主が見ておかねばならぬ。確かに主の身分でわざわざ鷲に会うために己から出かけて参ることは出来ぬが、妃と共に来ておるのなら、おかしくはない。」

維心は、じっと考えた。確かに、格下の神が会いたいと言っているのに、格上の王が出かけて行くことは出来ない。宮へ呼びつけるのが普通なのだ。それは、維心が相手に会いたい場合でもそうだった。話があれば、己の宮へ来るように指示するのだ。

しかし、偶然居合わせたのならこの限りではなかった。維心は、頷いた。

「…ならば、我も維月と共に月の宮へ参ろう。それで良いか。」

炎嘉は、満足げに頷いた。

「良い。では、蒼は一週間後と言うておったゆえ、そのようにの。」炎嘉は、立ち上がった。「では、戻る。もう少し鷲の記録を見ておかねば。我も、直接あれらと渡り合っておったわけではないからの。」

維心は、頷いて言った。

「何か分かれば我にも知らせよ。」

炎嘉は頷くと、何かを考えながらそこを出て行った。

維心は、それを見送って、何かがまた始まろうとしているのだろうかと、記憶の底にある鷲の姿に思いを馳せた。

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