取次ぎ
「主に取次ぎを頼みたい。」焔は、呆然とそこに浮いたままの屋久に向かって言った。「もちろん、ただでとは言わぬ。主、結構困っておるようではないか。」
屋久は、それを知られている事実に顔を赤くした。
「…なぜにそのようなことを知っておる。」
焔は、軽く手を振った。
「ああ、主の宮が我の領地から一番近いゆえ。軍神達に調べさせたのだ。」と、じっと屋久を見た。「のう、主は愚かぞ。宮の財政も見ることが出来ぬ王など、聞いたこともないわ。だが、それでも主は王。龍か月に渡りをつけよ。我はあれらに会うてみたいのだ。」
屋久は、面と向かって愚かと言われて、頭に血が上った。だが、相手は大きな気を持つ鷲という見たこともなかった種族。どう反応するのか分からない。それに、焔の言っていることは間違ってはいなかった。
屋久がじっと黙って下を向いたので、焔はその顔を覗き込んだ。
「何ぞ?恥じておるのか?まあ仕方が無いことよ。分相応のことが出来ぬ神とは、下々には多いもの。主とて考えを改めて、王として君臨するが良い。此度は我が、主の宮を立て直すだけの物を支援してやろう。だが、此度だけぞ。これを機にどうにかせねば、主の宮は倒れる。臣下は宮を離れ、妃は里へ帰る。仕える神が居らぬようになった王は、もはや王ではない。それは分かっておろうの?」
屋久は、まだ下を向いていたが、思い切って顔を上げた。
「…言われずとも、分かっておるわ。だが、我は主らのように恵まれた神が、その環境のお蔭でそのように美しく、洗練されておるのも知っておるのだ。我らのように恵まれておらぬ神が、それに近付こうと思うたら、その環境を真似るしかあるまいが。」
焔は、きょとんとした。が、すぐに苦笑した。
「…主、本気で我らが恵まれておると思うておるか?」
屋久は、焔を睨んだ。
「恵まれておるわ。生まれながらにそのような気を持ち、大きな宮に多数の臣下、職人を持っておる。何不自由ないではないか。」
焔は、首を振った。
「主らから見たらそう見えるか。だがの、我らは恵まれてなど居らぬわ。この気を持って生まれ、臣下を多数抱えるということは、それだけの者を守らねばならぬのだ。そうして、他の宮からの侵攻などにも備えねばならぬし、いざという時には己の命を投げ打ってでも一族を守りぬかねばならぬ。数が多いほど、それは困難ぞ。主とて小さな宮でも、あれらを守る責を負っておるであろうが。だからこその王。なんとの、そんなことすら学ばずに王になるか。」と、空を見た。「…今の世は、いったいどうなっておるのだ。」
屋久は、慌てて言った。
「王が宮や臣下を守らねばならぬことは知っておる!我らは…その、品格のことを言うておるのだ。」
焔は、ため息をついた。
「品格と?我は己のことであるからよう分からぬが、しかしそれは全て、心がけから生まれるものではないのか。環境と申すなら、我が生まれた時より置かれた環境は、まさしく王としてどうあるべきかということを教え込まれる毎日であったし、それに命を狙われる毎日であったの。そういったことではないのか。贅沢をして、それで品格が身につくなど聞いたこともないわ。」
屋久は、それを聞いて雷に打たれたような気がした。贅沢三昧で、気ままに育つのではないのか。
「贅沢をして、何事も不自由ないのではないのか。」
焔は、眉を寄せた。
「贅沢とは何ぞ?確かに物が無いという事は無かったが、いつなり臣下達の目に晒されておったし、気が抜けぬがの。」と、息をついた。「して、もう気が済んだか。主が答える番ぞ。渡りをつけるのか?」
屋久は、ぼうっと浮いていたが、慌てて頷いた。
「書をしたためる。鷲族の王が、目通りをしたいと言うておると、送れば良いのか。」
焔は、頷いた。
「それで良い。我はこの世の誰とも面識がないからの。祖父ならあるいは少しぐらいは顔を見ておるかもしれぬが、我や父は全く出て来なかったゆえ。出来れば、月が良い。」
屋久は、自然と月を見上げた。
「月は、穏やかで何事も話を聞くが、しかし龍が世話をしておる宮であるから。恐らく龍王が出て参るのではないか。」
焔は、ニッと笑った。
「願うところぞ。ただ今は龍王将維から代替わりした、五代龍王と同じ名を継いだ七代龍王維心であるそうな。会うてみたいと思うておった。ただ、月はもっと会ってみたいのでな。」
屋久は、息をついた。
「わかった。幸い、月の宮の催しに行ったことがあるゆえ、書状を遣わせることが出来る立場にある。では、明日の朝一番に送らせる。」
焔は、満足げに頷くと、高く浮き上がった。
「ならば我も、約束を果たそうぞ。明日、主がその書状を月の宮へと送り、見事我を月に会わせることに成功したならば、我もこちらへ支援の品を送ろう。日が決まったなら、書状を送るが良い。どこでも良い、ここから主らが言う山脈の方角へと誰かが飛べば、我の軍神が気取って迎えに参るゆえ。」
屋久はうなずいて、ふと焔の着物に目をやった。そして、その質に目を見開いた…これは、恐らく最上位の宮と同じレベルの職人が作る織物だ。
焔は、それを気にする風でもなくぐんぐんと浮きあがった。
「ではの!少しは王らしゅうなるのだぞ、屋久とやら!」
焔はそのまま上昇して結界を抜け、上で待つ軍神達と共に、そこを離れて行った。
屋久は、まるで夢のような出来事に、ただ呆然とそれを見送っていた。
次の日の朝、屋久はじっと考えた。鷲と言っていた…しかし、本当に信頼して、書状を送ってしまっても良いのだろうか。月は穏やかだが、それでも面倒を持ち込む神には容赦ないと聞いたこともある。これは、面倒なのではないのか。
しかし、今の屋久には相談するような臣下は居なかった。筆頭の戸砂でさえ、春香の言うことばかりでこちらの話しなど聞かない。屋久も戸砂の話を聞かないのだから、当然といえば当然かもしれない。
屋久は、決心してキッと顔を上げると、戸砂を呼んだ。
「戸砂!すぐに来い!」
しばらくあって、戸砂がやって来て膝をついた。
「お呼びでございましょうか。」
屋久は、頷いた。
「書状を書く。墨と紙をこれへ。」
戸砂は、また何をと慌てて言った。
「王?いったいどちらへ書状を?」
屋久は、侍女達が持って来た紙を前に、筆を取った。
「月の宮へ。鷲の王が、取次ぎを望んでおるのだ。」
戸砂は、鷲と聞いてしばらく目を丸くしたまま固まっていたが、屋久がすらすらと紙に筆を走らせるのを見て、ハッと我に返って言った。
「王!鷲などと、お酒を過ごされてお間違えであられるのでは?そのようなことで、月の宮を煩わせるようなことがあってはなりませぬゆえ!どうか、それがどんなかたであるのか、今一度お調べになって、それからでも遅くはないかと!」
しかし、屋久は眉を寄せただけで筆を止めることはなかった。
「もう約したこと。王は約したことを違えるわけにはいかぬ。」と、文箱を手にした。「これへ我が書を入れ、月の宮へ。蒼殿には、主らとて関わって置いたほうが良いと何度も言うておったのではないのか。これを機に交流が密になれば、宮も潤うやもしれぬ。」
戸砂は、それを手にしながら言った。
「王が宮のためをとお考えくださるのは我らも心強いことでございまするが、しかし、これであちらにご迷惑などを掛けてしまわれたら、それこそ潤うどころではありませぬゆえ。どうか、今一度精査なさって、それからでも遅くは無いかと。」
屋久はしかし、頑なに首を振った。
「すぐにと言われておる。すぐに送るのだ!約したことは違えられぬと言うておるであろうが!早よう送るのだ!」
戸砂は、まだ何か言いたそうだったが、仕方なくその文箱に屋久の書を納めると、それを手に出て行った。屋久は、それで何が起こるのか分からなかったが、それでもあの焔の話しをもっと聞いてみたかった。そのためには、焔と交流しなければならない。ならば、言う通りにするしかない。どうしても、もう一度あの鷲と話がしてみたい!




