4. 追放
それからの一ヶ月は、戦いの日々だった。
パソコンという魔導具は、私が指で突くたびに「キー」が一つずつ飛んでいった。
二週目には、ついに本体ごと真っ二つになった。
メールの返信は全部「承知した」の四文字。
取引先から「桐生さん、何かあったんですか」という電話が鳴りやまない。
スマホで電話に出る方法だけは覚えたが、出たところで状況は良くならなかった。
朝の満員電車では、背中を押してきたおじさんを反射的に背負い投げしかけ、駅員に三十分事情を聞かれた。
毎晩、家に帰ると玄関で倒れるように眠った。
魔王軍との戦いより、会社のほうがよほど体力を削られる。
食事は美咲が用意してくれたし、家電禁止令もまだ解けていない。
家にある不思議な箱たちの正体を、私はほとんど知らないままだった。
◇ ◇ ◇
そして運命の日。
大和食品への最終提案。
黒崎と天野が徹夜で作ってくれた資料を手に、私は社長の前に立った。
「本日は、御社のコスト削減について提案させていただきます」
よし、ここまでは練習通りだ。
二ページ目を開く。
数字がずらりと並んでいる。
読めない。いや、読めるけど意味がわからない。
私は資料を閉じた。
そして社長の目をまっすぐに見た。
「社長。単刀直入に言う。会社が苦しいなら、まずお前の給料を半分にしろ」
「なっ!」
「それと、昼から酒を飲んでいるな。息でわかる。民を率いる者がそれでどうする」
「き、桐生さんっ!」
天野の顔が青から白に変わっていく。
社長は真っ赤になって立ち上がった。
「く、黒崎くん! これが君たちのやり方かね!」
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
私は黒崎に呼び出された。
夕日が差し込む小さな会議室。
黒崎は胃薬を三錠、水なしで飲み込んでから口を開いた。
「桐生。お前は優秀だった。俺が育てた中で一番だった」
「うむ」
「だが、今のお前は正直、何なのかわからない」
私もわからない。
「大和食品は契約を打ち切った。他にも三社からクレームが来ている。木を担いでくる。パソコンを割る。取引先を斬ろうとする」
黒崎は眼鏡を押し上げた。
「事故のことは気の毒だと思う。だが、上の判断だ。今月末で、お前は解雇になる」
「つまり、クビか」
「そうだ」
私は少し考えた。
そして、ぽんと手を打った。
「わかった! パーティを追放されるやつだな! 前の世界で吟遊詩人がよく歌っていたぞ!」
「何の話だ」
勇者パーティから追放されたことは一度もなかった。
けれど、会社からは追放された。
復帰からちょうど一ヶ月。
桐生玲奈、二十八歳。
無職になった。




