01│でも、誰も彼女を見ない -02-
中庭に差し掛かると、そこは多くの生徒でざわめいていた。
最初は一つの塊になっていたが、次第に自然と左右に分かれ、道が開く。
そこから現れたのは、ゆっくりを歩く四人の生徒。
「きゃ……見て。」
ミアの声が小さく弾む。
「四大公爵家の方たちよ」
黒と白を基調とした制服。規格は同じだが、家の紋章が入り、仕立ても違うのが遠目からでも分かる。
揺れるローブの裾。
その周囲だけ、空気の密度がわずかに違っているように見えた。
中央を歩くのは、黒髪の少年。
乱れのない髪と、淡い水色の瞳。
その隣に、水色がかった銀髪の少年。
静かな微笑を浮かべながら、どこかすべてを見透かすような視線をしている。
少し後ろを、白金の髪の令嬢が凛と歩き、
その隣に、焦げ茶の髪の少年が落ち着いた足取りで続く。
どの生徒とも違う。
ただ歩いているだけなのに、その四人の周囲だけ空気が澄んでいるように感じる。
そのとき、ミアが小さく身を寄せてきた。
「ねえ、フィーナ。」
囁く声は、興奮を抑えきれていない。
「あの黒髪の人、知ってる?」
フィーナは首を横に振る。
「ルークラン・アストレイド様よ。」
その名前を聞いた瞬間、周囲のざわめきが少しだけ強くなった気がした。
「アストレイド公爵家の嫡男。魔法が天才だって有名なんだけど…なんと、今年の首席入学も彼なんだって!」
ミアは少し誇らしそうに続ける。
「すごいよね~。さすがアストレイド。…王都ではすっごく有名で人気なの。知らない人いないくらい。」
フィーナは、もう一度その黒髪の少年へ目を向けた。
そのとき――
ルークランがふと視線を上げた。
淡い水色の瞳が、群衆の向こう側から何かを探るようにゆらりと動く。
そして。
一瞬だけ、フィーナの琥珀色と交わった。
春の風の音が遠のき、胸の奥がどくりと跳ねた。
左手の甲が、じんわりと熱を帯びる。
(……なに、これ)
まるで時間が止まったかのように見つめ合う。だが、視線は長くは続かなかった。
ルークランは何事もなかったかのように目を伏せ、歩みを進めた。
フィーナは、その後ろ姿を目で追う。
風に揺れる黒髪。
歩幅も速度も一定の、迷いのない歩み。
胸の奥が、静かに熱を持つ。
「あの人の空気、どこかで…」
呟きは、風に溶けて消えた。
*
聖堂の扉をくぐると、そこは天上の世界を閉じ込めたような空間だった。
高い天蓋から淡い光が落ち、白い床にやわらかな色を置く。
ステンドグラスの影がゆっくりと揺れ、壁面の魔法紋がかすかに呼応していた。
―――きれい。
フィーナはほうっと息を吐き、ミアたちと共に座席へと座る。
前方には数段の石段を上がった場所に、壇上が設えられていた。
「――ルミナリア王立聖学院へようこそ。」
壇上の学院長が一歩進み出る。
低く落ち着いた声が、聖堂にやわらかく広がった。
「ここでは、家柄も地位も問わぬ。
問うのは、ただひとつ――志だ。
魔法は生まれの証ではない。自らの意志で磨くものだ。」
言葉は簡潔で、余白を残す。
「その志が、いつかこの国を支える力になることを願っている。」
その後の儀式も滞りなく進んだ。
在学生の挨拶、誓約の言葉。
音は大きくないのに、ひとつひとつが確かに刻まれていく。
やがて、司会の声が響いた。
「――最後に、新入生代表挨拶。代表、ルークラン・アストレイド。」
空気がわずかに張りつめた。
「やっぱり代表はアストレイド様……。」
「首席入学だって。」
小さなささやきが重なり、大きなざわめきとなった。
ルークランは涼しい顔をして立ち上がった。
ざわめきは耳に届いているはずだったが、彼は気にも留めず、歩を進める。
壇上に立ち、一礼する。
淡い水色の瞳が、客席をゆっくりと流れた。
数百の視線を受け止めながら、まるで何かを探すように。
そして。
琥珀色。
フィーナの光を含んだやわらかな瞳と――ぶつかった。
胸が、どくんと鳴る。
(……え?)
ルークランはすぐに前を向く。
何事もなかったかのように。
けれど確かに、目が合った。
「――私たちは、それぞれ違う場所から、この学院に来ました。」
澄んだ声。落ち着いたリズム。
一語一語が正確で、無駄がない。
人前で話すことを幼い頃から当然のように求められてきた者の、完成された声色だった。
「わー…やっぱり格好いいね、ルークラン様」
ミアがフィーナに耳打ちする。
フィーナは何と答えたらいいか分からず、曖昧に頷いた。
格好いい。確かに、そうだ、
でもそれだけじゃない気もする。でも上手く説明ができなかった。
壇上のルークランは息を整え、続けた。
「生まれた家も、環境も、持つ魔法も異なります。その違いは、時に隔たりを生むかもしれません。」
少しの間。
間のとり方でさえも、まるで計算されているように完璧だった。
「ですが――私たちはここで、力を誇り争うためではなく、志を磨くために学ぶ。どうありたいか。その問いに向き合う場として、この学院は在る。」
声音に熱はなく、揺るぎない確信だけがある。
「その一員となれることを、私は誇りに思います。」
深く、一礼。
動作に迷いはなく、背筋はまっすぐ。
その姿は、すでに公爵家の嫡男として完成されていた。




