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『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
セリアの介入

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第90話 セリア、司祭になる

 万年豊作教会の正面広場に満ちていた異常な熱気は、未だに冷める気配をのぞかせてはいなかった。

 しかし不穏なことに、現地住民たちの視線のベクトルは、すでにマコト単体から、その数歩後ろで額を押さえている漆黒の法衣の女性――セリアへと、全自動で分散されつつあった。

「……同僚、って言ってたよな」

「40億年も前から、ずっと一緒に職務をこなしてきたお方だろ?」

「ってことは、だ……」

「あの銀髪のお嬢さんも、オレたち人間とは根本的に仕様の違う、偉大なる先導者のお一人ってことじゃねえか!」

 セリアの聴覚センサーは、群衆の隙間から漏れ出してくるそれらの悍ましいログを完璧に受信していた。そして最悪なことに、彼女の卓越したリスク管理能力は、この不条理な誤解のシステムが、これから一体どのような恐るべき破滅フェーズへ突入していくかを、寸分の狂いもなく逆算してしまっていた。


 リナは恭しく胸に抱きしめていた分厚い書籍をゆっくりと閉じると、その瞳に宿る熱狂の色をさらに深めながら、セリアの方へと向き直った。それまでは単なる「ボスの連れのお客人」として処理していた彼女のステータスが、リナの脳内システムにおいて、最大級の畏怖を伴う「至高の存在」へと強制書き換えされたのだ。

「セリア管理官様」

 声をかけられたセリアは、神界の最高位行政官としての格式をどうにか維持しながら、ぎこちなく姿勢を正した。

「……はい。何でしょうか、リナ司祭」

「客観的な事実確認としてお尋ねいたします」

 リナは、至高の神託を求める聖職者のように、極めて真摯に言葉を選んで問いかけた。

「……貴女様は、あの気の遠くなるような永劫の時間の中、常にボスの傍らに立ち、その職務を支え続けてこられたのですか?」

 セリアは嘘を嫌う。特に、実務の実績データに関しては1ビットの虚飾も容認できない。そのため、彼女は生真面目に首を縦に振った。

「はい。それは純然たる事実です。神界の第一執務室において、私は常にボスの第一アシスタントとして稼働していました」

「ならば!」

 リナは確信に満ちた晴れやかな笑みをその顔に浮かべた。

「……貴女様は、ボスの深遠なる大いなる教えのすべてを、世界で誰よりも完璧に履修されているはずね!」


 セリアの理性が、その危険な結論を検知して激しく首を横に振った。

「いいえ、根本的な部分で不整合を起こしています! 私はボスの職務を実務的にサポートしていただけであり、何か高尚な教義を伝授されたわけではありません!」

「なるほど……よく分かりました」

 リナは深く、深く感じ入ったように首を縦に振った。そのアンサーの受信方法は、セリアの意図した仕様とは完全に異なっていた。彼女たちにとって、その徹底的な自己否定のログは――ボスがいつも口にする「私はただの平民の会計士です」という、あの至高の謙虚さの仕様にしか見えなかったのだ。


 教団の書記たちが、興奮のあまり鼻息を荒くしながら、ひそひそとログを共有し始めた。

「……おい、完璧に一致してるぜ」

「ああ、話し方のロジックがボスと全く同じだ」

「自分の偉大さを1ミリも誇示しないあの態度……間違いなくボスの直系の弟子だわ」

 セリアはパチパチと瞬きを繰り返し、脳内の処理落ちに呆然とした。

「……で、弟子? 私は弟子ではありません! 私は公式な実務を共同で執行していただけであって、ボスから宗教的なレクチャーを受けた形跡は1つとして存在しないのです!」

「ええ、もちろんその通りです」

 リナは聖母のような微笑みを浮かべ、深く頷き返した。

「ボスは常に、形式的な宗教などではなく、この地を生きるための合理的な生活システムそのものを淡々と語られますから。だからこそ、ボスの御言葉はオレたち愚かな人間の枠組みを突破して、すべての人間に完璧に浸透するのです」

「……」


 セリアは、完全に言葉のログを失った。まただ。また、この不条理なバグの無限ループが全自動で独立稼働している。彼女が100パーセントの実直な否定コマンドを入力するたびに、現地住民たちはそれを『至高の謙虚さ』という教理へと脳内変換していく。

 マコトは、しばらくの間その対話のログを客観的に観察していたが、やがて、部下の有能な実績を正確に報告すべきだと判断し、感情の波を一切排したトーンで口を開いた。

「セリアの処理能力は、極めてハイエンドです」

「ボス……っ!?」

「事実です」

 マコトは当然の定期評価を行うように、淡々と告げた。

「公文書の精査や各種データのインフラ仕分けに限定すれば、彼女の処理速度は私を優に超越しています。過去の巨大プロジェクトにおいても、私は幾度となく彼女のリソースを公式に要請し、難局をクローズしてきました」


 リナは2人の様子を交互に見つめ、やがて、魂の規約にすべての帳尻が合ったかのような、極製の納得の表情を浮かべて深く深く頷いた。

「……すべてを理解いたしました」

 セリアは、額のあたりに激しい混迷の前兆を感じながら、掠れた声で問い詰めた。

「……一体、何を不整合に納得されたのですか?」

「ボスがそれほどまでに全幅の信頼を寄せるお方。つまり貴女様は、ボスの偉大なる御意志のすべてを代理執行できる、唯一無二の正当なる継承者であるという事実です」

「違います! それは単なる肉体的な労働環境の話であって――」

「ええ、それこそが真の信頼の証明です!」


 セリアは、自分の顔を両手で覆い隠したくなった。なぜ、この村の人間たちは、すべての客観的な事実データを狂信の燃料へと100パーセントの効率で変換してしまうのか。

 その時、広場の最前線にいた書記の一人が、大興奮の面持ちで挙手を行った。

「リナ司祭! 教団のロジスティクスにおける重大な提案があります!」

「提示してください」

「ボスは、日々の帳簿管理や農地のインフラ最適化の職務で常に多忙を極めておられます。そのため、オレたちが教典の記述内容について決裁を仰ぎたくとも、ボスのタスク表が空くのをただ待つことしかできませんでした」

「ええ、それは教団の運用効率における最大のボトルネックでしたね」

「ですが! ここに、ボスと共に40億年もの長きにわたり職務を共有し、ボスから完璧な処理能力を保証されたセリア様がいらっしゃいます! セリア様であれば、ボスの神託の真の仕様を、オレたちに完璧にレクチャーできるのではないでしょうか!?」


 広場全体の熱狂のパラメータが、その一言によって一瞬にして天井知らずに跳ね上がった。

「……間違いないわ!」

「セリア様なら、ボスの御言葉の真意を完璧にデバッグしてくださる!」

「あの漆黒の法衣のお姿……まさにボスの大いなる御国の最高位聖職者にふさわしいわ!」

 住民たちは、揃って激しく首を縦に振り始めた。


 セリアは大慌てで両手を前に突き出し、最大級の却下コマンドを入力した。

「待ちなさい! 私にはそのような権限は存在しません!」

「なぜですか、セリア様?」

 リナが不思議そうに首を傾げた。

「なぜなら……私は、この下界の農業仕様に関する知識を1ビットも保有していないからです! 私はジャガイモの栽培プロセスすら、客観的に認知していません!」

 広場は一瞬にして、静まり返った。すると、リナはどこまでも温かい、慈悲深い笑みをその顔に浮かべて首を振った。

「ああ……なんとボスにそっくりなお姿か……」

「……へ?」

「ボスもいつも、自分はただのしがない平民の会計士だ、農業のことなど何も知らないと、公式に否定されます。ですが――あの人が実際に口にされるインフラ最適化の公式は、いつもオレたちの拙い知識を遥かに超越して、この地に奇跡の豊作をもたらします」

 セリアは、網膜の解像度を限界まで上げて、眼前の不条理な光景を凝視した。

「いいえ……それは根本的な部分で属性が異なります……」

「いいえ、何も異なりません」

 リナは聖母のような声調で、優しくその脆弱な反論を粉砕した。

「真に深遠なる智慧を保有する存在ほど、自らを未熟な平民であると仕様定義される。それこそが、ボスがオレたちに示してくださった絶対的な日常システムなのですから!」


 セリアは、ゆっくりとボスの方へと首を巡らせた。

「ボス……お願いですから、管理者としての公式なアナウンスを出力してください……!」

 マコトは泥のついた枯れ枝を持ったまま、少し不思議そうにほんの少しだけ首を傾げた。

「何ですか、セリア」

「私はこの教団の司祭でも何でもありません!」

 マコトは納得のログを受理し、いつも通り、満足そうに短く頷いた。

「ええ、その通りです。セリアは司祭などの非生産的な職種ではありません」

 セリアの額に、ようやく一縷の希望の光が灯った。

 ――しかし、マコトはその後に続く、彼にとっては100パーセント客観的な事実データの追加通達を平然と執行した。


「彼女は神界の最高位管理官であり、勤続年数は約40億年です。業務上の規約やシステム仕様を他者へ伝達するというタスクに限定すれば、彼女の処理能力は私よりも遥かに最適化されています」


 万年豊作教会の正面広場が、文字通り――音を立てて、完全に凍結した。リナは、手元の大切な書籍を胸へと強く抱きしめ直すと、もはや言葉を失った深い感動の涙をその瞳に浮かべ、ゆっくりと、極めて敬虔に腰を折った。

「……ならば」

 彼女の唇から、確固たる神託のログが漏れ出た。

「……貴女様以上に、ボスの深遠なる御意志をオレたちに先導できる適任者は、世界にただの1人も存在しません」

 リナは晴れやかな顔を上げ、この上ない敬意をその全身から漲らせて告げた。

「セリア管理官様。いえ――セリア司祭様。どうか現時刻を以て、オレたち愚かな信徒たちを正しい実務へと導く、教団の最高指導者として、その職務を受諾していただけないでしょうか」


 セリアは完全に凍結していた。彼女は小さな口を半開きにしたまま、虚空を見つめて完全にフリーズしてしまっていた。声帯の出力システムが一時的に停止し、1ビットの音声データも出力できない。

 周囲を見渡せば――広場を埋め尽くしていた何十人もの村人たちが、ごく当たり前の日常動作として、一斉に、ザァッ……と美しい波のように泥道へと平伏し始めたのだ。

「セリア司祭様……!」

「オレたちの未熟な実務をご指導ください、司祭様――っ!」

「これでお引退されたボスの御意志も、完璧に維持されるぞ!」


 セリアは、今度こそ本当に涙目になりながら、隣に立つ最高責任者の横顔を、悲痛なシステムエラーの表情で見つめ返した。一方で、マコト自身は、泥のついた枯れ枝をのんびりと眺めながら、ほんの少しだけ不思議そうに首を傾げているだけだった。

 彼にとっては、ただ優秀な部下の正確な実績データを現地の作業員たちに報告し、適材適所のタスク配置を完了しただけに過ぎないのだから。

 神の無自覚な正論と、人間の実直すぎる狂信が完全に噛み合った瞬間――神界 of 最高位管理官が、下界へ降臨してわずか数十分にして、新興の集落教団における最高位司祭へと全自動で強制アップデートさせられてしまうという、不条理極まりない大火災がここに幕を開けてしまった。セリアは迫り来る不穏な未来への果てしない大いなる困惑に、ただただ声もなく、夕暮れの広場で立ち尽くすことしかできなかった。


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2026/09/09 公開予定

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