第74章 深まりゆく確信
ルナ村の東に広がる圃場には、再び規則正しい実務の日常が満ち満ちていた。
朝一番の水路点検から始まり、日中の大半は開墾地での泥にまみれた労働に費やされ、夕刻には収穫量の集計データ作成と次期の必要原価計算を行う。最高神マコトは、この一切の淀みのないルーティンワークを魂の底から堪能していた。彼の時間管理思想に言わせれば、生産現場の各プロセスが計画通りに稼働しているということは、組織が中長期的な発展に向けて確実に前進しているという明確な証拠であり、それ以上の虚飾など実務の現場には塵ほども必要ないからだ。
その朝、村の会所へと入ってきた青年レオンの両手には、異様なほど高く積み上げられた羊皮紙の書簡の束が握られていた。その分量は、これまでのフロントオフィス(受付窓口)の受領記録を遥かに凌駕していた。
机の上で大冊『馬鈴薯の書』の清書監査を行っていたリナが、驚きにその美しい目を見開いた。
「レオン、一体それは……これほどの量の書類が届いたのですか?」
「ああ、リナ。驚くべきことに、これらはすべてこの三日間の間に村の境界へと届けられた、他所の村々からの事務書簡なんだ」
村長モレンが老眼鏡をかけ、その中から無作為に一通を抜き取って封を解いた。印章には、彼のような老村長でさえ一度も耳にしたことのない、遥か彼方の不毛の集落の名が刻まれていた。
『至高なるマコト様。我らは貴方が示された灌漑プロセスの最適化手順を愚直に実行いたしました。結果として、我が村の水流エラーは完全に解消され、収穫量の数値が好転し始めております』
モレンは深く息を呑み、次の書簡へと指先を伸ばした。
『我らは、ルナ村の土を求めるという非合理的な近道の獲得を全面的に放棄いたしました。あのお方の厳しい戒めに従い、自らの足元の土壌成分を徹底的に観察し、肥料の配合プロセスを修正したところ、地力は完全なる回復を示しております』
さらに次の書簡。
『我らは、大旦那様が子供たちに授けられた「現象の原因を特定する智慧」を、我が村の幼い世代への絶対の教育指針として導入いたしました』
そして、その次に開かれた羊皮紙には、こう記されていた。
『我らの集落では、毎週の初めに全員が広場へと集結し、拝礼の姿勢のまま『馬鈴薯の書』の朗読を行うことが不変の規則となりました』
会所内は、押し潰されるような神聖な静寂に包まれた。レオンは未だ処理の追いつかない書簡の山を見つめ、声を潜めて呟いた。
「モレン村長……まだ、これだけの記述が遺されています」
老村長はただ、厳かに首をうなずかせることしかできなかった。彼の老練な政治的勘に言わせれば、あの大いなる御方――最高神マコトの垂れた冷徹なる正論の響きは、もはや彼らの視界の及ばぬ地平へと根を張り、巨大な精神的統治を完成させつつあるのだ。
陽光が天頂を過ぎる頃、フロントオフィスに数人の他所の視察者たちが、恭しく進み出てきた。しかし、今の彼らの両手には、以前のような土壌の袋も、水瓶も、古い鍬の姿も塵ほども見当たらなかった。彼らが大切そうに胸に抱え込んでいたのは、自らの手で書き写した、何枚もの粗末な写本の束であった。
「……恐れながら、筆頭編纂者レオン様。我らは、我が村の所有する写本の記述に一文字の狂いもないかを確かめたく、データの監査(検分)を願い出たく参りました」
レオンはその真摯な実務の姿勢を快く受け入れ、大冊『馬鈴薯の書』を開いて一行ずつデータの整合性を確認していった。度重なる伝承の反復があったにもかかわらず、驚くべきことに、そこには数字の一桁、助詞の一文字にいたるまで、原典との差異はまったく見当たらなかった。
「……完璧です。一文字の狂いもなく、原典のデータと一致していますよ」
男は、肺の底から深い安堵の息を漏らし、涙ぐむように平伏した。
「おお……ありがたき幸せにございます。これで我が村の指針は、真の正統であることが証明されました」
そこへ、実験用圃場の実績レポートを提出するために、マコトがのんびりとした足取りで会所へと入ってきた。机の上のやり取りに目を留め、彼は不思議そうに眉をひそめた。
「レオン。何かな、公的な事務手続きの最中かい?」
「あ、大旦那様、マコト様! いえ、不都合ではございません。こちらの視察者の方々が、自らの村に保管している写本のデータ監査を行っていたのです」
マコトは、自らが提示した農業マニュアルのデータ整合性を保とうとする彼らの徹底された管理意識に、小さく感心して頷いた。
「ふむ、それは情報の品質管理において極めて賢明な判断だね」
「賢明、でございますか? 大旦那様」
レオンが弾かれたように筆を走らせる準備をすると、マコトは至極当然のデータベース運用の基本原則を口にした。
「そうだ。ドキュメント(書物)というものは、複数の人間の手によって幾度も複写のプロセスを繰り返していくうちに、必ず微小な書き損じや記述の脱落といったエラーが蓄積されていくものだからね。その初期のノイズを放置すれば、数世代後には全く異なる誤ったプロセス(マニュアル)に変質してしまう。だから、定期的にマスターデータ(原典)と照合し、整合性を担保する点検業務を行うのは、リスク管理の観点からも不可欠な作業だよ。素晴らしい心がけだね」
レオンは、そのインクの先が羊皮紙を引き裂かんばかりの勢いで、その『原典照合の理』を書き留めていった。マコトはその様子を眺め、事務処理の原則がまた一つ現場に定着したことに満足して薄く笑みを浮かべた。
「記録を取る習慣は本当に重要だね。データの正確性こそが、実務の成功を支えるのだから」
「ははっ! 大旦那様の仰る通り、この原典との一致こそが、我ら凡愚の民を真の智慧へと繋ぎ止める絶対の命綱にございます!」
マコトは「なぜ台帳の照合作業に対してこれほど激しい高揚感を覚えるのだろうか」と不思議に思ったが、情報の精度が保たれることはプロジェクトの観点からも喜ばしい事実であった。彼にとっては、これはただの『マニュアルのバージョン管理』に関する平凡な業務指導に過ぎなかった。
しかし、最高神マコトは夢にも思っていなかった。
この日、会所の窓口にやってきた男たちが、その一文字の整合性を得るためだけに、どれほど莫大な移動コストと永い歳月を投資して、このルナ村の境界を目指してきたのかということを。
外の世界の民にとって、あの二本線の引かれた『マコト用・業務管理手順書』の記述は、もはや単なる農業の手順書などではなかった。それは、一文字の狂いも、人間の主観による改ざんも許されない、世界の根源を律する絶対のドグマ――一字一句に神聖なる神威が宿る、至高の神聖なる『原典』へと、美しく昇華されていた。
最高神マコトのあずかり知らぬところで、その素朴な実務の言葉は、時を越え、国境を越え、現世のあらゆる迷いを打破する絶対の聖句として、人間の魂の深淵に鋼の如き「信仰の力」をいや増していくのだった。




