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心の中

屋久は、今日も同じように遊び好きの王達と、宴の席に居た。回りには、あちこちから集めた見目の良い女達が侍り、酒を注いでは甲高い声で笑う。そんな席で同じように笑って酒を飲んでいた屋久だったが、ふと月を見上げて、険しい顔つきになった。

隣りに居た、いつもこんな宴に一緒に出る麻衣(まい)がそれに気付いて言った。

「屋久?何を難しい顔をしておる。さては、宮に残しておる妃の顔が過ぎったか。主の妃は、ほんに掘り出し物であるものなあ。高貴に美しい。あんな小さな宮の出など、誰も信じぬほどに。」

屋久は、麻衣を睨んだ。

「なぜに妃など怖がらねばならぬ。あれは、本日龍王妃の茶会に出て、おそらく疲れて寝ておるわ。」

麻衣は、それを聞いて仰天した顔をした。

「おお、あれに当選したのか。龍王妃は大変に利口で話の分かる女であるそうな。龍王とはえらい違いなのだと聞いたぞ。利口なのは同じであるが、龍王は聞く耳を持たぬ。」

屋久は、ふんと杯を投げた。

「力で月を妃にしておるような王ではないか。何が利口ぞ。」

屋久は、立ち上がると回りの女を押しのけて、怒ったように出て行く。麻衣は、慌てて屋久を追った。

「こら!屋久、どこへ行く!」

屋久は、ずかずかと歩いて外へと出て行った。宴の席は一時呆然となったが、すぐにそんなことは忘れて、皆また笑い合って騒ぎ出した。


屋久は、あまり手入れが行き届いていない庭を、ずんずんと歩いて行く。麻衣は、その後を必死について行きながら言った。

「何を機嫌を悪うしておるのだ。今夜の酒はそう悪くなかったではないか。徳が奮発したのだと言うておったのに。」

屋久は、立ち止まった。

「別に…急におもしろう無うなっただけぞ。」

麻衣は、ため息をついた。

「何ぞ、気ままなヤツよ。」と、屋久に並んで空を見上げた。「月か…月の宮は、どうであろうの。あの折一度行ったきりであるが、それは大きく美しい宮であった。あの清浄な気は忘れとうても忘れられぬわ。そうではないか、屋久?」

屋久は、ふんと鼻を鳴らした。

「あのような何百年も前のことを。皇子の頃の事など、もう忘れたわ。」

麻衣は、屋久を見た。

「何を言うておる。主がこのように遊び回るようになったもの、あれからではないか。あのように華やかな世界もあるのにと、いきなり着物を新調したり、大変であった。我はまあ、妃に頭が上がらぬゆえ、あまり着物も仕立てられんで主について参るのも気が退けたものだった。今は財政も潤って参ったから、少しは贅沢も出来るがの。」

屋久は、それをじっと顔をしかめて聞いていた。しかし、急に踵を返したかと思うと、麻衣に背を向けて、言った。

「…帰る。」

麻衣は、驚いた顔をした。

「何を言うておる?今日は泊まりでは?」

屋久は、歩きながら答えた。

「気が変わった。酔いも醒めたわ。主はゆっくりして参れば良い。」

そうして、屋久はそこを飛び立って行った。麻衣は、訳が分からずそれを呆然と見送ったのだった。


屋久が戻ると、思いに反して春香は起きていた。そうして、屋久を居間で出迎えて、相変わらず美しく頭を下げた。

「お帰りなさいませ。」

屋久は、返礼もせずに手を振った。

「ああ、寝ておれば良いわ。我も勝手に寝る仕度をする。」

春香は、顔を上げた。

「しかしながら王、大切なお話が。もう実穏様に某かお借りすることも出来ませぬ。月に一度、お借りした物を決まった数お返しするというお約束。宮に仕える臣下や侍女侍従達の数はこれ以上減らせないほど減らしておりまするけれど、あれらにも生活がございますから。それをお考えになって頂かなくては…。」

屋久は、うるさそうに袿を荒々しく脱ぐと、言った。

「疲れておる!部屋へ帰れ、春香!」

春香は、仕方なく頭を下げた。

「はい…。」

侍女達が、屋久の脱ぎ散らかした着物を拾い上げながら、気遣わしげに春香を見ている。

もっと話したかったが、春香はそこを辞して自分の部屋へと重い足取りで戻ったのだった。


屋久には、分かっていた。

自分の宮にはもう、酒すら残ってはいない。臣下の職人が必死に24時間体制で物を作り出していることも、それを片っ端から自分が散財するために、臣下達に下賜する物すら滞り気味であることも。

春香が堅実な賢い女で、必死にきりもりしては何とか繋いでいる。神世にそんな王族は少ないので、父王があれを連れて来たのは道理だったと屋久も納得していた。

しかし、屋久にはひとつ胸に秘めていることがあった…月の宮へ出掛けたあの時に、麻衣と共に初めて感じたあの清浄な気。そしてその中でまるで別世界の住人のように、大きな気を持つ上位の神々の洗練された美しさ。その着物すら、自分達とは全く違う物だった。

宴の席で、離れた上座に座り、酒を飲んで語らっている様すら、同じ神とは思えなかった。

いや、同じ神ではないのだ。

大きな宮を持ち、力が違う。世を動かし、全ては思うまま。臣下の数も多く、何不自由ない。そんな環境で、あの洗練された美しさや、堂々とした気は育まれるのだ。自分達とは、根本的に違う…。

屋久は、そこに座っているのが恥ずかしくなった。なので、早々にそこを辞して自分の宮へと向かった。その道すがら、屋久は思った。生まれた時から恵まれているから、あのような気を持つ事が出来、あのように美しく敬われるのだ。自分が悪いのではない。環境を変えれば、自分だって…。

そうして、良い着物を身に付けるようになった。自分より上位の宮の茶会や宴には、招待されていなくても押し掛けるように偶然訪ねた時にそうだった風を装って参加した。自分もああなりたい。少しでも近付きたい。それが、屋久の気持ちだった。

しかし、現実は甘くなかった。

元々それほど多くの職人を抱えているわけでもなかった屋久の宮は、みるみる赤字になった。上位の宮から、良い生地を譲ってもらうために、多くの品を持ち出すので屋久の着物一枚作る生地をもらうのに、こちらからは臣下達の着物を作る生地を全て差し出す必要があったのだ。

それは、屋久の宮にとって大きな負担になった。また上位の宮を訪ねるためにはより多くの品を持って出なければならず、蔵は見る間に空になった。

春香が嫁いで来て、その高貴な様には目を見張った…あんなに小さな宮から来たのに、自分はそれより劣るのかと、余計に、自分がちっぽけに思えて来て、屋久は更に着飾るようになった。

その春香が困っているのを見ても、屋久はその生活をやめなかった。いつかは、自分も上位の神並みの品格と美しさを身に付けられるのだと信じて、誰の声も聞かなかった。

そうしているうちに、自分の宮の財政が火の車であるのに対し、それまで分相応の着物で屋久の横で居心地悪げにしていた親友の麻衣が、いつの間にか質の良い着物を着て、それでも宮は滞りないのに気付いた。

どうやら、麻衣の宮ではせっせと蓄財をしていて、そうして最近ではその中から可能な分だけ王の着物を仕立てるのだと、妃が上位の宮へ頼んで良い生地を手に入れ、宮の職人に仕立てさせているようだった。

麻衣はなので穏やかで、宮の運営には少しも困っていないのに、それでも最近では良い着物を着るようになっていた。それを見ていて、自分が間違っていたのだと、麻衣に言われているようで、屋久は落ち着かなかったのだ。

屋久は、夜具に着替えたものの眠ることも出来ずに、庭へと出てそのまま夜空をふらっと飛んだ。月は出ているが、何の気配もない所を見ると、あの月の宮へと降りているのだろう。思えば月は、着物を着ていない時もあった。人の洋服とやらを着て、あちらこちらふらふらと飛び回ったり気ままに暮らしている。もう一人の月は、龍王妃で何不自由なく暮らしている。月だというだけで、何と気楽なものか、と屋久は少し妬ましい気持ちになって、小さく呟いた。

「月め…そう生まれただけで、良い身分ぞ。」

「知っておるのか?」

急に横からそんな声がして、屋久は仰天して数メートルは飛び退った。すると、そこには美しい赤の瞳に、褐色の髪の男が浮いていた。その気は、まるで鷹や龍のように大きかった。

「な…ここは、我の結界内ぞ!」

相手は、顔をしかめた。

「結界があるのは分かっておったが、それでも主がその中に居ったゆえ。破るのは気が退けたが、話しかけるにはそれしかあるまいが?しかし、我が軍神達は外へ置いて来たぞ。」

屋久がそれを聞いて見上げると、遥か上空に二人ほどの軍神が浮いて、こちらを見下ろしているのが見える。自分の結界の上に居るのだと分かった。

「…主は何者ぞ。我に何の用か。」

相手は、ああ、と居住まいを正すと言った。

「すまぬ。ついぞ他の神と接することが無かったゆえな。」と、その男は北の方を指した。「我は、ここから北の森一帯を領地としておる、(ほむら)。」

屋久は、怪訝な顔をした。

「あの森は、誰の統治もされておらぬ。それに、結構大きいではないか。森というより、山脈であるからな。」

焔は、ふふんと笑った。

「そうか。神世ではそう言われておるか。しかし、知っておるヤツも居ると聞いておるがの。ゆえ、誰も我が領地には手を出さぬのだ。」

屋久は、まだ疑うような眼差しで焔を見ながら言った。

「知らぬ気ぞ。主は、本性は何か?ただの神ではあるまい。」

焔は、赤い目を光らせた。

「ほう?思うたより主は愚かではないの。我は、鷲。鷲族の王ぞ。」

屋久は、息を飲んだ。

鷲族…遥か昔、鳥と鷹、鷲は並び立っていたと聞いたことがある。しかし、その頃神世では全て鳥族とされていた。鳥と同族とされるのを嫌い、先にそこを離れたのは鷲。ついで鷹が分かれた。そうして、別々に領地を持って統治していたが、戦国になり、龍の圧倒的な力を見た鷲は龍の傘下に下るのを危ぶみ、早々に神世と関わらずどこかへ身を潜めて出て来ることがなくなった…。

それが、神世の歴史書に書いてある、事実だった。

「な、なぜに今頃…?!」

屋久は、それ以上言葉を続けることが出来なかった。

焔は、屋久を前に頷いて話し始めた。

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