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『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
芋の神の生誕

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第14章 受付嬢の頭痛

 冒険者ギルドの受付リサは、肺の底から深く、長い溜息を吐き出した。

 それから、もう一度。

 さらにもう一度。

 マコトはその物理的な呼吸の挙動を、精密機械のように注視していた。

「尋ねたいのだが、それはこの機関における標準的な運用プロシージャ(手順)かね?」

「何がだい?」

「短時間の間に、高頻度で呼気を外部へ排出する行為さ」

 リサは数秒の間、完全に焦点を失った瞳で彼を凝視した。

「……そうさね」

 彼女は力なく声を絞り出した。

「これは、現場の人間が限界を迎えた際に執行される、緊急避難のプロシージャだよ」

「ふむ。なるほど、極めて論理的な処置だね」

 マコトは実直に首を縦に振った。彼のこれまでの観測ログによれば、この世界の人間は彼と言葉を交わす際、ほぼ例外なくこの「緊急プロシージャ」を自動起動する傾向があったからだ。


 その間も、酒場のテーブルからは複数の冒険者たちの視線が途切れなく注がれていた。「ステータス解読不能」という前代未聞のシステムエラーは、彼らにとって極上の娯楽データとなっていたのだ。

 マコトには、なぜ彼らがそこまで異常な関心パラメータを示すのか、その倫理的な理由が全く理解できなかった。

 彼の設計思想から言えば、システムが個体のデータを検出できない場合、因果関係として存在する可能性は二つしかない。

 入力されたデータ側の破損バグ

 あるいは、読み取りデバイス側のハードウェア的な欠陥。

 いずれも、天界の管理事務室においては日常的に発生する、極めてありふれた事務処理上のトラブルに過ぎないのだ。しかし不運なことに、この下位世界の知的生命体は、その事実を全く異なるレイヤーで解釈しているようだった。


 リサは、手元にある純白のステータスカードを、太いペンの先端でトントンと不規則に叩き始めた。一度、二度。それから、再びマコトへと視線を戻す。

「よし。それじゃあ、極めて基本的な個人パラメータの確認から再開するよ」

「ふむ。シンプルな質問はデータの整合性が取りやすくて好ましいね」

「そりゃあ結構なこった」

 リサは新しい羊皮紙にペンを走らせ始めた。

「まずは、年齢は?」

「およそ四十億年と、端数が少々だね」


 カサリ、と羽根ペンの先端が羊皮紙の上で完璧に静止した。

 リサはきつく目を閉じ、数秒の間、脳内の理性をメンテナンスし始めた。斜め後ろの席からは、堪えきれないといった風な吹き出し笑いが漏れ聞こえてくる。

 マコトは、自らの出力したデータが人間側のレギュレーションに適合していなかったことを瞬時に察知した。なるほど、人間は「存在の総生存期間」ではなく、「肉体の稼働期間」を基準として年齢パラメータを算出する仕様だった、と過去の学習ログがアラートを発したのだ。

「失礼、現在のこの脆弱な人間の器(肉体)における生物学的な稼働期間を問うているのであれば、およそ十七年というデータになるね」

 ペンの先端が再び滑らかに動き始めた。リサはその数字を台帳へと記録し、自らの精神衛生を守るために、先ほどの「四十億年」というエラーログを力づくで脳内からデリート(抹消)することにした。


「種族は?」

「人間だね」

「よろしい」

 ペンが動く。

「では、前職――ここに来る直前まで就いていた具体的な役職(仕事)は?」

 マコトは一瞬思考の処理速度を調整したのち、偽らざる客観的事実をそのまま実直に出力した。

「創世神だ」


 パキリ、と本日何度目か分からぬ、硬い木が割れる不吉な音が響いた。

 隅のテーブルでは、一人の戦士がエールを完全に口腔から噴き出して激しく咳き込んでいる。

 リサはそっと羽根ペンを机の上へと設置した。

「……なるほど。すべてが繋がったよ」

 彼女は感情の一切を削ぎ落とした、完全に無機質なトーンで呟いた。

「何かな? どの等式が成立したのかね」

「あの開拓村のモーレン村長が、なんであんたを身分証明の紹介状一枚で、この都市のギルドへと強制移送(厄介払い)してきたのか、その理由が百パーセント理解できたってことさ」

「ふむ。紹介状の記述ログに基づき、適切な職務市場へと個体を誘導したのだから、統治者として極めて合理的な実務執行だね」

「違うよ。あんた、あたしの言ってる意味が全く分かってないだろ」

 彼女は大きな溜息とともに、自らのこめかみを指先できつく圧迫し始めた。

 マコトはその生体反応を興味深そうに観察した。この世界の人間は、彼と言葉を交わす際、頭部の特定のセクター(こめかみ)を物理的に圧迫する習性があるらしい。実に興味深い人類学的なサンプルデータであった。


「――よろしい、次の質問だ」

 リサはこめかみから手を離すと、事務的なトーンを維持したまま言葉を継続した。

「あんたの保有する、固有のスキルや、働けるスキル(能力)を言いなさい」

 マコトは有意な時間の中断を置いて、深く思考を沈み込ませた。

 その質問は、実務的には著しく処理の難しいセグメントを含んでいた。なぜなら彼の本来の保有スキルは宇宙規模で膨大すぎ、そのうえ現在の脆弱な肉体においては、創世の神聖権能を含む全術式がアクセス拒絶ロックされているからだ。

 彼は長時間の論理的検証を経たのち、現在の現生環境において最も関連性の高い、極小の保有データを抽出して回答した。

「私は、事務管理オフィスワークを比較的得意としているよ」

 リサはぱちくりと瞬きをした。

「……それだけかい?」

「現在の仕様においてはね」


 その回答は、これまでの超次元的な文字列に比べるなら、驚くほどに「この世界の常識的な基準」に合致する正常値を示していた。リサの表情に、本日初めて人間らしい安堵の光が宿りかける。ほんの、一瞬のことであったが。

「ほう、具体的にはどれくらいの事務処理能力スペックがあるんだい?」

 マコトは、偽らざる客観的事実をそのまま実直に出力した。

「過去数十億年にわたり、全マルチバースにおける因果律の運行、および輪廻転生管理事務の全システムをワンオペでマネジメントしていた経験がある」


 ゴンッ!!

 執務空間の静寂を切り裂いて、硬い木が物理的に激突する悍ましい衝撃音が響き渡った。

 リサは、わざわざ振り返って確認するリソースを割く必要すら感じなかった。酒場のテーブル席のどこかで、この不条理な対話ログの受信に脳細胞が耐えかねた冒険者の一人が、自らの額をテーブルへと叩きつけてギブアップ(気絶)したのだと、正確に予測できたからだ。


 受付嬢リサは、ここにきてひとつの冷酷なシステム構造(本質)を理解しつつあった。

 この「マコト」と名乗る青年の最大のバグ(問題)は、ステータスカードが空白であることでも、存在期間が四十億年であることでも、己の正体が創世神であるという荒唐無稽な妄想を口にすることでもなかった。

 最大にして最悪のバグは――彼が常に、悍ましいほどに「生真面目」であるという点だった。

 その表情には、他者を欺こうとする詐欺師特有のやましさ(ノイズ)が微塵も存在しない。

 目立とうとする自己顕示欲のパラメータもゼロ。

彼は、自らの出力したすべての超次元的なデータを、まるで「本日の局所的な気象情報(天気)」でも読み上げるかのような、淡々とした実直なトーンで平然と言い放っているのだ。

 だからこそ、聞いている側としては「これは質の高いジョークなのだ」と処理するための逃げ道(システム上の例外処理)を完全に遮断され、正面から不条理の過負荷を受容して磨り減るハメになる。これほど精神的スタミナを消費する個体は、長年の実務経験を以てしても初めてであった。


「よし」

 リサは長い瞑目ののち、完全に思考のベクトルを切り替えることにした。

「別のトピック(話題)に移るよ」

「ふむ。人間はしばしば、そのように対話の進行を急にリブート(初期化)する傾向があるね。なぜかね?」

「あたしが、最低限の理性を維持したまま、今日のシフトを終えて家に帰りたいからだよ!」

「なるほど。個体の整合性を保つための防衛反応というわけだね。極めて健全な目標だ」

 マコトは首を縦に振った。


 リサは机の引き出しを乱暴に押し開き、中から一枚の新しい羊皮紙の要求仕様書を取り出した。

 新規の登録者が、適性検査(ステータス測定)のエラーによって仕様が確定できない場合、ギルドのレギュレーションにおける唯一の解決策は、「現生環境における実戦評価フィールド・テスト」を執行することであった。

 実務上、そのような旧式で非効率な手段が用いられるケースは著しく稀であったが、このマコトという特異個体は、十五分前の来訪時点ですでに「ギルドの常識」というセクターの外側へと脱落している。


「いいかい、マコト。あんたのステータスがシステムエラーで読み取れない以上、ギルドのルールに従って、実際の依頼クエストを受けてその実力を直接証明デバッグしてもらうよ」

「実技による適性検査かね?」

「そういうこった」

 マコトはその羊皮紙の記述フォーマットを静かに観察したのち、小さく頷いた。

「構造としては、極めて合理的だね。理論的な数値データよりも、現生環境における物理的な出力結果ファクトを重視するというのは、評価のシステムとして異論の挟みようがない」


 最高神の口から、ようやく常識的な合意のログが出力された。

 しかし、リサはその瞬間、脳内で静かに、小さな祈りの術式を組み立て始めていた。

 それは、この適性検査が円滑に完了することを祈るものではなかった。

 ただ、このマコトという青年の口腔から、次なるプロセスの過程において、これ以上自らのこめかみを破壊するような超次元的バグデータが出力されないことを、切に願う絶望の祈りであった。

 不運なことに、そのささやかな願いが叶う確率プロバビリティが、すでにゼロ(無)へと収束しつつあることに――優秀な受付嬢は、まだ気付いてはいなかったのである。


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