第45章 村の会議
ルーナの村の中央集会所が、これほどの個体密度によって埋め尽くされるタイムラインは、歴史の記録を見ても著しく稀な現象であった。
通常のレギュレーションにおいては、各家屋を代表する家長のみが立ち入るか、あるいは特定の事務処理を要求する個体群だけがログインしてくるのが常だったからだ。
しかし、その日の夕刻は完璧に仕様が異なっていた。ほぼ全ての居住民が集結していた。早朝から耕作地セクターで肉体労働を執行していた農民たちまでもが、衣服の表面に土壌データの残滓を付着させたまま、慌ただしい足取りでこの中枢セクターへとアクセスしてきていたのだ。
マコトもまた、その空間に就いていた。第一助手のハンツから、最高統治者モーレンによる公式な立ち入り要求を受信したからだ。
「何らかの実務上の不具合でも発生しましたかね?」
マコトが生真面目なトーンで問いかけた。ハンツは首を横に振った。
「確定したエラーログはまだ出てねえよ」
「ならば、目的は何かね?」
初老の農民は、肺 of 底から静かに溜息を吐き出した。
「大不祥事のキックオフじゃねえことを、ただ祈るばかりさね」
モーレンは執務スペースの正面へと直立していた。彼の手元には、数枚の手書きの議事録シートが保持されている。村長は、自らが数十年間のタイムラインにおいて観測し続けてきた、日に焼けた住民たちの顔面データを静かにスキャンした。
「――皆の衆、よく集まってくれたね」
空間を満たしていた雑多な音声データが、緩やかに静寂へと収束していった。
「今日というタイムラインにおいて、住民全員の強制ログインを執行したのにはさ、……全員の脳内台帳で一括精査せねばならぬ、ある新規の要求仕様があるからなんだよ。領主への納税計画の件ではないよ。秋の収穫量データの件でもない。水路の物流システムの修繕実務の件でもないんだ」
マコトはわずかに首を傾げた。もしその三つの最優先セクターのどれでもないのだとするならば、高確率でこれから提示される文字列は、労働実務管理とは全く関連性のない非効率なノイズであるはずだった。
「そうではなく、……あの、石の像の件さ」
直後、複数の個体が互いに引きつった視線を同期させ、空間の熱量が微かに跳ね上がった。マコトは数秒の間、そっと目を閉じた。自らの論理回路が、最大級の不吉なバグアラートを検知した瞬間であった。
「ここ数週間のタイムラインにおいてね」
モーレンは言葉のパケットを継続した。
「あの無機質な構造物の座標へとログインを執行する個体数が、指数関数的な増加を記録しているんだ。おまけに、自らのインベントリから回収した最初の作物を、あの土台セクターの前に設置するルーチンまで勝手に定着しちまってる。そして現在の仕様においては、……村のネットワーク圏外の人間たちがさ、このルーナの村に関する、著しく不整合なオカルト仕様を受信して街へと持ち帰り始めてるんだよ。あたしたちは最高管理集団として、この事象に対する正確な対応方針を、今すぐこの場で確定せねばならない」
マコトは小さく首を縦に振った。
「そいつは、社会管理の観点から見て、著しく筋の通った実務手順ですね」
彼自身の見解によれば、システム内の不要な認知バグは、このような全体会議のデバッグプロセスによって、速やかにクリーンに消去されるべきだったからだ。
一人の農民が、長椅子から物理的に上体を立ち上げて発言権を要求した。
「村長、あたしのデータ監査から逆算するに、現在の状況に何一つの実務上のエラーは見当たらねえぜ。連中がやってるお参りコマンドはさ、単に今年の大豊作に対する等価の感謝を出力してるだけに過ぎねえだろ。社会運営にマイナス補正をかけるようなバグじゃねえさ」
周囲の複数の個体群からも、同意のログが一斉に送信された。別のテーブル席の農民が言葉を添える。
「俺も同感だぜ。誰一人として、お参りを強制するルールなんて敷いてねえ。第一、ボス自身だって、一度だって自分への崇拝報酬を要求したログはねえだろ」
通信網は再び、無秩序な談笑のノイズによって埋め尽くされかけた。モーレンは彼らの音声データが一定の許容量に達するのを静観したのち、自らの右手を物理的に持ち上げた。空間が、再びプロトコル通りの静寂へと初期化される。
「あんたたちの言いたい等式は理解したよ」
村長は首を縦に振った。
「しかしね、……この一連の大不祥事のど真ん中にオブジェクトとして登録されている張本人が、未だに何の意思表示も出力していないんだよ」
寸分の狂いもなく、村中の全知的生命体の網膜が、マコトという一個体に対して一斉にロックオンを完了した。
最高神マコトは、直実な足取りでゆっくりと上体を立ち上げた。彼は集会所に就いているすべての人間を冷徹に精査した。それから、一片の抑揚もない淡々とした真顔のトーンで、仕様書の条項を読み上げるように音声データを出力した。
「あなた方の組み立てた因果関係の等式には、二箇所の重大なデータ不整合が散見されますよ」
空間の全体に、完璧な静寂が沈み込んだ。
「第一のエラー。私は、この下位世界のローカル仕様である豊穣の神ではありません」
数人の農民の唇の端が、耳馴染みのあるその拒絶のログを受信して、クスクスと愉快そうな微笑みの数値を記録し始めた。マコトはそれを無視して言葉を継続した。
「第二のエラー。この現生環境に具現化された大豊作という名のリザルトは、他ならぬあなた方自身のマンパワーの投入による実務執行の対価です。管理事務室に籍を置く私の実績ではありません」
彼は一瞬の処理の中断を置いて、冷酷な正論を流し込んだ。
「植物の生産システムというものはね、外部の個体が過剰に褒め称えられたり、オカルトな崇拝パラメータを受信したりしたからといって、出力結果が跳ね上がるような非論理的な設計にはなっていませんよ。耕作地が食物というエネルギーを生産するのはね、土壌の組成が適切に掘削され、水分の物流システムが正常に循環し、種子オブジェクトが正確な深度に配置され、日々の労働ルーチンが過不足なく執行されたことによる、自然法則の等式通りの稼働結果に過ぎません」
誰一人として、彼の高密度の音声データを遮る口を挟む真似をしようとはしなかった。マコトは仕様書の結びを読み上げた。
「もしあなた方が、発生した良好な成果に対して等価の感謝を送信したいルールなのだとするならば――最もその宛先として合致するのは、私ではなく、今あなたの隣のスペースで一緒に鍬を振るっている実務の担い手であるべきですがね」
すべての正確な仕様解説を出力し終えたのち、マコトは自らの人間の器の臀部をベンチの座標へと戻し、再び静かに身を沈めた。彼の予測演算によれば、情報は完全に、そしてこれ以上ないほど網羅的にアナウンスされた。これで不要な認知バグはクリーンに解決されたはずだった。
しかし不運なことに、集会所を満たしていた静寂は、全く異なるエラーレイヤーへと突入をキックオフしたのである。数秒の処理時間ののち、あの数日前にマコトの直前で像の建設提案を公式にコミットした、老齢の農民が長椅子から物理的に直立した。
「ボス」
老農民が、低い声を絞り出すようにして告げた。
「何かね? 申告しなさい」
「あんたのたった今出力したその文字列はな、……客観的に見て、完璧な正論だよ」
マコトは無表情のまま頷いた。
「ええ、厳然たるファクトですからね」
「だけどよ……俺たちのこれまでのやり方を振り返ってみなよ。一体誰が、あの水路の物流勾配を全知の目で計算してくれた?」
誰も発言しなかった。空間の沈黙が、その質問の解を証明していた。
「一体誰が、種子分配計画の台帳に含まれていた不整合を、一瞥しただけで瞬時に検出してくれた?」
重苦しい静寂が、維持され続けた。
「一体誰が、俺たちの子供に対して、算術基礎の計算手順を泥にまみれながらインプットしてくれたんだよ?」
マコトは、自らの管理職としての普遍的な実務履歴を出力しようと、口腔のシステムを駆動させかけた。しかし、老農民の音声データの送信速度の方が、数階層上のレベルで迅速だった。
「俺たちは確かに鍬を振るった! だがな……あんたがこの村のインフラに介入してくれたからこそ、俺たちの全ての労働ルーチンが、ここまで飛躍的に良好になったんだよ!」
広場の全セクターから、ドミノ倒しのように一斉に同調のログが沸き起こった。
「そうだ!」
「間違いねえ、そいつが厳然たるファクトだ!」
「俺たちの命の残高は、ボスの頭脳によって支えられてるんだ!」
マコトは再び、ゆっくりと立ち上がった。
「私は昨日から今日にいたるまで、自分はそのような豊穣の神ではないと、何度も仕様書の再確認を実行していますがね」
「ああ、知ってるさ、ボス」
老農民は深く首を縦に振った。
「あんたがいつでも、あの大真面目な真顔を崩さずにその拒絶の言葉をまくしたてるお方だって事実は、村の全員が正確に把握してるからな」
マコトは静かに瞬きを実行した。
「把握、かね?」
「ああ。あんたがこれから先も、無限にその否定の言葉を出力し続ける仕様の持ち主だってことも、最初から分かってることがさね。だけどな、ボスがどれほどアクセスを拒絶したところで、俺たちの頭の中の信じる結論は一微ミクロンも書き換えやしねえんだよ」
最高神マコトは、完璧な口の停止を記録した。
三度目のタイムライン。人間たちは、彼がこれから発言するであろう反論のデータすらも、あらかじめ謙虚な神様特有の定型句として自らのシステム内部に予測演算しており、そのうえで、頑なに真実の受容を拒絶し続けているのだ。客観的な事実を述べれば述べているほど、かえって彼らの豊穣の神格化パラメータが跳ね上がる最悪のチェーンバイアスが、この中枢集会所の全体を完璧に支配していた。
最高統治者モーレンは、その一連の完璧な論理のすれ違いを、ただ一言も口を挟むことなく監査し続けていた。処理時間が経過するにつれ、彼の脳内台帳もまた、一つの冷酷な真実に着地せざるを得なくなっていた。
この開拓村ルーナが直面している不具合の本質は、もはや単なる一時的な情報の流通エラーのフェーズなどでは完全に死滅していたのだ。それは、居住民全体のシステム最深部に布設された、強固な世界観そのものへと完全な仕様変更を遂げていた。
マコトは、客観的な数式に基づいて真実を出力している。農民たちは、自らの現生環境で実際に体験した結果に基づいて結論を下している。両の知的生命体は、どちらも自らのデータベースに対して実実直で誠実な実務を執行しているのだ。それなのに不条理なことに、出力される結論の等式の解は、完璧に異なるエラーを示していた。
会議のタイムラインは、太陽のオブジェクトが完全に地平線の下へと没するまで執拗に継続された。しかし無情なことに、システム上何一つの新しい決定ログは生成されなかった。あの無機質な石の像オブジェクトは、現状の座標への設置を維持された。新しい禁止ルールの布設もなし。行動を制限するアクセス拒絶のパッチもゼロ。もちろん、崇拝を強制する公式な命令コマンドのキックオフも皆無。
開拓村ルーナの住民たちは、ただ明日からの日常の労働ルーチンを、これまで通りに維持させることという、極めて常識的な正常値の範囲内においてのみ、共同幻想の合意を完了させたのであった。ただ地道に働き、ただ耕作し、ただ互いにマンパワーを提供し合って生存の基盤を維持する、それだけの手順の確認だった。
すべての個体が中央集会所からの解散を執行し始めた頃、マコトはモーレンと並んで、薄暗い未舗装の主要道路を実直な足取りで移動していた。
「モーレン」
「あ……、ボス。会議の監査、お疲れ様だったね」
「ええ。一つ尋ねたいのだが、先ほどの中枢ミーティングは、システム管理 of 観点から見て、正常終了したと言えるかね?」
モーレンは長い時間、自らの脳内回路の処理速度を調整したのち、引きつった顔面に苦々しい微笑みを出力した。
「もしあんたの完了目標が、人間たちの誤解の完全な修正だったのだとしたらね、ボス」
マコトは無表情のまま頷いた。
「ええ、その通りですが」
「――完璧な失敗だよ、あんなの」
「やはり、私の予測演算の等式通りでしたか」
「だったら、あんたの見解から見て、あの会議は何だったのかね?」
マコトは、天井のない漆黒の夜空の運行システムを見つめた。無数の恒星データが燦然と輝いている。
「……少なくとも、ね」
彼が一片の抑揚もない淡々としたトーンで、仕様を出力した。
「……会議を執行したという、書類上の実務プロセスだけは、台帳に公式なクローズとして記録されましたからね」
モーレンは喉を鳴らして大笑いした。最高神マコトの論理回路の中においては、全体会議とは単に正確な情報を環境内へとアナウンスするための事務処理のプロシージャに過ぎなかったのだ。
しかし悲しいかな、人間という生命体の社会システムにおいては――全体会議というものは、往々にして多大な精神的スタミナを消費しながら実務を執行したにもかかわらず、最終的には誰一人として自らの脳内台帳の結論を書き換えることなく終了する不毛なループである確率が、極めて高い数値を示していた。
そして今日というタイムラインを迎えたことで、開拓村ルーナの歴史ログには、また一つ厳然たるファクトが上書き登録されることになった。それは、人間という知的生命体のシステム構造を解読することが著しく困難であるという次元の話ではなかった。もはやこの下位世界においては、客観的な数字の整合性を完璧に組み上げるよりも、この人間という名の不完全なバグの頭脳を完璧にデバッグすることの方が、果てしない次元の彼方に位置する、成否確率ゼロパーセントの絶対的な修復不能エラー、すなわち不可抗力に他ならないのだという冷酷なファクトの承認であった。
最高神マコトは、ただ腰の空虚なインベントリを満たし、自らの財布の残高を安定させるという極めて日常的な生存戦略のために、次なる過酷で、磨り減るような大豊穣の崇拝シナリオが、完成したモニュメントのすぐ目の前で凄まじいトルクを以て成長を継続しているという不都合な現実に――やはり、この時点においては、まだ気付いてはいないのであった。




