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自堕落勇者アリシア〜最強女勇者、転生先でニートになる〜  作者: ゆりちりん
プロローグ

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2. 知らない天井、知らない体

ピッ、ピッ、ピッ。


規則正しい音で目が覚めた。

白い天井。白い壁。

腕には透明な管が刺さっている。


「拷問部屋か!」


跳ね起きると、ベッドの横で女の子が椅子から転げ落ちた。


「お、お姉ちゃん!? 先生! 先生ーっ! お姉ちゃんが起きた!」


お姉ちゃん?

私に妹はいない。孤児院育ちだ。

駆けつけた白衣の男たちが、光る板を見ながら口々に言う。


「信じられない。心停止から蘇生するなんて」

「奇跡ですよ、桐生さん」


きりゅう?

誰だそれは。


ふと、壁の鏡が目に入った。


映っていたのは、黒髪をすっきりと切りそろえた、知的な顔立ちの大人の女だった。

切れ長の目。通った鼻筋。

どこからどう見ても「賢そう」な顔。


私が右手を上げると、鏡の女も右手を上げた。


「誰!?」


「お姉ちゃんだよ! 桐生玲奈! 二十八歳! コンサル会社のエース! 覚えてないの!?」


泣きながらまくし立てる少女の話をまとめるとこうだ。


彼女の名前は美咲。

この体の持ち主である、桐生玲奈の妹らしい。


玲奈は出張帰りに車の事故に遭い、一度心臓が止まった。

そして、なぜか私の魂がこの体で目を覚ました。


つまり。


「ここは死後の世界か!」


「違うよ! 日本だよ!」


ニホン。

聞いたこともない国だ。


私は胸を張って名乗った。


「私は玲奈ではない。勇者アリシア・ブレイヴハート。魔王を倒した者だ」


病室が静まり返った。


医者は少し困った顔で美咲と目を合わせ、穏やかに言った。


「事故の衝撃で、記憶が混乱しているのでしょう。しばらくは様子を見ましょう」


美咲は泣きながら何度も頷いていた。


どうやら、誰も信じていないらしい。

まあいい。

よくわからないときは、とりあえず頷いておく。

勇者の処世術である。


それから、私は「玲奈」と呼ばれるたびに返事をするようにした。


◇ ◇ ◇


一週間後、私は退院した。


病院の外に出た瞬間、鉄でできた巨大な箱がものすごい速さで目の前を通り過ぎた。


「魔物だッ! 美咲、下がれ!」


「車だよ! お願いだから道路に飛び出さないで!」


美咲に手を引かれてたどり着いたのは、空まで届きそうな石の塔だった。

小さな部屋に入ると扉が閉まり、体がふわりと浮く感覚がした。


「転移魔法か。なかなかの使い手がいるな」


「エレベーターね」


十階の一室が、玲奈と美咲の家だった。

二人きりで暮らしているらしい。


美咲が小さな棒のボタンを押す。

すると、壁の黒い板の中に突然人が現れ、にこやかに天気の話を始めた。


「人が閉じ込められている!」


剣はない。

私は玄関の傘をつかみ、全力で板を突いた。


バキッ。


板の中の人は消えた。

代わりに、蜘蛛の巣のようなひびが残った。


「テレビーっ!!」


美咲の悲鳴が響いた直後、今度は私のポケットで何かが震えだした。

取り出すと、手のひらほどの板が光りながら鳴っている。


「呪いの板だ! 美咲、離れろ! 窓から捨てる!」


「それお姉ちゃんのスマホ! 会社からの電話!」


美咲は私の手からスマホを奪い取り、肩で息をしながら言った。


「お姉ちゃん。お願いだから、しばらく家の物には何も触らないで」


こうして私には「家電禁止令」が言い渡された。


元勇者アリシア改め、桐生玲奈。

その現代日本での生活は、ひびの入ったテレビの前から始まった。

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