3. 働く勇者
「この体の主には、果たすべき務めがある」
それが勇者としての私の結論だった。
玲奈という女が築いたものを、私が勝手に投げ出すわけにはいかない。
というわけで、復帰初日。
私は六本木の巨大な塔の三十八階に立っていた。
美咲いわく「オフィスビル」というらしい。
入口のガラス扉が勝手に開いたときは身構えたが、もう驚かない。
たぶん。
「桐生さん! おかえりなさい!」
目を輝かせて駆け寄ってきたのは、後輩の天野陽太という青年だ。
「事故のこと聞いて、本当に心配してたんです。でも、さすが桐生さんです。もう復帰なんて!」
「うむ。案ずるな、少年。私は不死身だ」
「ふ、不死身?」
そこへ、眼鏡の奥から鋭い視線を送る男がやってきた。
上司の黒崎透。この部署の長らしい。
「桐生。病み上がりで悪いが、今日の午後に大和食品のキックオフがある。業績回復の提案だ。いつも通り、ロジックツリーで課題を整理しておいてくれ」
「承知した。貴殿の命に従おう」
「貴殿?」
ロジックツリー。
木だな。わかった。
◇ ◇ ◇
午後一時。
会議室に入ってきた黒崎は、部屋の中央に立つ高さ三メートルのモミの木を見て動きを止めた。
「桐生。これは何だ」
「ロジックツリーだ。近くの園芸店から担いできた」
「なぜ担げる」
会議は始まった。
大和食品の社長は、ふくよかな体を揺らしながら言った。
「売上が三期連続で落ちていましてね。競合のミナト製菓にシェアを奪われているんです」
私はがたりと立ち上がった。
「つまり敵はミナト製菓だな。場所を教えろ。私が斬ってくる」
「き、桐生さん!?」
「待て待て待て」
黒崎が私の肩を押さえた。
異様に力が強い。
こいつ、できる。
「失礼しました。桐生は、競合の分析を、と申しておりまして。桐生、3C分析から頼む」
3C。
聞いたことがある。たしか資料に書いてあった。
私は右手を天にかざし、腹の底から叫んだ。
「スリィィィ・シィィィィ!!」
会議室が静まり返った。
空調の音だけが響く中、天野がぽつりとつぶやいた。
「すごい。何か、深い意図があるはずだ」
ない。




