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『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
豊穣の神

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第47章 「私は神だ」

 備蓄倉庫の屋根を補強する実務は、それから三日後の時間において完全に正常終了した。局所的な雨漏りを起こしていた家畜小屋の防衛線も新調され、北方の耕作地へと直結する木製の小橋も、荷馬車の最大重量を安全に受容できる仕様へと改修を完了していた。農民の長たるマコトは、それらすべての完了工程を、一つずつ冷徹に見つめていった。


「ふむ。全体の構造強度は、これで完全に設計図の正常値へと書き換わりましたね」


 彼が実直につぶやくと、隣に直立していた第一助手のハンツが、日に焼けた顔を緩めて安堵の息を吐き出した。


「そいつは重畳だぜ、ボス。これで俺たちの控えていた大型の修繕は、一括してすべて完了したってわけだな」

「一時的な凍結に過ぎませんよ、ハンツ」


 マコトは一片のブレもない真顔のまま、即座に否定を返信した。


「環境の運行システムが継続している以上、一つのタスクの完了はね、単に次の新しい処理待ち雑務へと中身が移行したに過ぎないのですから。永続的な終わりなど存在しませんよ」

「ハハ、あんたの理屈だとそうなるか」


 最高管理者たるマコトの論理回路によれば、仕事が完了するという現象は、単に事象のデータ構造が次のフェーズへと移行しただけの普遍的なルーチンであった。世界という巨大なプログラムは、いつだってそのように絶え間ない処理の往復を重ねて運行を維持するものだからだ。


 その日の夕刻、数人の農民たちが、中央広場の周辺へと再び自然集結していた。彼らの視線の先には、これまでに何度も会議で議論が繰り返されてきた、例の木造小屋の建設予定地が広がっていた。それは、備蓄倉庫でもなければ、家畜の囲いでもない。広場の隅に直立する、あの無機質な石の像を雨風から保護するための、極小の構造物の設計図だった。しかし現在の時間において、彼らは未だ実際の建築をキックオフしてはいなかった。脳内の最深部に、あの最高神マコトが放った徹底的な拒絶の記憶が、強固な守りとして残されていたからだ。


「どうするべきかね」


 一人の農民が声を潜めた。


「ボスの要求していたすべての周辺インフラの修理は、たった今完璧に終わらせたってのによ」

「ああ」

「だったら、今ならあの建設計画を再始動しても、システム上の矛盾はねえはずだろ?」


 誰も即座に応答を返さなかった。彼らは優秀な労働者であったが、同時にボスの持つ徹底的な生真面目さを最大級に尊敬していたからだ。やがて、年長の老農民が覚悟を決めたように低い声を発した。


「――ここで一度、本人への再確認を実行しようじゃないか」


 マコトが、次回の種子分配計画の書類を木製の机の上で整頓していると、その一群の実務部隊が中央集会所の執務室へと不器用な足取りで立ち入ってきた。


「ボス」

「何かね? 新規の要求仕様を申告しなさい」

「あたしたち、一つ確認を要求したくてさ」

「ええ、許可します。継続しなさい」

「あんたの命令通りにさ、備蓄倉庫の屋根は完璧に修理したぜ」

「ええ」

「家畜小屋の雨漏りも初期化した」

「ええ」

「北方への小橋の補強もクリーンに正常終了だ」


 マコトは満足そうに首を縦に振った。


「素晴らしい実務執行の成果ですね」


 老農民は唇の端を釣り上げ、素朴な微笑みを出力した。


「だったらよ……。あの石の像のための雨よけの建設について、現在の時間なら執行の承認を出してくれても構わねえだろ?」


 マコトは、保持していた羽根ペンを静かに机の上へと設置した。それからゆっくりと上体を立ち上げ、正面の人間たちを凪いだ瞳で観察した。彼の口腔から出力された最終決定の答えは、一片の躊躇も伴わずに実直に響き渡った。


「――却下ですね。絶対に同意しませんよ」


 執務室の中に、一瞬にして冷酷な静寂が沈み込んだ。


「……なんでだい、ボス」


 一人の若い農民が、自らの限界を振り絞るようにして問いかけてきた。


「なぜならば、私の放った拒絶の背景にある、根本的な論理等式が何一つとして変わっていないからですよ」


 マコトは、農民たちの顔を一人ずつ冷徹に見据えた。


「あなた方は未だに、あの無機質な石の構造物の定義を、この私という存在へと直結させて処理を継続している局所的なエラーを起こしている。そいつはデータ管理の観点から見て、著しく深刻な不整合ですよ」

「だけどよ、ボス……」


 マコトは静かに首を横に振り、他者からの割り込みを完全に拒絶した。


「いいですか。あなた方がどうしてもその理由を解読したいのだと言うのならば――」


 彼は肺の底から静かに、重々しい息を排出した。


「――天界の基本原則に従って、ここで一度、純度百パーセントの厳然たる事実を確定申告してあげましょう。聞きなさい」


 空間を満たしていたすべての雑音が、ドミノ倒しのように完璧な静寂へと沈み込んでいった。この村に漂着して以来、彼が他者に対して「私の言葉を正確に受け止めよ」と自発的に要求したのは、今日という時間において初めて記録された有意な反応であったからだ。


「私は、あなた方の言うような豊穣の世界のローカル仕様ではありませんよ」


 マコトは、いつも通り天気予報でも読み上げるかのような淡々としたトーンで、純度の高い事実を出力した。


「それについては、あんたが毎日主要道路でまくしたててる定型句だからな」


 群衆の奥から、一人の農民の声が割り込んできた。


「ええ。事実に基づいた正確な認識ですよ」


 最高神は首を縦に振った。


「なぜならそいつが厳然たる事実だからです」


 彼は一瞬の処理の中断を置いて、自らの全知のデータベースの全セクターを網羅的に探索しながら、言葉を継続した。


「私は、神ですよ」


 執務室の全座標が、水を打ったような静寂へと沈み込んだ。マコトの音声データの配列には、何一つの揺らぎも、自己顕示欲のノイズも付着してはいなかった。


「正確な身分を申告するならばね。私は宇宙のあらゆる物理法則をゼロから布設した創世神です。私が黎明のデスクの前で世界を創造したのです。植物の種子が環境内で正常に発芽を執行する因果律のシステムを敷いたのも、他ならぬこの私ですよ。すべての知的生命体の生体エネルギーが循環する、輪廻の多重帳簿を保守・管理していたのも、私の本来の職務スコープですからね。私がこの下位世界へと墜落したのは、単に下位部署の事務的な不手際による偶発的な事故に過ぎません」


 彼は、執務室の窓の外にうっすらと目視できる、あの石の像へと凪いだ瞳を向けた。


「そして現在にいたるまでの時間においてね。私は未だに、元の管理事務室へと帰還するための修正プロシージャを模索している最中なのですよ」


 そこには、誇大妄想の誇りなどはただの一微ミクロンも具現化してはいなかった。他者から盲目的に信用されたいという、不確定な希望もゼロ。最高神マコトは、ただ悠久のキャリアの中で繰り返してきたいつもの業務報告のように、手元にある客観的な事実を、ありのままの等式として実直に出力したに過ぎなかったのだ。


 耕作地の全体に、果てしない次元の深淵を孕んだ沈黙が長い時間、維持され続けた。そして次の瞬間――。一人の幼い子供が、堪えきれないといった風にキャッキャと愉快そうな爆笑の声を響かせた。それをトリガーにして、周囲の大人の個体群の音声データが連動し、次のフェーズにおいては、集会所の全体がドッと一段高音量の温かい爆笑の暴風へと呑み込まれていったのである。マコトは無表情のまま、彼らの表情の変化を冷徹に監査していた。


「尋ねたいのだが、この対話のどのセクターに、そのような爆笑を発生させる要因が含まれていたのかね?」


 老農民は、自らの老眼の交じった目元を指先で擦りながら、微笑みを崩さなかった。


「いや、何でもねえよ、ボス」

「ならば、なぜデータの更新を行わずに笑い声をあげるのかね?」

「だってよ、ボスはさ……」


 老農民は、これ以上ないほど満ち足りた表情を深めた。


「……どれほど村のインフラがアップデートされた後でもさ。頑なに最初の日と同じ創世神ジョークを大真面目に出力し続けてくれる仕様なんだからな。最高だぜ、あんたは!」


 マコトはわずかに首を傾げた。


「私は至って生真面目に、百パーセントの真実を出力しているのですがね」

「ああ、分かってるさ」

「あなた方の脳内台帳は、不整合を起こしていますよ」

「ああ、完璧に分かってるとも」


 老農民は深く首を縦に振った。


「ボスは、いつでも俺たちのボスだからな」


 最高神マコトの論理回路の全リソースを以てしても、その提示された二つの文字列の間にある、非論理的な因果関係を解読することは不可能であった。


 集会所の入り口の傍らに直立していた、最高統治者モーレンは、その一連の完璧な等式のすれ違いを、ただ一言も口を挟むことなく凝視していた。彼はこれまでに、あの黒髪の青年が放った「四十億年の職務ログ」や「マルチバースの因果律」という荒唐無稽な文字列を、無限に受信してきた実績があった。しかし不条理なことに……。今日という時間で受信した音声データは、過去のどの変更履歴に比べても、著しく異なる不気味な整合性を保っているように彼の受信機にはデコードされたのだ。

 それは、発話の内容そのものが常識的な正常値に収まりぜんとしていたからでは決してなかった。ボスの、その文字列を出力する際の手順が、あまりにも完璧すぎたからだ。一片の情動のブレもなし。他者を力ずくで盲従させようという、過剰な覇気も皆無。ただ純粋に、自らの台帳に記録されている無機質な確定申告のデータを、淡々と読み上げているだけのような、不変の大理石のごとき実直さ。


(私は、神だ)


 人間の常識レギュレーションを適用するならば、百パーセント絶対にあり得ない、完全なシステムエラーのはずの文字列。それなのに、その口腔から出力されるすべてのパケットに、一片の不純物も検出できないという点だった。モーレンは肺の底から静かに、重い溜息を排出した。


「……あまりにも、不可解な現象だね」


 村長が低い声を潜めた。


「もし仮に、あいつの出力しているデータが完璧な虚偽なのだとしたらよ……」

「ん?」

「……なぜあいつは、この数週間もの時間の中で、ただの一微ミクロンも仕様書の記述を書き換えないんだい?」


 通常の虚偽データには必ずどこかに論理的な綻びが散見されるものだが、ボスの出力する真実は、漂着した初日から今日にいたるまで、寸分の狂いもない絶対の等式を保ち続けていたのだから。


 そんな統治者の脳内パニックを他所に、マコトは未だに正面の農民たちの前に直立していた。


「私はすべての仕様定義を送信しましたよ」

「おう、聞いたさ、ボス」


 老農民が実直に応答のログを返す。


「ならば、等式の不整合は解消されましたね」

「ああ、あたしたちの耳には完璧に届いてるぜ」

「正常終了ですね」


 マコトは満足そうに首を縦に振った。少なくとも今回は、他者への文字列の送信自体は正常に実行されたと、そう合理的な評価を下したのだ。しかし悲しいかな、数秒の処理時間ののち、一人の若い農民が、低いおだやかな音声データを大気へと割り込ませてきた。


「ボス」

「何かね? 申告しなさい」

「あんたの正体がさ、全マルチバースを創った創世神様であったとしてもよ。……あるいは、俺たちの畑を守ってくれる豊穣の神様であったとしてもさ」

「ええ」

「あたしたちにとってはね、……」


 若い農民は、自らの上体を斜め下へと物理移動させ、深い一礼を実行した。


「……あんたがこの村のインフラを完璧にアップデートくれた、厳然たる事実だけは、一微ミクロンも書き換わりやしねえんだよ」


 最高神マコトは、完璧な口の停止を再起動した。自らの執行した渾身の仕様解説は、またしても受信側の認知フィルターを通過するプロセスにおいて、完璧なエラーコードへとデコードされて終了した。しかし、彼はそれ以上の変更履歴を追加することはしなかった。なぜなら宇宙 of 絶対者たる彼は、すでに手元にあるすべての不純物のない真実のデータを、過不足なく百パーセント出力し終えていたからだ。これ以上のリファレンスを追加する論理的な必要性はどこにも存在しなかった。


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2026/09/09 公開予定

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