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『異世界に飛ばされた神だけど、誰も俺が神だと信じてくれない』  作者:
セリアの介入

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第107話 豊穣神否定 (オレハホウジョウノカミデハナイ)

 『万年豊作教会』の聖堂前広場には、未だに地鳴りのような拍手の余韻が鳴り響いていた。

 多くの信徒たちがボロ切れで目元を拭い、ある者は深く感じ入った面持ちで天を仰いでいる。マコトの「受難劇」とも言える告白は幕を閉じた。しかし、集まった群衆にとっては、その崇高な言葉の真意を探るための、新たなる精神的探求が始まったばかりだったのである。

 このままでは、あの演説すらも「偉大なる神の深遠な比喩」として教義に組み込まれてしまう。そう直感したセリアは、覚悟を決めて演台の前へと足を進めた。

「――皆さん、少々よろしいでしょうか」

 セリアは広場を埋め尽くす信徒たちに向けて、張り詰めた声を響かせた。

聖下ひじりしたのお言葉に、私から少しだけ、重要な補足を加えさせていただきます」

 リナは胸の前に抱えた『芋の聖典』をきつく抱き直すと、敬虔な笑みを浮かべて頷いた。

「ええ、もちろんでございます、司祭様。マコト様の御託宣の真意、ぜひ我々にご教授ください」

 セリアは細い胸に深く息を吸い込んだ。

 ボスのあの長い演説すら歪められてしまったのなら、もう手段は一つしか残されていない。

 これ以上ないほど単純で、主語も明確な、極小の文字列。人間の脳内にある認知のバグが、拡大解釈や要約を行う余地すら与えないほど、圧倒的に短い拒絶の言葉を彼らの耳に叩き込むのだ。


 セリアは隣に立つ主へと向き直った。

「ボス」

「ん?」

「今から私の質問に、ただ事実の定義通りに、一言でお答えいただけますか」

「お安い御用だ。私はいつでもそのように出力しているよ」

「では……ボス、あなたの本来の識別名(正体)は何ですか?」

 マコトは思考する間すら置かず、至極当然のように答えた。

「創造神だね」

「では、もう一つ。ボスは、彼らが盲信しているような『万年豊作の神』なのですか?」

「違うよ」

 マコトは、ハーブティーの入った木コップを揺らしながら、きっぱりと静かな声で否定した。


 広場に、水を打ったような静寂が戻ってきた。

 セリアは、その沈黙を逃さずに群衆へと向き直り、毅然とした態度で言い放った。

「皆さん、今のはっきりと明確な拒絶の言葉をお聞きになりましたね!? ボスご自身が、ご自分の口から直接仰いました。――マコト様は、万年豊作の神では断じてありません!」

 何万もの視線が、演台の上のマコトへと注がれる。しかし、誰一人として動揺する者はいない。セリアは一気に畳みかけた。

「これまで、あなた方は致命的な勘違いをしていたのです! ボスは農耕を司る土着の神でもなければ、作物の実りを保証する精霊でもありません! この教会も、あなた方が勝手に建てた偶像の神殿であり、ボスとは何の関係もない組織なのですわ!」

 その言葉の正確性を担保するように、マコトが隣で小さく首を縦に振った。

「その通りだね。完全に無関係だ」

 セリアの胸に、微かな勝利の予感が湧き上がった。

 これだ。主語はボス、述語は完全な否定。これほど剥き出しの事実を突きつけられて、なおも「麦の神様」だと言い張れる人間など、この世に存在するはずがない。


 しかし、最前列にいた一人の若い農民が、何かを悟ったような澄んだ目でゆっくりと手を挙げた。

「――司祭様」

「な、何かしら」

「もしマコト様が、本当に己の名声を欲し、万年豊作の神として君臨したいと思われているなら、ただ『そうだ、俺が神だ』と認めれば済む話ですよね」

 セリアは眉をひそめた。

「……ええ、まあ、論理的にはそうですけれど」

「でも、マコト様はそれを拒まれた。全ての栄光を退け、ご自身を『ただの無力な存在だ』と言い張り、私たちの押し付けた称号を全力で否定された。これこそが……これこそが、私たちがどこまでもマコト様をお慕いしてしまう理由なんです!」

 周囲の農民たちが、一斉に激しく頷き始めた。

「そうだ! その通りだ!」

「マコト様は形だけの称号を嫌われる。あのお方は、どこまでも謙虚であらせられるんだ!」


 セリアは目を見開き、あまりの論理の跳躍に声を荒らげた。

「違いますわ! ボスが拒絶しているのは、謙虚だからではありません! 本当に、事実として、万年豊作の神ではないから拒絶しているのですわ!」

「ええ、ええ。分かっておりますとも」

 リナが、まるで駄々をこねる子供をあやすかのような、慈愛に満ちた優しい微笑みをセリアへと向けた。

「それこそが、マコト様の至高の徳というものです。マコト様は人間が作り出した都合の良い枠組みや、ちっぽけな肩書きに収まることを良しとされない。……なぜなら、私たちはすでに、あのお方の真の御姿を知ってしまっているのですから」

 セリアは、背筋に冷たいものが走るのを感じながら、リナを凝視した。

「……あなた、一体何を知っていると言うの?」

「マコト様は、この世界の全てを創りたもうた、大いなる『創造神』であらせられます。麦の神などという、局所的な存在ではないのです」

「――え?」

「ボ、ボス! 今の、お聞きになりました!? この娘、あなたのことを『創造神』だって――」

 セリアは救いを求めるようにマコトを振り返った。マコトは淡々と頷いた。

「うん、それは事実だね。私は確かに世界の初期設定を行った存在だ。彼女の認識は、その点においては正しいよ」

 セリアは、勝利を確信してリナを指差した。

「ほら! 聞いたかしら! ボスは創造神なのよ! 豊作の神様なんかじゃないの!」

 広場全体が、ふたたび静まり返った。

 誰もが言葉を失い、マコトとセリアを見つめている。


 やがて、重戦士のレオンが、胸の奥底から絞り出すような深い感嘆の声を漏らし、厳かに口を開いた。

「……なるほど。そういうことだったのか、ボス」

 マコトは不思議そうにコップを傾けた。

「ん? どういうことだい?」

「ボスが頑なに『自分は万年豊作の神ではない』と言い続け、あえて『創造神』という途方もない名を口にされた真意。……俺たちに、もっと大きな『視座』を持てと仰っているんだな?」

 マコトは、その思考の機序を理解しかねて、少し眉を寄せた。

「視座、かい?」

「そうだ。もし俺たちが、ボスをただの『麦の神』として拝んでいたら、俺たちは秋の収穫の時にしか神に感謝しねえだろう。だが、ボスが『創造神』であるならば、俺たちはこの大地、この空、この命の全てに、毎日感謝を捧げなきゃならねえ。ボスは……俺たちの浅ましい信仰のあり方を、その一言で打ち砕いてくださったんだ!」

 レオンの熱い言葉が響き渡った瞬間、広場全体の空気が、一瞬にして爆発的な熱狂へと反転した。


「おおおおお……! なんという深遠な教えだ!」

「マコト様は、私たちをただの『豊作の奴隷』にしたくなかったのだ!」

「形だけの教会に閉じこもるな、世界すべてを愛せという、神の真の御意志が今、示されたのだ!」

 セリアは、その場に崩れ落ちそうになる足を、かろうじて踏ん張って支えていた。

 違う。

 完璧に、天文学的な規模で、意味がすり替わってしまった。

 ボスが口にした「創造神という客観的事実」は、信徒たちの狂信的な脳内バグを通過した結果、従来の『麦の教会』を遥かに超越した、『世界そのものを全肯定する究極の全知全能のドグマ』へと、不可逆的な大進化を遂げてしまったのだ。


 マコトは、狂喜乱舞し、互いに抱き合って涙を流す群衆を見つめ、困惑したように呟いた。

「おかしいね、セリア。私はそのような高尚な思想教育を施した覚えは一切ないのだが。ただの職歴の開示だよ」

 リナは両手を胸の前で組み、感涙に瞳を濡らしながらマコトを仰ぎ見た。

「マコト様……。本当に、どこまでも恐ろしい御方です」

「……何がだい? 私のバイタルは至って正常だよ」

「ご自身が放たれたその一言一言が、どれほど私たちの魂を激しく揺さぶり、世界の真理を抉り出しているのか、あなた様は全く無自覚であらせられる。名声を求めず、ただの事実として真理を置いていかれる……。ああ、やはりこの御方は、本物の神であらせられるわ!」


 セリアはゆっくりと頭を垂れた。

 先ほどまで青白くなるほどきつく握り締められていた彼女の拳は、今や力なくダラリと脱力し、虚空に揺れている。

 彼女はボスに「私は万年豊作の神ではない」と言わせた。これによって、あのちっぽけな『麦の教会』を根底から解体するつもりだったのだ。

 しかし、目の前に広がっているのは、解体どころか、これまでの百倍の強度と質量を持って新生してしまった、巨大な宗教的熱狂の怪物だった。

 マコトは、助手の様子をじっと見つめていた。

「セリア。どうやら、彼らのバグは完全にシステムを掌握してしまったようだ。私の真実の出力が、かえって彼らの認識を強化するエネルギーとして吸収されているように見えるのだが」

 セリアの唇から、乾いた、今にも消え入りそうな微かな笑いが漏れた。

「ええ、ボス……。彼らはまだ、完全に間違っていますわ。……そして、もう誰にも、止められませんわ」

 広場を埋め尽くす万の群衆が、今や新たなる『天地創造の主』を称えるための、地を揺るがすような大喝采の第一声を放ち始めていた。セリアは、その嵐のような熱狂の渦の中で、ただ静かに、完全なる絶望の深淵へと沈んでいくのだった。


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2026/09/09 公開予定

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