04│少なくとも、俺にとっては -02-
闇の魔力の感触が、妙に滑らかだった。
普段よりも、ずっと。
(……今の感覚は)
さきほど触れた、彼女の魔力の流れを思い返す。
指先に、淡い金の余韻がまだ残っている。
まるで――光の流れが、最初からそこに道を作っているように。
ルークランはわずかに迷うようにして口を開いた。
「……君の魔力は、制御しやすい。」
フィーナは首を傾げる。
「制御、しやすい?」
「ああ。」
ルークランは小さく頷いた。
「少なくとも、俺にとっては。」
ルークランはそう言うと、少し考えるように視線を落とした。
「……だが、まだ積み重ねが必要だ。制御訓練はこれからも続けた方が良い。」
フィーナは驚いて顔を上げた。
「続ける?」
「ああ。三日に一度くらいでいい。」
「そんなにですか?」
目を丸くして尋ねるフィーナに、ルークランは少しだけ眉を寄せる。
「本当なら毎日でもいい。三日に一度は少ないくらいだ。」
「そ、そうなんですね……。」
フィーナは戸惑いながらも頷く。
だが、すぐに少し申し訳なさそうに言った。
「でも……アストレイド様の勉強の邪魔になりませんか?」
その言葉にルークランの表情がわずかに止まる。
そして、静かに言った。
「……ルークランでいい。」
「え?」
「呼び方だ。」
フィーナは戸惑う。
「ルークラン様……?」
ルークランは小さく首を振った。
「ルークラン。」
短く、強く言い直される。そこに反論の余地はない。
フィーナは少し迷いながら口にする。
「……ルークランさん?」
一瞬の沈黙。
やがてルークランは小さく頷いた。
「ひとまずはそれでいい。」
フィーナは少し考えるように視線を落とした。
「あの、……三日に一回だと、ルークランさんも皆さんも負担になりませんか?」
ルークランが眉をわずかに動かす。
「皆さん?」
「あの……ルークランさんのお友達の皆さんです…。今日も、わざわざ来てくださっていましたし。」
フィーナはクローディオたちの方にちらりと目をやり、申し訳なさそうに言った。
ルークランはその言葉に、少しだけ呆れたように息を吐いた。
「ああ。次からは、二人でいいだろう。」
フィーナは思わず顔を上げた。
「二人で?」
反射的に、視線がリーザの方へ動いた。
ルークランはその視線の先を、一瞬だけ見た。それから、静かに言った。
「……リーザは何も言わない。」
短い一言だった。それ以上でも以下でもない。
「測定不能の魔力を、制御できない状態で放置するわけにはいかない。アストレイドとして、必要なことだ。」
迷いのない声だった。
フィーナは小さく頷く。だが、少し迷うように口を開いた。
「……でも、ヴェリアス様が良くても、変な噂になってしまったら……。」
ルークランは続けた。
「この区画は訓練用だ。」
彼は周囲を軽く見回す。
広い石床のドーム。
魔法陣の刻まれた壁。
遠くで別の訓練の音がかすかに響いている。
「目的のある者しか来ない。噂にはならないだろう。」
フィーナはそれでも、少し困ったように眉を寄せた。
ルークランはその表情を、静かに見た。
「仮に噂が立っても、俺が否定する。だから問題ない。」
あまりの言い切りに、フィーナは一瞬言葉を失った。
だが、そこまで言われたら、もう頷くしかない気がした。
「…分かりました。じゃあ、また三日後によろしくお願いします。」
ルークランは軽く頷いた。
「ああ。」
そして周囲を見回し、小さく息を吐く。
「……今日はここまでにしよう。」
その声に、少し離れた場所で様子を見ていたクローディオたちも歩み寄ってきた。
「終わり?」
クローディオが肩をすくめる。
「思ったより真面目な訓練だったね。」
「最初から真面目な訓練だ。」
ルークランが淡々と返す。
ガレスがハハッと豪快に笑った。
「まあまあ。初日としては上出来じゃないか?えーと、セレスだったか?お疲れさん。」
「えっと、ヴァルガ様?お付き合いありがとうございました。」
「ガレスで良いぜ!」
ガレスがまた笑う。フィーナは少し戸惑いながら言い直した。
「じゃあ、ガレスさん。」
「おう!ルークの訓練は厳しいが、耐えれば必ず成長できるからな。頑張ってくれ。」
「はい。」
そのやり取りをルークランは黙って見つめていた。ほんのわずか、目を細めて。
「もう、ガレス。フィーナさんが困っているでしょう。あまり馴れ馴れしくしないで。」
リーザが静かにたしなめる。
「ヴェリアス様も、ありがとうございました。あの、すみません……。」
リーザは静かに首を振った。
「気にしないで。あの人は、放っておけないと思ったら動かずにいられないから。」
「そうそう」とガレスが豪快に笑った。
「ルークはああ見えて面倒見がいいんだ。セレスも遠慮しなくていいぞ。」
フィーナはその言葉を聞いて、少しだけ胸が軽くなった。
「フィーナ、お疲れ様!」
ミアが明るく声をかける。ラナも静かに続いた。
「……お疲れ様でした。」
ミアがフィーナの腕を軽く引いた。
「フィーナ、大丈夫?疲れてない?」
「うん、平気。」
フィーナは小さく頷く。
「じゃあ帰ろうか。」
クローディオが軽い調子で言う。
夕方の光が、ドームの入口から差し込んでいる。
七人は連れ立って訓練区画を出た。
学院の回廊には、夕暮れの柔らかな光が満ちている。
石畳の上を歩く足音が、静かに響いた。
寮へ向かう道の途中、フィーナはふと横を見た。
少し前を歩く黒いローブ。
その背中は、昼間と同じようにまっすぐだった。
――三日後。
またここで会う。
(……どうして、こんなに気にかけてくれるんだろう)
王候補で、四大公爵家で。そんな人が、なぜ自分なんかと。
そう思うのに――なぜか、遠い気がしない。どこかで、知っているような。
フィーナはそれが何なのかわからないまま、夕暮れの道を歩いていた。




