再会
「おそらく万葉集をモチーフにして作られていると思う。」
「万葉集?あの万葉集?」
「そう。あの万葉集。」
僕の問いに対して朝霧さんははっきりと返事をした。
万葉集とは飛鳥から奈良時代に作られた詩集である。僕の友人が万葉集の熱狂的なファンで度々僕に解説するため多少の知識が僕には備わっているが全て知っているわけではなく万葉集がモチーフと言われて絵を見返したが僕にはピンとこなかった。無論488番歌の内容など知らない。
「この488はおそらく488番歌のことだと思う。確か、、、4巻だったかな。たまたま最近テレビの特集があって覚えてたの。『君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く』。この歌の内容とあまりに類似点が多いと思わない?でも手に持ってる花に関してはよくわからないし想像の域を出ないけどね。」
確かにカーテンを簾に例えているし窓から見える景色も赤で秋を連想させる。カーテンは靡いているがそこには誰もいない。
「なるほどね、万葉集か。確かに絵とあってる。ちなみにこの手に持った花は彼岸花らしいよ。」
「彼岸花なんだ。私にはリコリスに見えたけど」
「リコリスと彼岸花って同じだよ。ただ、この絵が秋の歌をモチーフと解釈するなら彼岸花が正しいんじゃないかな」
へー、と言わんばかりの顔だ。ちなみにリコリスは秋以外にも咲く種類がある。しかし関係ないのでここでは話さなかった。
僕らは絵を5分ほどじっくりと見つめた。彼岸花を抱えているこの子はおそらく親友さんだろう。そうなると親友さんは藤沢のことを待っているのか。これは昏睡前に描いたらしいからきっと未来にこうなるんじゃないかということと488番歌を重ねた。
彼岸花の花言葉は再会。合点がいく。
「私の予想終わり。でもこれが答えだと私は思う。」
「ありがとう。明日藤沢にこれを教えてみるよ」
親友さんは今でもずっと藤沢を待っている。
「そうか、、、ありがとう篝。朝霧さんにも伝えといてくれ」
僕は後日、放課後に美術室へ向かい藤沢に昨日朝霧さんが言ったことをそのまま伝えた。それを聞いて藤沢はデッサン中だった手を止めて昨日の絵を見つめ直し始めた。
「万葉集か、、、あいつがそんなもの見てるなんて知らなかった。もっと話せていたら、そういうことも聞けたのかもしれないな。」
「、、、部外者の僕がいうことでもないけど、親友さんに会いに行ってやってくれないかな。きっと藤沢のことを待っていると思う。」
僕が言うと、藤沢は絵から目を離して小さくため息をついた。そして鉛筆を握り直し、中断していたデッサンを再開した。
「会いに行っても意味がない。あいつは眠っているし声が届くこともない。」
「そんなこと、わからないじゃないか。僕たちにはわからないだけでもしかしたら聞こえていて目を覚ますかもしれない。」
少し語句が強くなってしまって自分の声で僕が少し萎縮してしまった。藤沢は鉛筆の動きを止めない。
「あいつはもう長くないかもしれないんだ。あいつが起きてる間はしょっちゅう顔出してたよ。でもな、どんどん痩せていくあいつを見て俺の中で想像したくない未来が膨らんでいくんだ。俺はもう、、、あいつを見たくない。」
藤沢の手が止まる。藤沢は口ではそう言っているが絵を持っていくという旨の発言をしているためどこかでいくはずだ。
だが、もし仮にその時にはすでに遅かったら藤沢はきっと後悔する。奇跡なんかなくても期待なんかしなくても会いにいくことで顔を見ることでどうなろうと藤沢は会いにいくべきだ。会って何か変わるなんてことを期待するのは狂気だが会いに行かないと期待すらできない。
あの時の僕とは違い藤沢には会いに行く選択肢がある。
僕は畳み掛ける。
「絵を描こうとしている人間が題材を見なくてどうするんだ。」
「意味のないことはしない。絵も、、、描かなくていい。どうせその絵が見られることもないんだ。」
「、、、そんなこと藤沢が1番言いたくないだろう。親友が待っていると言うことがわかってるのに藤沢みたいな優しい人間が行かないはずがない。親友さんは喜ぶと思うよ。」
藤沢は小さく「買い被りすぎだ。」と呟き黙りこくってしまった。話しかけられる雰囲気ではなかったので僕は静かに美術室から出て茶道室に戻った。
茶道室は夕日が窓から差し込み茜色が畳へ写っていた。幻想的な部屋に見惚れつつ僕は朝霧さんの前に座り朝霧さんはお茶を立て始めた。
簡単な方法で僕たちはお茶を嗜むのでそこまで厳格なルールで飲まない。朝霧さんは僕よりお茶に対する理解が深いが僕に合わせて飲みやすくしてくれている。
「お菓子をどうぞ」
「お菓子を頂戴いたします」
カステラを口へ運び味わって飲み込む。お茶を飲む前にこれらを全て食べ終わらなくてはならない。お菓子の甘さが口に残っているうちにお茶をいただくのだ。
「お手前を頂戴いたします」
お茶碗の右側をとり左手のひらに乗せて右手を添えて持ち上げる。ここら辺は僕はまだ慣れてなくてよく間違える。今日は間違えずにできてよかった。
3回に分けてお茶を飲み干した。最後の一飲みはズッと音をたてて飲む。
「美味しくいただきました」
僕がそういうと朝霧さんはにっこりと笑いそれを合図に僕らのお茶が終わった。
姿勢は崩さずに僕らはいつも世間話を始めている。
今日は僕に聞きたい事があるようだ。
「藤沢くんだっけ。親友さんのところに行くといいね。あの絵を描くほど未来が怖かったのなら彼のことをずっと持ってると思うの。」
「そうだね。藤沢はきっと行くと思うよ。彼は自分に嘘がつけないからいくら口で行かないと言っても足が動いてしまうだろうからね。」
「きっと喜ぶだろうね。目を覚ました親友さんが次にどんな絵を描くんだろう。一度お話ししてみたいな。いつか4人でお茶を飲みたいね」
笑顔で話す朝霧さんに「そうだね」と相槌をする。この日は深海生物についての話が盛り上がって部活終わりまで言葉が尽きることはなかった。




