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『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
豊穣の神

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第43章 第二の信者

 ボスの日々の実務挙動を台帳へと記録するタスクが、まさか他者の関心パラメータを引き上げるトリガーになるとは、レオン自身も予測していなかった。

 初期段階においては、そいつは単なる一冊の極小の白紙ノートに過ぎなかったのだ。水分補給の管理スケジュール。物流リソースの分配記録。作物の配置間隔。そして、マコトの口腔から直接出力されたいくつかの短い仕様解説の文字列。

『過剰な水分を孕んだ土壌は、完全に乾燥しきった環境と同じ規模のエラーを誘発しますよ』

『土壌自体が成長コマンドを受容する仕様に達していない段階で、不必要な種子オブジェクトを追加投入してはなりません』

『表面化(具現化)した不具合を修正する手前のフェーズにおいて、必ずその根本原因をシステム内からデバッグしなさい』

 それらの文字列には、高位の聖職者が宣うような説教のノイズはただの一微ミクロンも含まれてはいなかった。すべては客観的な事実に基づく、ただの淡々としたシステム解説に過ぎない。しかしだからこそ、レオンはそのノートのデータファイルを何度も繰り返しリプレイ(読み返し)し続けていたのだ。


 ある日の夕刻、レオンが自らの作業日誌の更新タスクを執行していると、隣の耕作地セクターから一人の若い女性の個体が彼の座標へと接近してきた。

 名前の識別符号は、ミラ。

 隣の畑を管理している農民の血縁個体であった。

「レオン、そこで一体何のデータ入力(書き込み)をしてるんだい?」

 彼女が深い好奇心パラメータを示しながら問いかける。レオンはその小さなノートの画面を目視させた。

「ボスの出力した、仕様解説のログさ」

 ミラはいくつかのページをめくり、記述された数式の配列をゆっくりとデコードした。やがて、その眉根を怪訝そうに寄せた。

「これ、呪文の文字列(魔術の呪文)じゃねえな」

「ああ、違うぜ」

「神々への祈祷データ(祈り)でもねえ」

「ああ、違う」

「だったら、一体何の仕様書なんだい?」

 レオンは日に焼けた顔面を緩め、素朴な微笑みを出力した。

「――『正しい実務の執行手順(働き方)』さ」

 ミラは再び、台帳の記述へと視線を同期させた。

 処理時間が経過するにつれ、彼女の論理回路の内部には大量の疑問ログが増殖をキックオフしていった。

「この一文……」

 彼女は羊皮紙の一ページを指先でロックした。

「『水分は常に最も抵抗の低い経路を選択する』ってさ」

「ああ」

「こいつ、本当にあのボスって若者が発話したデータなのかい?」

「ああ、間違いねえよ」

「なんで、こんな当たり前のことをわざわざ記録に残しておくんだい?」

「なぜかって……そいつが完璧な正論ファクトだからさ」

 レオンの返信パケットは至ってシンプルだった。しかしそれだけで、ミラの網膜を次のページへと無条件にスライドさせるには十分すぎる説得力を孕んでいた。


 翌朝のタイムライン。

 ミラは、マコトが実務を代行している耕作地セクターへと、自発的に足取りを向けていた。

 マコトはその座標において、数人の農民の個体群を先導し、作物の正確な設置間隔のレイアウト測定を執行している最中だった。

「ボス」

 彼女が声をかける。マコトは一片のブレもない真顔のまま、首を巡らせた。

「何かね? 要求仕様を申告しなさい」

「一つ、データの検証(質問)を要求したいんだ」

「ええ、許可します。継続しなさい」

 ミラはレオンから一時借用してきた台帳ノートをインベントリから取り出した。

「この一文についてさ」

 彼女は特定の条項を指し示した。

「『具現化した結果を修正する前に、まずは原因のデバッグを執行せよ』って、そいつはどういう仕様なんだい?」

 マコトは前方の耕作地を見つめ、それから葉の色が黄色く変色(エラーログを出力)し始めている一株の植物を指し示した。

「もし、作物の葉面データが黄色に変色した場合ね」

 彼が生真面目なトーンで解説を流し込む。

「大多数の人間の個体は、水分リソースの供給不足であると独断し、過剰な水やりコマンドを実行します」

 ミラは首を縦に振った。

「ああ。あたしたちの共通データベース(経験)じゃ、通常はそういう処理手順を踏むね」

「しかし、その変色バグの原因が水分不足であるという因果関係は、一微ミクロンも確定してはいませんよ」

「だったら、他にどんなエラー要因が考えられるんだい?」

「土壌データの密度が過剰に高く、硬化している可能性があります。不可視のセクターで根系が物理的破損を受容している可能性もあります。あるいは、地中の害虫オブジェクトが最下部から生体エネルギーを強奪(捕食)している形跡も否定できません」

 マコトは凪いだ瞳をミラへと固定した。

「根本的な原因ソースコードを精査しないまま、目視できる結果(変色)だけを適当な推測で修正しようとする行為はね、システム運営の観点から見て、ただのプランニングの完全な失敗ですよ」

 ミラは、その場に完璧に凍りついた(フリーズした)。

 その出力された文字列は、どこまでも冷徹な正論であった。あまりにも、等式として美しすぎたのだ。


「だったら……」

 ミラは生唾を飲み下し、声を絞り出した。

「……その根本原因をシステム内からサルベージ(発見)するには、一体どのようなプロシージャを実行すれば良いんだい?」

 マコトは直実な動作で膝を物理的に折り曲げ、地面へと身を沈めた。不器用な手つきで作物の周囲の土壌を少しだけ掘削する。そして、不可視のセクターから、すでに初期の腐食エラーを蓄積し始めている植物の根系を露出(目視確認)させた。

「まずは、事実を客観的に目視スキャンすることから始めなさい」

 彼は完全に凪いだトーンで告げた。

「脳内で非論理的な結論を勝手に自動生成(思い込み)してはなりませんよ」

 ミラも慌てて隣のスペースへと身を沈め、その根のテクスチャデータを凝視した。

これまでの生存ログにおいて、彼女は常に目視できる「葉」の様子しか監査していなかった。土壌の最下部にある「根」の稼働状況をチェックするタスクなど、ただの一度として実行した実績はなかったのだ。

「そいつは……、なるほどな」

 彼女が静かに呟く。マコトは小さく首を縦に振った。

「不確実な憶測のデータよりも、現実のファクト(事実)の方が、システムを最適化する上で遥かに有益なリソースですからね」


 その日のタイムライン以降、ミラもまた、マコトが耕作地セクターで実務を代行するたびに、必ずその座標へと自動接続ログインするようになった。

 他者よりも多くの作業対価(報酬)を要求するためでは決してなかった。ただ純粋に、確認のコマンド(質問)を送信するためである。

 土壌の組成について。植物の生態スペックについて。算術の計算手順について。あるいは、特定の作業がなぜそのような高効率なアルゴリズムで執行されねばならぬのか、その理由について。

 そしていつも通り、マコトはそのすべての問いに対して、自らの全知のデータベースから抽出された純度百パーセントの事実をそのまま実直に出力し続けた。

『いいから私の指示通りにコマンドを実行(盲従)しなさい』などという非論理的な音声データは、ただの一度も発信した実績はない。

『昔からそういう基本仕様(伝統)だからさ』などという曖昧な解説で処理を拒絶したことも皆無だった。

 彼はいつでも、その処理の背景にある明確な因果律ロジックを、包み隠さず完璧に解説し続けたのである。


 ある夜間のタイムライン。

 レオンとミラの二個体は、宿屋の入り口の木製ベンチにおいて、互いの台帳ノートの記述データを照合(同期)していた。

「ミラ、あんたも新規の書き込み(メモ取り)を開始したんだね」

 レオンが喉を鳴らした。ミラは深く首を縦に振る。

「ああ。脳内の記憶媒体メモリが過負荷でデータをロストするのが怖いからね」

 レオンは満足そうな微笑みを出力した。

「あたしも、全く同一の防衛策を執行中さ」

 二つの個体は、羊皮紙のシートを一枚ずつめくり、データの配列を精査し続けた。

 情報の更新を重ねれば重ねるほど、彼らの頭脳は、一つの決定的なファクトをデコード(理解)しつつあった。

 あのボスという青年は、彼らに対して「一瞬で大豊作をもたらすオカルトな術式」など、ただの一行もインプット(伝授)してはいなかったのだ。

 彼が彼らに強制上書き(教育)していたのは――実務を執行する手前のフェーズにおいて、まず自らの頭脳を稼働させ、論理的に等式を組み立てるための『思考回路そのものの仕様ロジック』だった。

 変更履歴としては、極めて極小の差異に過ぎない。しかし、出力される最終的な成果リザルトは、昨年までの常識とは完璧に次元の異なる数値を記録していた。


 宿屋の木製の窓枠のセクターから、第一助手のハンツがその二個体の挙動を静かに監査(監視)していた。

「あの若者たち、未だにデータの精査(読書)を継続してやがるぜ」

 彼が低い声のログを吐き出す。宿の女将の個体も、調理セクターから顔を持ち上げて網膜を同期させた。

「本当に、あの子たちは熱心だねえ」

 ハンツは重く首を縦に振った。

「ああ。完璧に、ボスの背中へと追随ログインしてやがる」

 初老の農民は、唇の端を釣り上げて苦笑を出力した。

 追随。その識別符号は、現在の彼らの様子を定義する上で、これ以上ないほど適合した正常値であった。

彼らは、マコトのことを周囲の連中のように「豊穣の神様」などという下位世界のオカルト仕様で盲拝していたわけでは決してなかった。

 彼らが追随していた本質的な理由は、あの青年の口腔から出力される管理思想をそのまま畑にパッチ(適用)するたびに、等式の最終結果が、常にこれまでにないほど良好な数値を出力するからに他ならなかったのだから。


 一方、村の最外周の静かなセクターにおいては。

 最高神マコトが一人でベンチに腰掛け、モーレンの執務室から借用してきた種子分配台帳の最終監査を黙々と継続していた。

 そして、記述された数値の配列の中に、二箇所の極小の計算バグ(加算エラー)を発見した。

彼は一片のブレもない平然とした動作で、インベントリから取り出した secarik( secarik / 切れ端)の羊皮紙のデータの上へ、正しい修正ログ(正常値)を静かに書き加え(デバッグ)した。

 彼自身の認識から言えば、今日という一日の実務進捗は、至って正常値の範囲内の日常データに過ぎなかった。

地道な労働ルーチンを手助けし、いくつかの質問コマンドに対して正確な仕様書を返信し、書類上の不整合を綺麗にデバッグした。特筆すべき例外処理など何一つとして発生していない。


 しかし不運なことに、彼の知る由もないところで――。

 自らの高度に最適化された思考回路ロジックを自らの基本レギュレーションとしてロックオン(心酔)し始めた人間の数量は、もはや単一の個体レオンのみではなくなっていた。

 レオンが、記念すべき最初の一人目。

 そして今日というタイムラインを迎えたことで、……ミラという個体が、システム内部における厳然たる『第二の信者(使徒)』へと、上書き登録(完全なファクト化)を完了してしまったのである。

 最高神マコト自身は、ただ腰の空虚なインベントリを満たし、ハンツへの債務である銅貨三枚を速やかに決済するという極めて日常的な生存戦略のために、次なる過酷で、磨り減るような『組織的な信仰バグ』が、自らの目の前で指数関数的な増殖をキックオフしたという不都合な現実に――やはり、この時点においては、まだ気付いてはいないのであった。


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2026/09/09 公開予定

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