支援
維月が居間へと入って行くと、維心が一人で正面の椅子に座っていた。維月は、きょろきょろと見回しながら、手を差し出す維心へと歩み寄った…炎嘉が居ない。
すると、維心は苦笑した。
「炎嘉は帰ったぞ。あれも王であるから。そんなに遊んでおれるわけではないのだ。」
維月は、そんなに分かりやすかったかしら、とバツガ悪そうに維心を見た。
「まあ…あの、別に探しておったのではありませぬわ。お客様が居られると、気を張らねばと思うたので。」
維心は、笑って頷いた。
「ああ、分かっておるよ。別に何も言うておらぬであろうが。して、茶会はどうであった。兆加から、幾つか話は聞いておる。」
維月は、頷いた。
「はい。私でも指示出来る程度のものは、それで。ですが、屋久様の宮の、春香様からのお願いは…私には、どうにも。」
維心は、頷いた。
「聞いておる。慢性的に赤字であるのに、近隣の宮からの借用が多くて、それを返すのもままならぬようになっておるのを、王妃が助けて欲しいと陳情に来たのであるの。」と息をついた。「本来ならば、そこまで大規模になったなら王妃ではなく屋久が我に頼みに来るのが筋。そこが気に入らぬ。」
維月は、慌てて言った。
「あの、これは春香様が独断で、屋久様には言わずに参ったのだと聞いておりまするわ。臣下達が大変に困っておって、それを見かねてのことであるようで。ちょうど茶会に当選しておったのも何かの縁、と春香様は思い切って私に申されたのです。どうか、維心様。良しなに。」
維心は、ため息をついて肩肘をついた。
「どうしたものか…王妃は気の毒よ。だが、屋久は少し考えねばならぬの。あれは派手好きで遊んでばかりおる。あの宮は、慎ましく暮らしておれば困らぬ程度の職人は抱えておるのに、屋久の代になってからそれは無駄使いが過ぎるのだ。いつなり宴だ茶会だと、臣下の反対で宮で開けぬとなると、他の宮へ出かけて参っては散財するのだそうな。王の会合でもいつも派手な着物を着て、回りの神にからかわれておるわ。そのうちに立ち行かぬようになろうと、我も何も言わずに放って置いたのだがの。」
維月は、下を向いた。それは、春香に聞いて知っている。散財どころか、女癖まで悪いのだと涙ながらに訴えていたのだ。維月は、真面目で自分に一途な財力も権力もある維心に嫁げた自分が、どれほどに幸せなのかそれを聞いていて身に沁みた。本当に、奇跡だ。
「…春香様が、大変にお気の毒で。私は恵まれておりまする。維心様に嫁ぐことが出来、愛されていて。ですが、世には同じ王の妃でも、あれほどに苦労しておる女神も居るのだと、悲しく思いましてございます。」
維心は、息をついて維月の肩を抱いた。
「では、この件は我に任せよ。春香殿から聞いたとなると、屋久に対する立場もまた悪くなろうから、遠回しに、回りの宮からの借り入れのことを聞いておる、というように、屋久に話してみよう。折り良く会合も近い。そこから始めようぞ。それで、良いか。」
維月は、維心を見上げて頷いた。
「はい。屋久様を少し、叱って差し上げてくださいませ。考えを改めて頂かねば。王であられるのに…臣下のことを、いま少し真面目に考えてくださらないことには。」
維心は、頷いた。
「分かった。よう見ておく。案ずるでない。」
維月は、ホッと胸を撫で下ろした。維心は、出来ないことは約束しない。これも、考えてくれるだろう。
「維心様にお任せし置けば、私も安心でございまするわ。」
維月が言うのに、維心は微笑んで抱き寄せた。
「そう、我に任せておくが良いぞ。主が納得するように、尽力しようぞ。」
維月は、自分の幸福を実感した。維心を、愛している。これだけの権力と財力を持っていて、世の何もかもが思いのままの維心が、自分だけを真剣に思って愛してくれるのだ。ならば、自分もそれに真剣に応えなければ。報いるようにしなければ…。
屋久の宮では、臣下達が春香を出迎えていた。春香を乗せて行った輿と、もう一つ別の輿が後ろにあるのを見て、臣下達はいろめきだった…もしかして、あれは支援の品?
春香を乗せた輿が到着口へと滑り降りると、臣下達は膝をついて頭を下げた。春香は、侍女達と共に輿から降り立った。
「今、戻りました。」
筆頭重臣の戸砂が進み出て、顔を上げた。
「王妃様には、つつがなくお戻り頂き、安堵致しておりまする。それで、いかがでございましたでしょうか。」
春香は、ため息をついて頷いた。
「恥を忍んで維月様にご相談を。維月様は大変にご心配くださって、しかしながら事が大きいゆえに、龍王様にお聞きしなければならぬと。とりあえずの支援は維月様のご采配でも出来るとのことで、本日はあのように、たくさんのお品を下賜して頂きました。」
戸砂は、喜びのあまり卒倒しそうになりながらも、何度も頷いた。
「おお春香様、ほんに助かりましてございます。これで、此度、実穏様の宮へお返しする品が出来ました。此度返却が滞ったら、事を公表すると言われておりましたので。」
春香は、頷いた。
「しかしながら、また来月もありまするわ。何とか此度凌いだだけのこと。とにかくは、王がお気づきにならぬ間に、早ようあれを蔵へ。」
戸砂は、悲しげに言った。
「王はお出掛けでありまする。なので、大丈夫でございます。しかし、最後にあったわずかばかりの酒を、蔵から持って出られました。手土産も無しに他の宮の宴になど参れませぬから。」
春香は、力なく下を向いた。
「ああ、最後の酒まで。では、あれは蔵には持って参ってはならぬわ。主ら、どこか臣下の屋敷にでも置いてもらうように手配してくれませぬか。龍の宮からの品だと知れたら、あれを持って一体どこへ参られることか。実穏様の宮でないことだけは、分かりまするけれど。」
戸砂は、頷いた。
「はい…。本当に、王妃様にはこのようなご苦労を。王も、なぜにあのように遊び歩いてばかりいらっしゃるのか。父王は大変に素晴らしいかたであったのに。王も、皇子の頃には大変に真面目で良い皇子であられたのです。それが、いつの頃からか、急にあのように。」
春香は、また息をついた。自分が来た時には、既にああだった。父王が大変に案じられて、しっかりした妃が居ったらと言って、自分をここへ招かれた。そうして、皇子の妃になって欲しいと頼まれたのだ。小さな宮の皇女だった春香は、侍女達にも困るような生活の中でも、節約をして慎ましくやって行く術を知っていた。宮を切り盛りすることには慣れていたのだ。
なので、ここへ嫁いだのだが、屋久は来た時から大変に散財する皇子だった。それでも父王が居た間はマシだったが、父王が崩御されてから、好き勝手していくら春香でも、どうしようもない状態へと陥ってしまったのだ。
「…とにかくは、維月様がどうにかしてくださるとおっしゃってくださいました。龍王様は、維月様のおっしゃることは大概お聞きくださると噂に聞いておりまするし、きっと王にも、改心してくださるようになるのではと、我は希望を持っておりまする。」
戸砂は、頭を下げた。
「はい。春香様には、大変なお役目、お疲れでございましょう。せめて、湯殿でゆっくりなさってくださいませ。」
春香は、頷いて歩き出した。
「そうさせて頂きまするわ。」
風呂だけは美しく大きなこの宮で、春香はそちらへ向かって歩き出した。
戸砂は、明るい茶髪にうっすら赤い目と、それは高貴に美しく、とても下々の宮の妃には見えないほど出来た春香に、せめて寛いで欲しい、と心の底から思って、それを見送って頭を下げ続けたのだった。




