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『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
芋の神の生誕

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第21章 大収穫の予兆

 三日後、マコトは再びモーレンの治める開拓村へと帰還していた。

 その決定は、彼の中では至って単純な等式から導き出されたものだった。

 確かに冒険者ギルドは仕事のポストを提供してくれる。しかし、そこでの契約はあくまで一時的な流動契約に過ぎなかった。一方で、現場の農民たちは常に防衛や作業の手助けを必要としている。

 そして何よりも重要なファクトとして、この開拓村には交易都市には存在しない二つのリソースがあった。

 ハンツ。そして、すでに自らの個体を識別している住民たちだ。

 彼らの大半がマコトのことを奇妙な変人として処理しているのは事実だが、全く見知らぬ他者から不審の目で見られるよりは、システム上のノイズが遥かに少なくて済む。


 朝の太陽が東の境界線から昇る頃、マコトが村の防壁ゲートを跨ぐと、複数の住民が即座に彼の姿を検知した。

「おや、ボスじゃないか!」

 一人の農民が声をかけてくる。マコトは静かに首を縦に振った。

 彼は未だに、なぜこの世界において自分の本名である「マコト」よりも、天界での符牒であった「ボス」という識別名の方が高頻度で流通しているのか、その論理的な理由を解明できずにいた。しかし、人間という生命体は往々にして説明のつかない非効率な行動を選択するものだ。

「おい、街で仕事は見つかったのかい?」

 別のテーブルから農民が叫ぶ。

「ええ、獲得しましたよ」

 マコトは実直に事実を出力した。

「そりゃあ良かった!」

 農民は愉快そうに笑うと、詳細な業務内容を追求することなく、そのまま自らのルーチンワークへと戻っていった。マコトはその背中を見送った。人間はどうやら、自ら発信した質問に対して、必ずしも正確な返信データ(詳細)を求めているわけではないらしい。実にユニークな対話プロトコルだった。


 まもなくして、マコトは耕作地の近くで目的の個体、ハンツを発見した。男は小さな編み籠を片手に、不器用な手つきでいくつかの作物の状態を監査している最中だった。マコトの接近を検知すると、ハンツは日に焼けた眉を上げた。

「あんた、戻ってきたのか」

「ええ、帰還しましたよ」

「仕事はあったのか?」

「ありました」

 ハンツの表情に、明らかな安堵のパラメータが灯る。

「そりゃあ安心したぜ。街へ厄介払いした甲斐があったってもんだ」

「しかし、私はすでにその職務を退職しました」

 ハンツの身体が完璧に凍りついた。

「……はあ?」

 マコトはわずかに首を傾げた。相手側のフリーズ挙動が、いささか過剰な反応であるように思われたからだ。

「私は引き受けた運送仕事を完璧に遂行し、完了ログを提出しました。ギルドの依頼とは一時的な契約ですからね。タスクが終了した以上、そのポストから離れるのは当然の帰結です」

「じゃあ何かい? あんた、また一文無しの無職に逆戻りしたってわけか?」

 マコトは数秒の演算を経て、回答を出力した。

「客観的な事実として言えば、そうなりますね」


 ハンツは大きな溜息を吐き出し、自らのこめかみを指先できつく揉みほぐし始めた。マコトと遭遇して以来、彼がこの防衛反応を起動する頻度は著しく跳ね上がっている。

「せっかくホッとしたってのに、これだ。あんたってやつは本当に……」

「お手数をおかけして申し訳ありません」

「いや、あんたが悪いわけじゃねえ。ルール通りに動いただけなんだろ。そいつは分かってるさ」

 ハンツはもう一度重い溜息を漏らすと、背後に広がる広大な耕作地を指し示した。

「で、一文無しの創世神様は、これから一体どうするつもりなんだ?」

「私は、農民の実務を手助けしたいと考えています」


 空間に、一瞬の静寂が沈み込んだ。

 ハンツがマコトを見つめ、マコトもまたその凪いだ瞳で彼を見返した。夏の柔らかな風が作物の葉を揺らし、のどかな鳥の声が遠くから聞こえてくる。

 やがて、ハンツが怪訝そうに問いかけてきた。

「……なんでまた、そんな仕事を?」

 実務的には、極めて真っ当な疑問であった。文字の読み書きができ、恐ろしい精度で台帳の計算バグを修正できる高スペックな個体が、わざわざ泥にまみれる肉体労働を選択する理由がなかったからだ。

 マコトは、自らの脳内で組み立てた論理的な等式をそのまま口にした。

「農民という個体群は、食物という最も根源的なエネルギーソースを生産しているからです」

 ハンツはぱちくりと瞬きをした。

「そりゃまあ、そうだが」

「食物の供給が途絶えれば、人間という不完全なシステムは例外なく自己崩壊を起こして死亡します」

「……それも、間違いねえな」

「したがって、社会の維持管理において、農民の執行している業務は著しく優先順位が高い。極めて重要なタスクです。そして現在、彼らは人手というリソースの不足に直面している」

 マコトは言葉を継続した。

「一方で、私は現在の経済システムに適応するための貨幣を必要としている。両者の不具合は、直接の契約によって同時にパッチを当てることが可能です」

「つまり、俺の畑を手伝いたいってことかい?」

「おおむね、その解釈で相違ありません」


 ハンツは長い時間沈黙したのち、喉を鳴らしてクスクスと笑い出した。嘲笑ではなく、純粋にその状況のズレが面白かったのだろう。

 自らの正体は世界を創った創世神だと言い張り、四十億年のキャリアを真顔で主張し、一瞥しただけで納税台帳の不備をデバッグしてみせた奇妙なインテリが、いまや一介の雇われ農民として泥にまみれようとしているのだ。この世界のシナリオというものは、時として実に予測のつかないバグを含んでいる。

「いいだろう」

 ハンツは笑い涙を拭いながら首を縦に振った。

「ちょうど人手が足りなくて困ってたところだ。説教者さん、いや、ボス。あんたのその高いスペック、ありがたく使わせてもらうぜ」

 マコトは小さく頷いた。

 業務契約、成立。極めて迅速で効率的なプロセスであった。


 しかし不運なことに、その実務の効率性が維持された時間は、一時間にも満たなかった。

 作業を開始して間もなく、ハンツは目の前にある新たな問題データ(ファクト)を検出することになったからだ。

 このマコトという青年は、農業に関する初期データ(経験)を、ただの一微ミクロンも持ち合わせてはいなかった。


「違う、違う! ストップだ、マコト!」

 ハンツが慌てた声を張る。

「雑草を間引くときはな、主根となる本物の作物の苗まで一緒に引っこ抜くんじゃないよ!」

「おや、なるほど。これは必要な作物のデータでしたか」

 マコトは両手で引き抜いた緑の茎を見つめ、静かに首を縦に振った。

「重要な環境仕様ですね。学習ログに記録しておきましょう」

 その五分後。

「そっちじゃない!」

 ハンツが再び実務の制止アラートを発した。

「それはまだ土の中で成長を執行してる最中のジャガイモの根だ! 埋め戻せ!」

「ふむ。不可視のセクターで処理が進行中というわけですね。これも重要な情報です」

 さらに十分後。

「だから、それも違うって言ってるだろ!」

「どれのことかね?」

「あんたが今、大真面目な顔で丁寧に植え直そうとしてる、その手に持ってる草だよ!」

 マコトは自らの手のひらにある植物を厳かに観察した。

「これは、ジャガイモの亜種ではないのかね?」

「ただの厄介な雑草だよ!」

「ふむ」


 ハンツは、この青年と言葉を交わすたびに自分のスタミナが削られる理由を、ようやく実務的に理解しつつあった。マコトは悍ましいほどに知性が高く、おそらく村の誰よりも頭が良い。しかし、知性の高さと、実際の現生環境における実務経験というものは、システム上の定義が全く異なる別個のパラメータなのだ。


 幸いなことに、太陽の座標が天頂を過ぎる頃には、彼らの実務タスクはそれなりに正常な数値へと収束し始めていた。

 マコトは人間側からの詳細な修正申告(解説)をすべて正確にインプットすると、瞬時に農業の基本アルゴリズムを組み立て、完璧に適応してみせたのだ。

 植物の維持には、水分が必要である。

 適切な光熱エネルギーの照射が必要である。

 土壌に含まれる有機栄養素の補給が必要である。


 それらの概念設計それ自体は、彼にとって全く見慣れた仕様に過ぎなかった。過去数十億年の歴史において、彼はこれと酷似した数万種、数百万種の植物の雛形をゼロから編み出してきたのだ。

 問題は、植物というシステムを無から創造することと、すでに布設された不完全な物理法則の中で、自らの脆弱な二本の足を使って泥にまみれながら育てることとの間には、果てしない実務的な深淵が横たわっているという事実だった。

 創造することと、栽培すること。その二つの行為の差異は、最高管理者にとって実に興味深い検証対象であった。


 彼らが畑の境界線にある木陰で一時休憩を執行した際、ハンツが一椀の冷たい水を差し出してきた。マコトはそれを受領し、口腔へと熱量を補給する。

 彼の視線の先には、地平線の彼方までパッチワークのように広がる緑の耕作地が続いていた。

 人間の布いたそれは、天界の完璧な管理画面に比べれば著しく粗末で、非効率な構造をしていた。しかし、その見劣りする景色の背後には、彼ら知的生命体が途方もない時間と肉体的スタミナを投資してきた、驚くべき実務ログ(努力)が詰まっている。

 一株の作物の茎、その一本一本が、人間の費やしてきた時間と、労働力、そして果てしない忍耐を証明する物証なのだ。


 その瞬間、最高神マコトの脳内で、一つの論理的な整合性が成立した。

 農民という存在と、世界の設計者である創世神の本質は、驚くほどに共通した仕様システムを持っている。

 両者ともに、今日という現在のタイムラインにおいて不確定な種子を蒔き、その等式の最終的な出力結果(成果)を、遥か彼方の未来の世界線において初めて確認することができるのだ。異なるのは、単に対象となる事象のスケール(規模)だけだった。


 ハンツが怪訝そうな視線を向けながら口を開いた。

「あんた、さっきから真顔で畑を睨みつけて、一体何を考えてるんだ?」

 マコトは偽らざる客観的な見解を、そのまま実直に出力した。

「私は今、この人間の農業という実務タスクは、全宇宙の創造管理業務よりも遥かに複雑で、難易度の高いバグ修正デバッグを含んでいるのだと、新鮮な感銘を覚えていたところですよ」

 直後、ハンツは腹を抱えて本日一番の大声で笑い出した。その爆笑の衝撃音に驚き、近くのテーブルで休憩していた別の農民たちが、一斉にこちらへと首を巡らせるのが分かった。

 マコトにはやはり、自らの出力したシンプルな観察事実に、いかなる笑いのトリガーが含まれていたのか全く理解が及ばなかった。しかし、ハンツにとってそれは、今週の労働ログの中で最も洗練された、最高に愉快な中二病のジョークとして歪んで受容されたようだった。


 それからの数日間は、極めて迅速なテンポで経過していった。

 マコトは実直な足取りで、収穫物の麻袋を物理移動(運搬)し、水分の補給タスクを代行し、耕作地のデバッグ(雑草取り)を執行した。

 そこには特筆すべき超次元的な不具合(奇跡)など何一つとして発生しなかったし、神聖な魔力も、最高管理者の権能も一切稼働していなかった。ただ、一介の人間としての地道な労働ルーチンが繰り返されているだけだった。

 しかし、まさにその一片のブレもない真面目な労働態度ゆえに、村の農民たちはジワジワとこの「ボス」と名乗る奇妙な青年を、自らの集落の構成員として無条件に受容し、好意を抱き始めていた。時折、彼らの認知限界を軽々と突破する不可解な環境質問を投げつけてくる点を除けば、彼はこれ以上ないほど実直で、完璧な実務の担い手であったからだ。


 そして――ついに、大収穫の日(刈り入れのキックオフ)が訪れた。


 その日の早朝、開拓村全体のタイムラインは、通常よりも遥かに早いタイミングで駆動を開始していた。

 木製の編み籠が大量に準備され、空の麻袋が大きく押し開かれ、すべての農民たちが自らの耕作地へと集結していく。

 ハンツは畑の中央に直立し、完全に成熟しきった作物の海を、満足そうに見つめようと視線を走らせた。


 しかし直後、初老の農民の瞳が、あり得ない精度で爆発的に見開かれた。

「……え?」

 彼の喉から、言葉にならないかすれたエラー音が漏れ出た。

 隣のエリアで収穫バサミを握っていた別の農民の身体も、完全に硬直した。

 次いで、三人目の農民。さらに、四人目。

 耕作地を満たしていた喧騒のノイズが、ドミノ倒しのように急速な静寂へと沈み込んでいく。


 マコトはその周囲の生体パラメータの急激な変化(硬直状態)を検知し、実直に問いかけた。

「何か、システム上の重大な不具合でも発生しましたかね?」

 誰も答えない。

 すべての知的生命体が、ただ微動だにせず、眼前に広がる作物の波を凝視し続けていた。


 ハンツはようやく、肺の底から生唾を飲み下した。それから、自らの老眼の交じった瞳を乱暴に擦りむき、信じられないものを見るように、眼前の現生物理データを凝視した。

 そして、震えを帯びた声で、静かに等式を出力したのだ。

「……おい、これ、一体どうなってやがるんだ。俺たちの畑の収穫量データが、なんでこれほど異常な桁数まで跳ね上がってやがるんだよ……!?」


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2026/09/09 公開予定

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