04│少なくとも、俺にとっては -01-
錬成区画は、学院の奥まった場所にあった。
透明な結界柱が高く天井へと伸び、床には魔力を導く紋様が刻まれている。
淡い光がドームの中をゆるやかに循環し、空気そのものが澄んでいるようだった。
今日は五つある区画のうち、第三ドームだけが解放されていた。
フィーナ、ミア、ラナの三人が第三ドームへ足を踏み入れると、先に来ていた四大公爵家の面々がそれぞれの場所に立っていた。
リーザは静かに床の文様を観察し、ガレスは腕を組んで壁際に寄りかかっている。
クローディオはガレスの脇に立ち、どこか楽しげに周囲を見渡していた。
そして――ルークランは、リーザのすぐそばで、静かに立っていた。
フィーナは一瞬だけ足を止める。
(……この人たちの前で、訓練。何かあったら…どうしよう)
頭の中に、魔力を暴走させた過去が浮かんだ。もしこの人たちに怪我をさせてしまったら?
ミアは「噂になる」と言っていたけれど――こんな面々を前にするくらいなら、二人きりの方がまだ良かったのではないか。
そのとき、ルークランの視線がこちらへ向いた。
「緊張しているのか。」
低く、静かな声だった。距離があるのに、よく通る。
フィーナは思わず背筋を伸ばした。
ルークランはリーザの横に立ったまま、動かない。
その距離が、なぜか少し遠く感じた。
――そういえば、クラスメイトが噂していた。二人は婚約者候補だと。
(……ああ。ミアが心配していたのは、そっちか)
二人きりはまずかった。来てもらって良かった。
「……大丈夫です。」
ルークランは短く頷いた。
「訓練の前に、自己紹介だけしておこう。改めて言うまでもないが、ルークラン・アストレイドだ。」
そう名乗ると、クローディオがくすりと笑った。
「クローディオ・ノクティル。見学係かな。」
「リーザ・ヴェリアス。補助は任せて。」
「ガレス・ヴァルガ。暴れたら押さえる。」
淡々とした紹介のあと、ミアが勢いよく手を挙げた。
「ミア・カルディナ!えーっと……応援します!」
「ラナ・ヴェイル。……水で冷却はできます。」
場が少しだけ和んだ。
自己紹介を終えると、ルークランはフィーナへ向き直った。
「セレス。まずは呼吸を合わせる。」
「呼吸……?」
「そう。自分の呼吸と、魔力の呼吸を合わせる。吸うときは、魔力を胸の奥に集めるように。吐くときは、それを指先に流すイメージだ。」
真剣な声。
「まずは手を下ろし、指先まで流すイメージを。」
フィーナは頷き、ゆっくりと目を閉じ、呼吸に集中した。
魔力の呼吸。そんなものを、今まで意識したことがあっただろうか。
だけど目を閉じ息を整えていくうちに、光の気配と鼓動がゆるやかに溶け合い、空気の振動が指先へと集まっていく。
「……流れてる、気がします。」
「気のせいじゃない。感じ取れている。」
低い声が、すぐ返ってくる。
「そのまま止めるな。」
ルークランの闇の魔力が静かに広がった。
押さえ込むのではなく、空間を整えるように。
「次に、左手を前へ。」
フィーナは目を開き、ゆっくりと左腕を真っすぐ前へ伸ばした。
「指先まで流れている魔力を、今度は手のひらに集めろ。」
「集める……?」
「そう。指先に集まった魔力を身体に流さず手に留める。」
フィーナは集中する。
指先から身体に戻りかけていた光が、ゆっくりと手のひらへ集まってくる。
「……いい。」
ルークランの声が少し低くなる。
「そのまま、放つな。留めておけ。」
淡い金の光が、フィーナの手に灯った。
魔力の縁がぐらりと大きく揺れる。
少し、不安がよぎる。
(また、暴れたら……)
「大丈夫だ。」
すぐ後ろで声が落ちる。
「俺が制御する。」
まっすぐな声だった。
ほんの少し、肩の力が抜けた。
気づけば、ルークランはすぐそばに立っていた。
視線だけをそっと横へ動かすと、リーザがこちらを静かに見ていた。表情は変わらない。ただ、真剣な目で。
フィーナはわずかに身を引こうとした。
「動くな。」
低く、静かな声。
「……乱れている。」
フィーナはぴたりと止まった。
闇の魔力が、金の光の縁をなぞった。
暴れない。
逃げない。
光は、闇の輪郭の中で静かに揺れている。
クローディオの瞳が細くなる。
リーザがわずかに息を呑む。
ルークランはそのまま、静かに続けた。
「そうだ。その感覚を覚えろ。」
金の光が、ゆっくりと静まっていく。
フィーナの手のひらに灯っていた光は、揺れることもなく、静かに消えた。
ルークランはしばらく黙ったまま、フィーナの手元を見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……成功ですか?」
「……ああ。」
短い言葉だった。
だが視線はまだ、フィーナの手元に向けられていた。




