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『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
芋の神の生誕

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第23章 創世神ではない存在

 翌朝、耕作地を覆っていた奇妙な噂は、その形状を緩やかに変形シフトさせ始めていた。

 マコト自身はその変更履歴(事実)を関知していなかった。そもそも噂という不確実なデータは、その当事者がその座標に不在である時間帯にこそ、最も爆発的な処理速度で増殖を執行するものだからだ。


 その頃マコトは、ハンツの畑の境界線で木製の柵の修繕実務を地道にサポートしていた。

 作業の手順は極めて単純シンプルだった。経年劣化によって腐食した木柱をインベントリから除外して新しい杭へと置き換え、緩んでいたロープをきつく締め直し、全体の構造の強度を再監査する。

 マコトの見解によれば、このような局所的な物理メンテナンスは実にあじわい深く、好ましいタスクだった。完了目標は明確であり、エラーの箇所も可視化されており、修正の手順(解決策)も論理的に組み立てやすいからだ。

 人間という生命体を相手にする実務とは、根本から仕様が異なっていた。人間の抱える不具合というものは、往々にしてシステム全体が完全にメルトダウンする直前まで、不可視のセクターに隠蔽され続けるものだからだ。


「おい、マコト。そっちの杭をしっかり固定してろよ」

「ええ、ログの受信は完了しています。座標を維持しましょう」

 ハンツが鉄製のハンマーを振り下ろし、鈍い衝撃音が大気に響く。物理的な作業は極めて円滑に推移していた。


 しかし一方で、村の他のセクターにおける情報流通は、著しく複雑な等式を形成しつつあった。

 宿屋のカウンターの前、共同の井戸の周辺、あるいは隣の耕作地。

 二個体以上の人間が集結して通信(会話)を行うすべての座標において、全く同一の識別符号トピックが起動していたのだ。すなわち、ハンツの畑の大収穫と、ボス。

「あれがただの確率論的な偶然たまたまであるわけがねえ」

 一人の農民が、収穫バサミを研ぎながら声を潜めた。

「ああ。外的要因のデータが昨年と完全に一致してる以上、説明がつかねえからな」

「だがよ、あいつが自分で言ってる『創世神』ってデータだけは、絶対に偽物だろ」

「そりゃあそうだ。そこを疑う奴は村に一人もいねえよ」

 その仕様の拒絶については、村の全知的生命体の間で寸分のブレもなく合意が形成されていた。議論の余地すら残されていない。

 なぜなら彼らの限定的な認知能力(常識)から見れば、宇宙をゼロから設計した絶対者が、泥にまみれて雑草を間引いたり、麻袋を物理移動させたり、スープの決済のために銅貨三枚の債務を負ったりするはずがないからだ。論理的に見て、その等式は完璧に破綻している。

 しかし、だからこそ人間の思考稼働率は、全く別のエラー conclusion(結論)の構築へと向けて暴走を始めたのだ。


「俺はあいつが創世神だなんて一言も言ってねえよ」

 農民の一人が、周囲を見回して声をさらにワントーン落とした。

「だが……もしあいつが、別のレギュレーションに属する『別の神様』だとしたらどうだ?」

 複数の個体が、互いに焦白した視線を交わし合わせた。

 彼らは一瞬だけ失笑のログを出力し、すぐにそれを停止させ、深い日常的な思案へと沈み込んでいった。なぜなら彼らの脳内台帳で検証を重ねれば重ねるほど、その間違った言い訳(推測)の方が、まだしも現在の不条理な現生物理データを説明する上で「整合性が高く」思えてしまったからだ。少なくとも、全宇宙の創造主というデカすぎる仕様に比べれば、まだエラーの許容量に収まっている。

「別の神って……一体何の神だよ?」

「そこがデータ不足なんだよ。誰も知らねえ」

 彼らには正確な情報がなかった。しかし「人間」という生命体は、情報の不在(空白)に直面した際、それを盲目的な推測(仮定)によって強引に埋め尽くすという、驚くべきバグ仕様を保有していた。そしてその仮定の増殖速度は、厳然たる真実の流通スピードを遥かに凌駕するのが常であった。


 昼時のタイムラインを迎える頃には、その書き換えられた噂のデータは、ついに最高統治者モーレンの執務室へとパッチ(送信)されるに至った。

 初老の村長が険しい表情で今年の収穫台帳を精査しているところへ、一人の農民が不器用な足取りで立ち入ってきた。

「村長、実務の手を止めて申し訳ねえ」

「何かな? 継続しなさい」

「いや、村の連中がこぞって、あのボスのことについて奇妙な等式を組み立て始めてるんだ」

 モーレンは肺の底から重い溜息を吐き出し、羽根ペンを置いた。それだけで、精神的スタミナが急速に磨り減るのを感じていた。自らの管轄する村のシステムにおいて、「ボス」という識別符号が浮上する際、そこに良好なログが伴っていた試しが一度もないからだ。

「今度は、一体どのようなシステムエラー(バグ)を発生させているんだい?」

「ハンツの畑の大収穫のファクトを前にしてな、村の連中があいつの正体は本物の『神様』なんじゃないかって、そう盲目的に信用し始めてる」

 モーレンの羽根ペンを持つ手が、完全に硬直した。彼はゆっくりと老眼の交じった顔を持ち上げた。

「……何だって?」

「あ、いや、あいつが自分で言ってた『創世神』ってデータじゃねえよ?」

「――そいつは、神々への感謝の加護を祈るべき(良かった)ね」

 農民はぱちくりと瞬きをして、統治者の顔を見た。

「村長、俺には今のセリフのどこに安心するパラメータが含まれてるのか分からねえんだが」

「いや、信じなさい。そこはシステム上、最も安堵すべきセクターだよ」

 モーレンはかつて、自らの執務机の前でマコトによる驚異の「雇用面接実務」を直接体験した実績があった。もし村の居住民たちが、あの青年の出力した「四十億年の職務ログ」や「マルチバースの因果律の監査」という純度百パーセントの真実をそのまま事実として受容(信用)してしまったなら、この村の統治レギュレーションがどれほどの過負荷で崩壊するか、正確に予測できていたのだ。

 幸いなことに、彼らの認知能力はその一線を越えてはいなかった。少なくとも、まだ。

「で、現在の村のネットワークにおいては、彼は一体何の神であると解釈されているんだい?」

「そこが、複数の推測データが衝突してて、未だにエラー決済(議論)が続いてる最中さ」

 モーレンは本日何度目か分からぬ重い溜息を吐き出した。

 人間という生き物は、本当に不完全で面白い。彼らは目の前にある最も純度の高い真実(創世神であるというファクト)を完璧に拒絶したのち、わざわざ自らのリソースを割いて、全く新しい別の間違った結論(誤解)を血眼になって探索しているのだから。


 そんな村の中枢のノイズを他所に、耕作地の境界線においては、マコトとハンツがようやく柵の物理メンテナンス(修繕)を完了させていた。

 ハンツは日に焼けた太い掌で己の額の汗を乱暴に拭うと、目の前にある新しく補強された構造物を満足そうに見つめた。

「……よし、上出来だ。これなら不都合な野生獣の侵入バグも完璧にブロックできる」

「ええ、私も同感ですね。等式通りの堅牢な仕上がりです」

 マコトが実直に応答する。

 ハンツは近くにあった大きな無機質な岩石の上へと腰を下ろし、腰のボトルから水分エネルギーの補給を開始した。マコトもまた、その隣のスペースへと生真面目な動作で身を沈める。

 夏の涼やかな風が青々とした作物の波を揺らし、のどかな鳥の声が空間を満たしていた。実におだやかで、クリーンに最適化された静寂。


 その牧歌的な時間のただ中、ハンツが不意に、ボトルの蓋を閉めながら問いかけてきた。

「おい、ボス」

「なんだい?」

「あんた、本当に自らの正体を『創世神』であると確定申告しているが……ありゃあ、本当のファクト(事実)なのか?」


 マコトは静かに首を巡らせた。

 実務的には、極めて耳馴染みのある高頻度の質問ルーチンであった。墜落して以来、それこそ無限に受信してきた文字列だ。

「ええ、嘘偽りのない厳然たる事実ですよ」

 彼は一片のブレもない、いつもの平然としたトーンで出力した。

 ハンツはそれを聞くや否や、喉を鳴らしてクスクスと苦笑を漏らした。

「ハハ、そりゃあ結構なこったな」

 マコトは相手側の生体パラメータ(リアクション)を静かに静観した。そして、これまでの悠久の実務ログから導き出されている、不変のシステム挙動へと着地した。

 すなわち――不採用(信用されていない)。またしても、このルーチンか。

 最高神は妙に冷めた思考で、そのエラーをありふれた現象として台帳に書き加えた。


しかし今回、初老の農民はそれ以上の下品な爆笑を継続することはしなかった。彼はただ、遠くの地平線までパッチワークのように広がる自らの耕作地を、どこか畏怖の混ざった深い瞳で見つめていた。

「……もし仮にだ。もしこの世界に、作物の収穫量データを裏で管理して、大豊作の加護を布設してくれるような、そんな有難い『豊穣の神様』が本当に存在しているんだとしたらよ」

 マコトは、隣の男の独り言に静かに耳を傾けていた。

「そいつは、著しく過酷で、維持管理にかかるコストの高い実務(仕事)だろうね」

 ハンツが言葉を継続する。

「村の連中全員の生存格が、その作物の出力結果に百パーセント依存しているんだからな。もし一度でも等式が破綻(凶作)すれば、システム全体が野垂れ死ぬ」

「ええ、その通りの論理的帰結になりますね。極めて重大なタスクだ」

 ハンツは唇の端をわずかに釣り上げ、素朴な微笑みを出力した。

「だからよ、もしそんな過酷なワンオペ実務を毎日執行してくれてる神様が目の前にいるんだとしたら、俺は最大級のリスペクト(尊敬)を差し出すべきだと思うぜ」


 マコトはその隣の人間の横顔を数秒間、ただ無表情に見つめていた。

 それから、自らの保有する全知のデータベースの全セクターを網羅的に探索したのち、一片の不純物もない純度百パーセントの真実を出力した。

「私は、そのような固有のスキル(仕様)に特化した専門の神を、一切認知(知り)していませんがね」


 なぜなら、そんな仕様の神など、彼の布設してきたマルチバースの基本設計図には「存在しない」からだ。豊穣などという局所的な気象イベントを司る特定の神など実装されていない。あるのはただ、彼が黎明に敷いた因果律という自動運行システム(ミドルウェア)の正常な稼働結果だけなのだから。設計者がいないと言っているのだから、そんな神は存在しない。極めて単純明快で、客観的なファクトであった。


 しかし不運なことに、ハンツの受信機は、その至高の設計者による実直な回答を、全く逆のレイヤーでデコード(解釈)してしまったようだった。

 初老の農民は、満足そうに何度も深く首を縦に振ったのだ。

 彼の認知フィルターによれば、目の前のこの奇妙な青年は、自らが奇跡をもたらした張本人であるという厳然たるファクトを前にして、敢えて「そんな神様は知らない(私はただの事務職ですから)」と、これ以上ないほど実直に、謙虚に身分を隠蔽(謙遜)しているのだと、完璧に間違った、しかし彼にとっては極めて美的な等式として都合よく誤解されたのである。

(なるほどな……。こいつ、全宇宙の創世神なんてデカすぎる嘘を大真面目につくことで、自分が本物の『豊穣の神』だって事実を、周りに悟られねえようカモフラージュしてやがったんだ……! なんてお人好しで、生真面目な神様なんだよ……!)


 マコト自身は、そんな人間の脳内で急速に書き換えられていく最悪の認知バグの存在など、ただの一微ミクロンも関知していなかった。

 彼らが知る由もなかったが、このおだやかな木陰の休憩時間において――マコトが一切の虚偽を含まない100%の「真実」を出力したまさにその瞬間、村全体の統治レギュレーションとこれからのシナリオを根本から崩壊させていく、過去最大にして最悪の『豊穣の神様という名の巨大な誤解の等式』が、完璧に成立(ファクト化)してしまったのだ。


 そして人間という生命体が持つ共同幻想の強度から見れば、ひとたびシステム内に布設されたこの強力な認知エラーは、これからのタイムラインにおいて、周囲のすべての事象(噂や行動)を巻き込んで雪だるま式に自己増殖を継続していくに違いない。

 最高神マコトは、ただ腰の空虚な財布の残高を安定させ、ハンツへの債務を速やかに決済するという極めて日常的な生存戦略のために、次なる過酷で、磨り減るような「崇拝」という名の大不祥事が、配送ルートのすぐ目の前で凄まじいトルクを以て待ち構えているという不都合な現実に――やはり、この時点においては、まだ気付いてはいなかったのである。


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2026/09/09 公開予定

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