表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
誤解の宗派

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/111

第65章 信仰の力

 三人の旅人が『すべては誤りなり』という峻烈しゅんれつな断定を胸に刻んで帰路に就いてから数日後、ルナ村へ流れ込む参拝者の足取りには、以前とは明らかに異なる「確信」の響きが交じるようになっていた。

 街道の境界を越えてやってくる群衆は、もはや村の境界にある広場や素朴な石像に目を留めることすらなく、案内を請うために旅籠はたごや村長の会所を訪れる手順さえも省略していた。彼らは村の住人とすれ違うや否や、一様に熱を帯びた、しかし至極真面目な眼差しで、ただ一つの問いを投げかけるのだった。

「大旦那様は、マコト様は今、どちらにおられるのか」

 ルナ村の民もまた、日を追うごとに増えるその問いかけに対して、今や農協の受付係さながらの滑らかさで、淀み(よどみ)のない回答を返す術を身に付けていた。

「東の開墾地だよ。もしそこにいなければ、上流の灌漑水路を検分しておいでだ」

「それでも見つからなければ、種芋の貯蔵庫を覗いて(のぞいて)ごらん。あのお方が仕事を離れて遠くへ行かれることなど、絶対にあり得ないからね」

 その案内は、常に寸分の狂いもなく正確であった。最高神マコトの徹底された時間管理思想において、生産現場を離れて無為に時間を浪費するなど、業務効率を著しく低下させる不合理極まりない行為だからだ。あのお方は、常に自らの職務の渦中にのみ、その身を置いておられた。


 その朝も、マコトは種芋貯蔵庫の分厚い木扉の前に立ち、古びた鉄製の蝶番ちょうつがいと向き合う実務に没頭していた。

 長年の湿気によって表面に薄く浮き出たさびを、目の細かい布と潤滑油を使って丁寧に拭い去り、緩んでいた木ネジを一本ずつ、正確なトルクで締め直していく。前夜の降雨による湿度の上昇を勘案すれば、雨季の本格化を前にして、貯蔵庫の気密性を維持するための保守点検は、在庫管理の観点からも一刻の猶予も許されない最優先課題であった。

(ふむ、更新コストをかけずとも、適切なメンテナンスを行えば十分に変形を抑制できるな。依然として許容範囲内の機能を維持している)

 マコトは滑らかに開閉するようになった扉の建付けを確かめ、心の中で満足げに頷いた。彼にとって、道具の寿命を延ばすための延命処置は、予算管理の観点からも至極当然の業務プロセスに過ぎなかった。


 その貯蔵庫の影に、他所の村の衣服を纏った一団が、息を潜めて立ち尽くしていた。彼らは、あの大いなる御方が自らの手を油で汚しながら、一介の職人の如き手際で扉を修理していくその一挙手一投足を、不敬な雑音を立てぬよう凝視していた。

「……御覧なさい。大旦那様は、本当にご自身の御手で全てを直しておられる」

「ああ、お付きの神官に命じることもなく、ただ静かに、道具の不具合と向き合っておられる。なんと高潔で、飾りのないお姿か……」

 彼らの目には、マコトのただの『固定資産の保守修繕』が、現世の綻び(ほころび)を自らの慈悲によって修復する、至高の神聖なる儀礼に映っていた。


 作業の一区切りを終え、マコトは首の汗を拭いながら、物陰の一団へと平然と視線を向けた。

「そこで見学している方々、何か実務的な用件かな?」

「は、はい! 突然の拝謁はいえつ、恐れ入ります、マコト様!」

 先頭に立つ若者が、泥の上に膝を突かんばかりの勢いで深く頭を下げた。

「我らはここから西へ三日の旅路を越え、アーヴェン村より参じた者にございます。あの大冊――『馬鈴薯の書』に記されし至高の理を拝し、我が村もルナ村の如き奇跡の実りで満たしたく、その方法を乞いに(こいに)参りました」

 マコトは「三日間の徒歩移動」という過酷な移動コストを支払ってやってきた彼らの熱意に対し、農業指導員としての客観的なアドバイスを伝えるべく、近くの木陰を指し示した。

「三日の旅か。それはご苦労だったね。では、実務の混同を防ぐために、まずは最も重要な前提を述べておこう。お前たちの村を、このルナ村と全く同じ形にしようとしてはならないよ」

 その想定外の拒絶に、一団は互いに顔を見合わせ、愕然がくぜんとした表情を浮かべた。

「な、なぜでしょうか……? 我らは大旦那様の教えを完璧に模倣しようと……」

「それは原因の特定を誤っているね。なぜなら、お前たちの村とこのルナ村では、土壌の成分、利用可能な水源の流量、気候、日照時間といった『初期条件』が根本から異なっているからだ。事前のリサーチを怠り、他所の成功事例をそのまま無批判にコピーしたところで、条件が違えば生産性のグラフは必ず破綻する。模倣は解決策にはならないよ」

 若者たちは、その一切の感情を排した、冷徹なまでの正論の論理に、ただただ息を呑んだ。

「では……我らはいかにして不毛の地を救えばよいのでしょうか」

「他所の景色を眺めるのを止め、まずは自らの村の『現状』を徹底的に観察しなさい。作物の育ちが悪いなら、その背後にある具体的な阻害要因を特定する。水が足りないのか、土が痩せているのか、それとも手順が乱れているのか。原因が特定できれば、それを解決するための適切なプロセスを構築する。実務の改善とは、常にその反復だよ」

 誰もその言葉を軽んじる者はいなかった。あまりにも客観的で、一分の隙もない正論の楔は、彼らの魂に絶対的な真理として突き刺さっていった。


 一団の中にいた一人の老人が、深く感じ入ったように拝礼の姿勢のまま声を震わせた。

「マコト様……我らは、貴方が『馬鈴薯の書』を通じて示されたその偉大なる理を、魂の底から信じております」

 マコトは「信頼関係の構築は業務効率を高める」という組織論の観点から、満足げに小さく頷いた。

「それは良い傾向だね。互いの信頼関係コンプライアンスが強固であれば、技術の伝承や情報の共有といった実務の連携は、格段にスムーズに進行するからね」

 老人は、その言葉に、神の広大な御心を見出したように目頭を熱くした。

「おお……ありがたき幸せにございます! 我らは、あの豊穣の神の御言葉を、未来永劫守り抜きます!」

 マコトは、またしても出現した『豊穣の神』という非論理的な呼び名に対し、一瞬だけ深い沈黙に沈んだ。しかし、彼はすでに数日前の監査において、この世界の住民たちの頑固なエラー(誤解)を一つずつ訂正していくことが、どれほど時間資源の無駄遣いであるかを学習していた。

(……まあ、いい。呼び名がどうあれ、彼らが私の提示した栽培手順と品質管理の手法を正確に実行し、実務の成果を上げるのであれば、その呼称の不正確さは生産性の数値に何ら影響を及ぼさない。実務の進行を最優先しよう)

「……その呼び名が、私の提示する管理手順の正確性を損なわないのであれば、好きに呼ぶといい。実務に集中しなさい」

 マコトは淡々と告げると、再び手鍬を握り直した。

 しかし、その「好きに呼ぶといい」という一切の権威を誇示しない無欲な言葉こそが、老人の脳内において、現世のあらゆる偽りの神々を遥かに凌駕する「最高神の絶対的な包容力」として美しく変換されていた。老人は涙を流しながら、何度も地面に頭を打ち付けるように平伏した。


 その日の夕暮れ時、会所の中では、青年レオンが黒々としたインクを使って、今朝マコトが垂れた言葉の数々を『馬鈴薯の書』の余白へと克明に書き加えていた。

 リナはその清書されたばかりの一行に目を留め、指先でその文字をなぞりながら、小さく息を呑んだ。

「『互いの信頼しんらいは、実務の連携を格段に滑らかにする』……」

 彼女は、その一文を何度も唇の中で反芻した。

「大旦那様は、ただの作業の手順だけでなく、人と人とが支え合うために必要な、心の在り方まで見抜いておられるのね……」

 レオンも深く頷き、筆を置いた。

「ああ。そして、あの『他所の模倣を止め、自らの足元を見つめよ』というお言葉。我らが目先の奇跡に目を奪われ、自らの頭で考えることを止めるのを、あのお方は何よりも懸念されているのだ。なんと深遠なる導きであろうか」

 それまで静かに帳簿をめくっていた村長モレンが、老眼鏡を外し、厳かな笑みを浮かべて彼らを見据えた。

「そのまま、一文字の狂いもなく書き連ねるがよい。あのお方の仰る正論は、凡愚の民にとっては、時に厳しい戒め(いましめ)となる。しかし、それこそが我らを真の智慧へと導く、絶対の法則なのだからな」

 会所内は、再び押し潰されるような神聖な静寂に包まれた。彼らにとって、マコトの語る徹底された事務主義の言葉は、いつしか人生のすべてを律する(りっする)至高の「徳目」へと昇華されていた。


 それから数週間、ルナ村を訪れ、大旦那様の洗礼を受けた周辺の村々の住人たちは、それぞれの故郷へと戻り、学んだ実務の再現を開始していた。

 彼らは無盲目的な祈りを捨て、自らの手で水路の泥を浚い(さらい)、土壌の含水比を確かめ、堆肥の発酵周期を正確に管理し始めた。当然、すべての試みが最初から成功したわけではない。土壌の初期条件の違いにより、一部の畝では苗が立ち枯れ、手痛い失敗に直面する集落も存在した。

 しかし、以前であれば「神の怒りを買った」と絶望し、ただ平伏して涙を流すだけだった農夫たちは、今や誰も絶望の淵に沈むことはなかった。なぜなら、彼らの胸の奥底には、あの『馬鈴薯の書』に大書された、冷徹にして力強い一文が、揺るぎないいかりとなって沈んでいたからだ。

『失敗に直面したなら、その背後にある論理的な因果関係を解き明かし、その都度原因を特定して修正しなさい』

 その言葉は、単なる農業技術の枠組みを完全に超越していた。不毛の現世において、いかなる苦難や挫折に直面しようとも、決して思考を止めず、自らの足で立ち上がるための「不屈の精神修養論」として、それは村から村へと、燎原の火の如き速度で伝播していったのである。


 そんな大陸全土の劇的な精神的変革など、ルナ村の開墾地に佇むマコトは、これっぽっちも知る由はなかった。

 彼はその日、近所の幼い子供が引きずってきた、車軸の折れた小さな手押し車の修理を手伝っていた。

「大旦那様……これ、壊れちゃった。新しいの、買わないと駄目かなぁ」

 少年が涙目で不具合を訴えると、マコトは首を緩やかに横に振った。

「いや、原因の特定を誤ってはいけないよ。破損しているのは車輪を固定する木製のピンだけで、車軸そのものの強度は十分に維持されている。ここを削り直した新しい杭に取り替えてやれば、依然として合格点内の機能を発揮できるよ」

「本当!?」

「ああ。破損が生じるたびに、すぐに全体の新調を選択するのは、資産管理の観点からも著しく不効率だからね。直せるものは、その『機能』を極限まで使い尽くす。それが、正しい原価管理というものだよ。ほら、これで元通りだ」

 マコトが手際よくピンを打ち込むと、手押し車は再びサラサラと滑らかに回転を始めた。少年は顔を輝かせ、「大旦那様、ありがとう!」と元気よく叫ぶと、再び畑の向こうへと駆け去っていった。マコトはその背中を眺め、幼い世代にまで『資産の保守点検思想』が定着したことに、深い満足感を覚えていた。


 その光景から数歩離れた畝の影で、たまたま通りかかった青年レオンが、息を呑んで自らの大冊を広げていた。彼は、今まさにマコトが子供に授けたその実務の言葉を、世界の根源を律する至高の律法として、震える手で羊皮紙の余白へと書き留めていた。

(……直せるものは、その機能を極限まで使い尽くす。物質の表面的な形にとらわれず、その本質を見極めよ。大旦那様は、今日もこうして、市井の(しせいの)幼き子供にすら、等しく世界の真理を説いておられるのだ……!)

 レオンは、そのあまりの慈悲深さに胸を熱くし、独り敬虔な笑みを浮かべるのだった。


 ルナ村の外の世界において、数多の農夫たちが自らの農具を握り直し、水の引き方を変え、思考の刃を研ぎ澄ましつつあるその根本の理由は、もはや目に見える「奇跡」への依存ではなかった。ましてや、所在の知れぬ聖遺物の捜索でもない。

 彼らはただ、あの『馬鈴薯の書』に宿る大旦那様の言葉を愚直に信じ、自らの足元を見つめてプロセスを改善し続ければ、必ずやこの不毛なる現世を、豊かなる実りの地へと変革できると、鋼の如き強固な意志で確信していた。


 最高神マコトのあずかり知らぬところで。

 この地において、最も劇的な速度で成長を遂げ、大陸全土へとその根を張り巡らせつつあった「収穫物」――。


 それは、土の底で眠る丸い馬鈴薯などではなかった。

 あのお方がただの『業務管理手順』として垂れ流した正論を、世界の絶対的な真理として受け入れた、人間の狂信的なまでの「信仰の力」そのものであった。


 何も知らないマコトは、今日も初夏の美しい夕闇に染まる街道を歩みながら、手押し車の原価削減が計画通りに達成されたことに深く満足し、ただただ真っ直ぐに、愛する日常の平穏の中を歩み続けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



◆異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない◆



◆ 他作品 ◆

▶『おかえりなさい』◀

▶YOUR LAST SEEN◀
▶『誰が描いた?』◀
? FORGOTTEN STATION?
2026/09/09 公開予定

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ