5. ニート
クビになったことを話すと、美咲はしばらく固まっていた。
それから小さく息を吐いて言った。
「……そっか。事故のあとだもんね。とりあえず、ゆっくり休んで」
ゆっくり休んで。
妹の許しが出た。
◇ ◇ ◇
翌朝。
美咲は大学へ出かけ、私は部屋でひとり途方に暮れていた。
剣もない。
魔物もいない。
救うべき民もいない。
「勇者とは、何のためにいるのだろう」
深い問いを胸に座り込んでいると、腹が鳴った。
家電禁止令。
だが美咲は「しばらく」と言った。
あれから一ヶ月以上経っている。
一ヶ月は、どう考えても「しばらく」より長い。
つまり禁止令は、もう切れている。
たぶん。
私は、ずっと気になっていた白い大きな箱を開けた。
ひんやりとした空気。
中には一週間前に美咲が買ってきたプリンが、そのままの姿でそこにあった。
「腐って、ない?」
前の世界では、食べ物は三日で腐った。
冒険中は干し肉と硬いパンばかりだった。
なのにこの箱は、時を止めている。
「時を止める宝箱! この世界の魔法技術、恐るべし!」
その日から、私の探索が始まった。
ボタン一つで部屋が夏にも冬にもなる「エアコン」。
修理から戻ってきた黒い板「テレビ」は、閉じ込められた人ではなく、遠くの景色を映す魔法だと知った。
今度は突かなかった。
銀貨を数枚入れるだけで、冷たい飲み物が落ちてくる「自販機」。
夜中でも灯りがともり、肉も菓子も酒も揃う、二十四時間眠らない砦「コンビニ」。
そして極めつけは、あの呪いの板「スマホ」だった。
数回撫でるだけで、温かい料理を誰かが家まで届けてくれる。
「ウーバーイーツ」というらしい。
「宿屋の飯が、向こうから歩いてくる!」
私は床に膝をついた。
前の世界で、私は毎日歩いた。
山を越え、川を渡り、野宿をして、魔物と戦い、ようやく一杯のスープにありついた。
この世界では、寝転がったまま全てが手に入る。
戦う理由が、どこにもない。
◇ ◇ ◇
一週間後。
大学から帰ってきた美咲がリビングのドアを開けると、そこには姉の姿があった。
四角い布団付きの机「こたつ」に下半身を埋め、スマホで動画を見ながらポテトチップスを食べている。
「お姉ちゃん、今日もそこにいるの?」
「うむ。今日で三日目だ」
「知ってるよ! 朝出かけるときもそこ、夜帰ってきてもそこ! トイレ以外で動いてるとこ見てないんだけど!」
「美咲。この『こたつ』という魔道具は危険だ。一度入ると、二度と抜け出せない。おそらく古代の封印術が使われている」
「ただの暖房だよ! ゆっくり休んでとは言ったけど、仕事探しは!?」
「心配するな。軍資金ならある。五百万ほどな」
私はスマホの銀行アプリを誇らしげに見せた。
この一週間で、使い方は完璧に覚えた。
美咲は画面をのぞき込み、そして静かに言った。
「お姉ちゃん。この家の家賃も、二人の生活費も、私の学費も、全部ここから出てるんだよ。毎月四十万は減るから、一年ちょっとで無くなっちゃう」
私は指を折って数えてみた。
指が足りなかった。
沈黙が流れた。
私はゆっくりと、こたつの奥深くに潜った。
「勇者アリシア、しばし休息を取る」
「現実から逃げないで!!」
世界を救った最強の勇者。
現代日本で、ニートになりました。




