01│でも、誰も彼女を見ない -03-
翌朝。
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋にやわらかな明るさを広げていた。
昨日の聖堂の緊張が、どこか遠い夢のように思える。
「おはよう、フィーナ!」
ミアの明るい声に、フィーナは微笑んだ。
身支度を整え、三人は講堂へ向かう。
オリエンテーションは簡潔に終わった。
学院は身分を問わないこと。
問われるのは“志”のみであること。
昨日ルークランがあいさつで言っていたこと同じだった。
そして、すぐに本題へと移った。
「――入試成績に基づく、クラス分けを発表する。」
講堂の空気が、ぴんと張り詰める。
名が、順に読み上げられていく。
「フィーナ・セレス――Aクラス。」
―――Aクラス。よかった。
フィーナはほっと胸をなでおろす。
奨学生という立場上、クラス分けも成績も気にしなくてはならない。
元来人前で評価されることは苦手だが、それでも。
教師が続けて次の名を呼ぶ。
「ルークラン・アストレイド。――Aクラス。」
胸の奥が、どくんと鳴る。
(同じ……クラス)
思わず顔を上げると、壇上の前列に立つ黒髪の少年の横顔が目に入った。
淡い水色の瞳が、静かに前を向いている。
「私もAです。」
隣でラナが静かに言う。はっとしてフィーナはラナとミアに向き直る。
「ミアは……Bですね。」
「えー!二人と離れちゃうの寂しいなぁ。」
ミアが肩をすくめるが、すぐに笑った。
「でもご飯は一緒に食べようね!」
「うん、そうしよう。」
フィーナも明るく返す。
講堂を出るころには、もう昼の光が石畳を照らしていた。
*
午後。Aクラスの教室。
扉を開けた瞬間に前方の窓際が目に入る。
ルークランはすでに席についていた。
その隣には、白金の髪を揺らすリーザ・ヴェリアス。
四大公爵家、ヴェリアス家の令嬢だ。
風の魔法を受け継ぐ名門で、王都でも名高い家だとフィーナは聞いたことがあった。
リーザは背筋をすっと伸ばし、優雅な所作でルークランへ顔を向ける。
その仕草一つひとつが洗練されていた。
リーザが何かを囁けばルークランはわずかに口元を緩め、二人の視線が自然に重なる。
そのやり取りを見て、周囲の生徒たちの間から小さな声が漏れた。
「ねぇ、あの方がヴェリアス家のリーザ様よ。」
「素敵…。アストレイド様とお似合いね。」
さらに別の声が続く。
「アストレイド様とは幼い頃からのお付き合いなんですって。」
「ほら……婚約者候補って噂、あるでしょう?」
そんな囁きが教室のあちこちで交わされる。
光が差し込む窓辺で微笑み合う二人は、まるでその言葉を肯定するようだった。
さらにその隣、椅子に浅く腰掛けているのは、水色がかった銀髪のクローディオ・ノクティル。
四大公爵家ノクティル家の次男。王都ではルークランに並んで有名な人物だと、ミアが話していた。
ノクティル家はシルヴァリアを統治しているので、フィーナでもその名前を知っていた。
クローディオは穏やかな笑みを浮かべながら、教室の様子を静かに眺めている。
窓辺の三人だけ、空気が少し澄んで見えた。
四大公爵家のうち三家が、この教室に集まっていることになる。
残るヴァルガ家の子息は、別のクラスだとミアが言っていた。
「フィーナ、こちらの席があいています。座りましょう」
「うん」
ラナに促され、席に腰を下ろす。
鞄を置き、そっと顔を上げた、その瞬間――
ルークランが視線を上げた。
淡い水色の瞳が、まっすぐにフィーナを捉える。
(…また)
今度はほんの一瞬ではない。
(どうして……)
逃げるように逸らそうとしても、視線が絡む。
心の中をのぞくように、真っすぐ、深く見つめてくる。
段々と早くなる鼓動に耐えきれず、先に逸らしたのはフィーナだった。
*
―――逸らされた。
ルークランは目を逸らしたフィーナの顔を眺めていた。
耳の先が、ほんのりと染まっている。
甘い匂いがした。
中庭でも、聖堂でも、この教室でも。
花ではない。香水の匂いでもない。
幼いころに嗅いだことのあるような、どこか安心する匂い。
匂いがする方を見ると、必ず彼女がいる。
そして―――光っている。
はじめは錯覚かと思った。
周囲の魔力は安定している。
魔道灯の明かりも、太陽からの光も正常。
だが、彼女の周りだけほんのわずかに明るい。
ふわりと揺れるような光が、柔らかく輪郭を縁取っている。
でも、誰も彼女を見ない。
隣のクローディオに小さく声をかける。
「あの子、光って見えないか?」
クローディオはきょとんとする。
「春だからかな。光はどこにでもあるよ。」
軽い調子で返ってくる。
―――俺だけか。
だけど視線は彼女から離れない。
淡い金は、ずっとそこにある。




