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『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
豊穣の神

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第46章 神殿の建設

 新レギュレーションによる種蒔きのタイムラインが公式に駆動を開始していた。

 マコトが現場の農民の長という管理職ポストを代行して以来、広大な耕作地におけるすべての労働タスクは、これまでにないほど整然とした等式スケジュールを維持していた。

 すべての個体が自らの処理すべき雑務シフトを正確に把握している。物流システムである水路の維持管理状況は交代制のルーチンワークによって常時スキャンされ、種子オブジェクトは各プロットの土壌データの必要量に応じて正確に一括分配されていた。

 かつて人間たちが自らの非効率なマンパワーの暴走によってドタバタと執行していたすべての肉体労働には、今や完璧に最適化された手順が布設されている。

 マコト自身の見解によれば、この一連の物流管理は単に社会運営の観点から見て、当然布設されるべき事務処理の手続きに過ぎなかった。

 しかし、ルーナの村の居住民の認知フィルターから言えば――それは彼らの生存ログの開始以来、最も劇的なシステム全体のアップデート(変革)に他ならなかったのだ。


 その日の朝、最高統治者モーレンが執務室において村の会計報告書の精査を執行している最中、一人の木工職人の個体が木製の扉を叩いた。

「入りなさい」

 モーレンが声を張ると、男は丁重なお辞儀のコマンドを実行しながら、そのワークスペースへと立ち入ってきた。

「村長、実務の手を止めさせて申し訳ねえ」

「何かな? 継続しなさい」

「いや、村のトランクライン(数人の農民たち)からさ、ある新規のビルド要求(建設の依頼)を受信しちまってね」

「備蓄倉庫の容量の拡張タスク(増設)かね?」

「いいえ」

「住民用の居住エリアの新調かね?」

「いいえ」

「ならば、一体何のオブジェクトの布設かね?」

 木工職人は日に焼けた顔を引きつらせ、いささか躊躇の様子を見せたのち、低い音声データを出力した。

「……『神殿』、さ」


 執務室の中に、不吉なフリーズが沈み込んだ。

 モーレンはゆっくりと手元の羽根ペンを机に置くと、眼鏡の奥の瞳を細めた。

「神殿、かね?」

「ああ」

「一体誰が、その過剰なエラーコマンドをキックオフしたんだい」

「最初はレオンたちのグループ、五人ほどの実務部隊だったんだがね」

「それで?」

「今のタイムラインじゃ、その要求仕様に同意(署名)した個体数が、指数関数的に跳ね上がって三十人近くに達してやがるんだよ」

 モーレンは無言のまま、自らの両の掌で顔面を完全に覆い隠した。

「なぜ……、よりによって、この最悪のタイミングでその不具合シナリオが定着しちまうんだ」

 村長は肺の底から重い溜息を吐き出した。


 太陽の座標が天頂へと近づく頃。

 一群の農民たちが、一枚の粗末な羊皮紙の設計図のシートを抱えて集会所の中枢セクターへとアクセス(立ち入り)してきた。

 それは、高位の聖職者が布設するような巨大な大聖堂のデータ構造などでは決してなかった。

ただの木材によって組み立てられる、極小の屋根付きの構造物に過ぎない。全体の容積設計は、広場の隅に直立しているあの無機質な石の像オブジェクトを、局所的な悪天候(雨風)から永続的にブロック(保護)するのに丁度いい正常値に収まっていた。

「あたしたちの要求仕様は、これだけさね、村長」

 一人の農民が素朴な微笑みを出力した。

「過剰な装飾の贅肉なんて一微ミクロンも求めてねえよ。ただ、あのお方に相応しいクリーンな設置セクターをビルドしたいだけなんだ」

「ただの雨よけの屋根、かね?」

「ああ、そうさね」

 モーレンはその設計図の描線データを冷徹に精査した。

 構造としては、確かにただの小さな木造小屋に過ぎない。しかし不運なことに、この人間の世界線におけるレギュレーション(常識)を適用するならば、この構造物を目視した全ての個体は、等式としてそれを100%『神殿』というラベルでデコード(認識)してしまうのだ。


「あんたたち、この新規タスクのキックオフについて、すでにボスの承認ログ(許可)は受信したのかい?」

 モーレンが問いかける。

 執務室の全体が、水を打ったような静寂へと沈み込んだ。農民たちは互いに、引きつった視線をリレーさせた。

 未処理ノー

誰一人として、その正確な確認コマンドを本人へと送信するスタミナを持ち合わせてはいなかった。なぜなら彼らの頭脳は、その質問を実行した瞬間に、最高神からどのような冷酷な拒絶メッセージが返信されてくるかを、正確に予測演算できていたからだ。


「――却下ですね。絶対に同意(承認)しませんよ」

 その瞬間、入り口の境界線の座標から、一片の抑揚もない淡々とした平然としたトーンが響き渡った。

 全ての知的生命体の網膜が、弾かれたように一斉にその方角へと同期ロックオンされた。

 マコトは、右手水路の物流循環に関する修正台帳のシートを保持したまま、実直な足取りで立ち入ってきた。

「私の音声センサーが今、『神殿』という不整合な文字列キーワードを検知しました」

 最高神は真顔のまま、言葉を継続した。

「そこから逆算するに、現在のあなた方のミーティングの内容は、私の生存ログに関連した不要なシステム変更の企てであると、そう断定せざるを得ませんね」

 モーレンは肺の底から重い呼気を排出した。

「……その通りだよ、ボス。寸分の狂いもない正確なデータ分析ファクトさ」


 マコトは、机の上に設置されていた羊皮紙の設計図の描線データを冷徹にスキャンした。

「この構造物のビルド目的はね、あの石の像の表面データを保護(雨よけ)することですかね?」

「ああ、そうさ」

 一人の農民が、実直に回答のログを出力した。

「それはシステム運営の観点から見て、著しく不必要なリソース(コスト)の浪費ですよ」

「なんでだい、ボス」

「なぜならば、保護対象であるあの像オブジェクトそのものが、この生存圏にとって何一つつまらぬ不必要なエラーデータ(バグ)だからです」

 空間に、水を打ったような重々しい静寂が沈み込んだ。マコトは凪いだ瞳を崩さないまま、冷酷な正論を流し込んだ。

「もしあなた方が、この村の有限なリソース(木材や労働力)を投資して特定のオブジェクトを雨風から防衛したいルールなのだとするならば――」

 彼は設計図のページを細い指先でパタンと閉じた。

「――最優先で新しい屋根パッチ(修繕)を当てるべきなのは、種子オブジェクトの劣化エラーを防ぐための『備蓄倉庫』のはずですがね。東方セクターにある家畜の囲い(家畜小屋)の屋根データにも、すでに深刻な雨漏りバグ(漏水)が検出されていますよ。さらに、北方セクターの耕作地へと直結する木製の小橋オブジェクトも、次回の雨季がキックオフされる手前のフェーズにおいて、構造強度のデバッグを完了させておかねば破滅的な崩壊エラー(破損)を起こすことになります」

 彼は一瞬の中断を置いて、結論を出力した。

「これらすべての実務管理タスクはね、あの無機質な石の像に雨よけをビルドするよりも、社会全体の成否確率を維持する上で、遥かに優先順位の高い切実なタスクですがね」

彼の口腔から出力された音声データには、一片の情動のノイズ(怒り)も含まれてはいなかったし、感情的な反発のパラメータもゼロ。

 ただ純粋に、有限な資源の最適化(優先順位のソート)を淡々と提示したに過ぎなかった。


 複数の農民が互いに、引きつった視線を交わし合わせた。

 ボスの放ったその指摘は、100%完璧な正論であった。備蓄倉庫は経年劣化を蓄積していた。家畜小屋の屋根も漏水バグを起こしていた。小橋の耐久パラメータも著しく見劣りしていた。

 しかし……、老齢の農民が、再び覚悟を決めたように声を絞り出した。

「ボス」

「何かね? 申告しなさい」

「もしよ、……もしそれらすべての修繕タスク(お仕事)が完璧に正常終了クローズした後のタイムラインだったらさ」

 マコトは小さく首を縦に振った。

「ええ、継続しなさい」

「そのフェーズだったら、あたしたちが像のために小さな雨よけのセクター(神殿)を建設するタスクを、執行しても構わないかい?」

 マコトは処理のリソースを消費することなく、即座に拒絶の応答ログを出力した。

「いいえ、却下(絶対に認めません)ですよ」

「なんでだい?」

「これは単に、作業工程の順序(優先順位)の問題ではありませんからね。根本的なエラーの本質は、あの構造物が『完璧に間違った存在(別職の神)』を定義(製造)してビルドされているという、その初期設定の不整合に他ならないのですよ。存在自体がバグなのですから、それを永続保存(保護)する意味など皆無です」

 執務室の全体が、再び修復不能な規模の静寂へと沈み込んでいった。


 第一助手のハンツは、その一連の実務交渉のログを、壁際のスペースから静かに静観していた。

 彼は正確にデコード(理解)していた。

ボスは決して、自らの存在を過剰に誇示したり、高慢なレギュレーションを敷いたりしているわけではなかった。彼は本気で、自らの人間の器(マコトという個体群)には、そのような過剰なリスペクト(崇拝)を受け取る資格(実績)など一行も残されていないと、そう客観的に自己監査(思い込んで)いたのだ。

なぜなら彼の脳内台帳においては、ルーナの村が獲得したすべての良好な大豊作のリザルトは、住民たちの泥臭い肉体労働の成果であり、自分は農民の長として、少しばかり水路の勾配を計算してシフト表をビルドしただけの中間管理職(手伝い)に過ぎないのだから。


 最高統治者モーレンが、長椅子からゆっくりと上体を立ち上げた。

「よし。……ならば、本日の中枢ミーティング(会議)はこれで完了クローズとします」

複数の農民の表情パラメータには、明らかな落胆のエラーが検出されていた。しかし彼らは、それ以上の無秩序な要求を上書き(強制)しようとはしなかった。

彼らは、あの「ボス」という青年の下した最終決定のレギュレーションに対して、最大級のリスペクト(敬意)を同期させていたからだ。

――少なくとも、今日という短いタイムラインの範囲内においては。


 夕刻のタイムライン。

 マコトが耕作地セクターにおいて水路の物流流動を監査していると、ハンツが不器用な足取りで彼の座標へと接近してきた。

「ボス」

「何かね? 申告しなさい」

「さっきの、……集会所での件さ」

「ええ、継続しなさい」

「――有難うよ」

 マコトは、無表情のまま首を巡らせた。

「何に対する応答かね?」

「あんたがさ、自らのための豪華な神殿ビルドタスク(建設)を跳ね除けてまで、村の古い備蓄倉庫や家畜小屋のデバッグ(修理)を最優先に選んでくれたことそのものさね」

 マコトは、正面の農民の表情を困惑の瞳で見つめた。

「不可解ですね。それは単に、保有する既存のリソースを最も安全圏に維持するための、当然の合理的な最適化コストパフォーマンスの判定結果に過ぎませんよ」

 ハンツは唇の端を釣り上げ、深い微笑みを出力した。

「ああ、あんたの等式じゃそうなるよな。分かってるさ」

「人間の基準では、異なる等式になるのかね?」

「人間の基準じゃな、……すべての奴が、目の前の手柄よりも他者の利益を最優先でセレクトできるわけじゃねえんだよ」

 マコトは再び、前方の流動する水路のきらめきへと視線のベクトルを同期させた。

「物理構造物(建物)というシステムはね」

 彼が生真面目なトーンで環境申告を出力する。

「常に、環境内における特定の機能(役割)を満たすためにこそ製造されるべきオブジェクトですよ。もしその本来の仕様機能がただの一微ミクロンも存在しないのだとするならば――」

 最高神は小さく首を横に振った。

「――そのような無駄なオブジェクトはね、最初からこの世界線にビルド(建設)される必要性はどこにも存在しないのですよ」

 ハンツは、それ以上の新しい返信メッセージを送信しなかった。


 なぜなら、彼らの遥か後方のセクターにおいては――。

先ほどの集会所のミーティングから退去(退出)してきたばかりの、複数の農民の個体群が、声を潜めて新たなる情報共有(ヒソヒソ話)をキックオフしていたからである。


「……ボスは、100%完璧に正しい仕様(正論)を仰ってたな」

「ああ、間違いねえ」

「あたしたちはまず、村の備蓄倉庫や小橋のデバッグ(修繕実務)を完璧に正常終了させねばならない仕様なんだ」

「そいつが完了した後のフェーズだったら、……」

 一人の農民が、唇の端を釣り上げて満足そうな微笑みを出力した。

「……すべてのインフラ修理タスクが終わったその瞬間のタイムラインでさ」

「ああ」

「――俺たちの『神殿ビルド計画』を、本格的にキックオフ(再始動)しようじゃないか!」

 すべての個体が、深く首を縦に振ってデータを自らの脳内台帳へとロック(確定)した。

彼らの認知フィルターの内部においては、この一連の手続きは、あのボスの最終意思(拒絶ログ)に反逆する不条理なバグなどでは決してなかったのだ。

 彼らにとって、これは単なる「一時的な処理の遅延タスクのペンディング」に過ぎなかったのである。


 最高神マコト自身は、背後で流通しているそのカオスな通信プロトコルの存在など、ただの一微ミクロンも関知していなかった。彼はただ、いつもの一片のブレもない生真面目な足取りで、目の前の労働ルーチンを淡々と消化し続けていた。

 自らの提示した完璧な正論の拒絶によって、神殿の建設タスクがシステムから完全にデリート(中止)されたのではなく――単に人間たちの脳内台帳において、より強固に最適化されたロードマップ(延期処理)として上書きコミットされてしまっただけであるという、最悪のシステムエラー(大大大不祥事)の現実に――やはり、この時点においては、まだ気付いてはいないのであった。


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2026/09/09 公開予定

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